ホイットマン、アメリカの大地で吠える
「アメリカの叙事詩人」と称された(Walt Whitman)。一生涯をかけてひとつの詩集に取り組んだ孤高の叙事詩人。
『Leaves of Grass(草の葉)』から印象に残った詩の一部をとりあげます。
はじまりはポーマノックから
……
世界はふたたび原初にかえり、見渡すかぎり壮観なけしきが広がる
新しい競争、新しい政治、新しい文化・宗教、新しい発明・芸術を用いて
はるかに大きなスケールで これからの人々がこれまでの人々を支配する
これらのことを、おれが告げる――おれは眠りから覚め、立ち上がるぞ、
おまえよ、おれのなかで静まりかえっていた大海よ! おれは感じる、
測りしれない深い底をかき回し、いままで見たことのない波と嵐を起こそうと待ち構えているのを。
*Paumonok:アメリカ先住民でアルゴンキン語を話す部族の言葉で、ロング・アイランドを意味します。
*new raceとprevious race:raceを「人種」と考えると、new raceは欧州移民、previous raceは先住民ととるかもしれません。そのため前者を「これからの人々」、後者を「これまでの人々」としました。
previous raceを「ヨーロッパ、とくにイギリスの伝統や格式のある文化を継承する人々」、new raceを「アメリカ的、つまり自由、平等、民主的な文化を歓迎する人々」とすると、次の文「新しい競争……」の意味がつながると考えました。
見ろよ、おれの詩の中の 次々とやってきては陸にあがる移住者たちを、
見ろよ、そのうしろ 先住民のウィグアワム、踏みわけた道、狩人の小屋、平底船、とうもろこしの葉、入植者たちの農地、そまつな柵、僻地の村を、
見ろよ、西にある太平洋と 東にある大西洋を
見ろよ、浜辺のように、おれの詩に寄せては返す波を、
見ろよ、おれの詩の中の草原と森林を――野生動物と家畜を――見ろよ、カンザス川を、短く丸まった草を食む 数えきれないバッファローの群れを、
見ろよ、おれの詩の中の、舗装道路、鉄と石造りの建物、行き交う馬車、商取引場のある 確固たる広大な内陸の街々を、
……
見ろよ、農地を耕す耕夫を――見ろよ、鉱床を掘る鉱夫を――見ろよ、無数の工場を、
見ろよ、道具を手に仕事台で忙しく働く職人を――見ろよ、彼らの間から現れた 作業服を着た上級裁判所の判事たち、哲学者たち、大統領たちを、
……
響きわたるおれの雄たけびの歌を聴け――最後にこの暗示を読み解けよ。
*これは、ホイットマンが夢見るアメリカの理想の景色です。現実では先住民と入植者が仲良くともに暮らすことはなかった。かつては膨大な群れをなしたバッファローは当時すでに乱獲で数が減っていた。そして労働者たちの中にエリート層が交わることもなかった。そんな時代。
彼のほかの詩からも平等主義、民主主義、環境保護主義が見て取れます。
ホイットマンは、伝統的なイギリスの詩の「厳格な韻律の規則」を無視し、彼らしい自由なやり方で詩を書きました。
ホイットマンは自由奔放に、本音むき出しで、アメリカの壮大な大地で吠えるように詩を歌う詩人でした。
*wigwam:アメリカ先住民の移動式住居。
ウォルト・ホイットマンについて
1819年にニューヨーク州ロングアイランドで生まれ、ジャーナリストとして働き、1855年に36歳で詩集『Leaves of Grass(草の葉)』を出版しました。彼の偉大なところはこの詩集を生涯かけて改訂・追加したことです。1892年に死去。最後の版は「死の床版」と呼ばれています。米批評家ハロルド・ブルーム曰く、ホイットマンはアメリカの叙事詩人(bard)*1……そう、彼は自身が生きた時代を詩に詠みあげました。それは産業革命、移民ラッシュにはじまり、植民地主義の動乱、南北戦争の分断、民主主義の萌芽、同性愛者への差別にいたる、激動の時代でした。
*1
ブルームは、ホイットマンを「ホメロスやミルトンに並ぶ、アメリカの叙事詩人」と称賛しています。「ウォールストリートジャーナル」(2005年7月29日付)
ホイットマン自身も、『草の葉』の「Out of the Cradle Endlessly Rocking(いつまでも揺れつづける揺りかごから出て)」の中で自分をbardと呼んでいます。
**参考書籍
『おれにはアメリカの歌声が聞こえる――草の葉(抄)』(飯野友幸訳、光文社、2007年)
『草の葉』(酒本雅之訳、岩波書店、1998年)
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