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【NTT IOWN徹底解説】光と無線が変える次世代ネットワークの全貌
NTTのIOWNへの取組について調査しました
技術的な詳細(フォトニクス技術・ネットワーク構成など)
IOWNの基盤技術: IOWNは、光(フォトニクス)技術を通信ネットワークから端末に至るまで取り入れ、既存の電子技術では困難だった超低消費電力・超大容量・超低遅延の通信を実現しようとする次世代の通信インフラ構想です。NTTはこのIOWN構想を支える中核技術として、オールフォトニクス・ネットワーク(APN: All-Photonics Network)を提唱しています。APNでは信号をできるだけ光のまま処理・伝送することで電子-光変換のロスを減らし、通信性能を飛躍的に向上させます。具体的には以下の目標性能を掲げています。
電力効率を100倍に向上:ネットワークから端末まで信号をほぼ光だけで伝送し、光電融合素子(後述)など新デバイスを導入することで大幅な省電力化を図る。現在問題となっているデータセンタなどICTインフラの電力消費増大に対処し、消費エネルギーを劇的に削減する狙いがあります。
伝送容量を125倍に拡大:マルチコア光ファイバなど新しい光ファイバ技術や大容量光伝送システムの導入により、爆発的に増大するトラフィック需要に応えられる大容量化を目指します。光ファイバ1本に複数のコアを持たせて並列にデータを送ることで、現在のインフラでは不可能な通信容量を実現します。
エンドツーエンド遅延を1/200に短縮:ネットワーク経路の簡素化や圧縮しない伝送など新技術により、端から端までの通信遅延を大幅に低減します。これによりリアルタイム性が飛躍的に向上し、遠隔操作や自動運転など遅延にシビアなアプリケーションも支えられます。
フォトニクス技術の革新: これらを実現するキーとなるのが光電融合技術です。光電融合技術とは、電子回路と光回路を高度に統合した新しいチップ技術で、チップ内外の配線に光通信を取り入れることで高速化・省電力化を図るものです。従来はチップ内配線の抵抗や発熱が高速化のボトルネックでしたが、光配線に置き換えることで信号伝送時の損失や熱を削減できます。また光ならではの高速演算も組み込むことで、従来より桁違いに高速な情報処理基盤を目指しています。例えばNTTはフォトニック結晶と呼ばれる微細構造を用いて光を閉じ込め、光スイッチ・光メモリなどの光デバイスで低消費電力の動作実証に成功しています。将来的なチップ開発ロードマップとしては、まずシリコンフォトニクス技術で光回路と電子回路を一体化し(ステップ1)、次にチップ間接続を短距離の直接光配線に置き換え(ステップ2)、最終的にチップ内部のコア間通信も光化する(ステップ3)ことで、真に光と電子が融合したプロセッサを実現しようとしています。これにより従来のN段の論理遅延を光で一度に処理するような新原理(光パスゲート)の活用も検討されており、計算処理の飛躍的な高速化が期待されています。
ネットワーク構成の革新: IOWNのネットワークは、フォトニクス技術によるコア・バックボーンの高速化だけでなく、無線技術やコンピューティング基盤とも密接に連携する点が革新的です。IOWN全体はAPNに加え、デジタルツインコンピューティング(DTC)とコグニティブ・ファウンデーション(CF)という3つの技術分野で構成されます。APNが物理層の高速光ネットワークなら、CFはネットワーク上のあらゆるICTリソース(通信帯域やサーバ資源など)を最適に組み合わせ制御するプラットフォーム、DTCは現実世界とサイバー空間を融合して高精度なシミュレーションや予測を可能にするコンピューティング基盤です。例えばIOWNではエッジコンピューティングや無線分散ネットワークも組み込んだ「オールフォトニクス+ワイヤレス」の統合基盤となることが想定されています。将来的な6G時代を見据え、光による超高速バックボーンと次世代無線アクセスを組み合わせることで、端末からクラウドまでシームレスに超低遅延通信が可能なネットワークアーキテクチャが追求されています。このようにIOWNは、光技術の徹底活用とコンピューティング/無線との融合によって通信インフラを抜本的に刷新しようとする技術的挑戦と言えます。
IOWNが目指すビジョンや目標(未来像・社会への影響)
ICTインフラの限界突破: IOWN構想の背景には、現在のインターネットやICT基盤が将来的な需要に追いつけないという危機感があります。AIの普及やIoTデバイス爆発的増加により、データ量は指数的に増大し続けています。例えば日本国内のインターネットトラフィックは2006年から2026年にかけて190倍に増える予測があり、世界のデータ量も2018年の33ゼタバイトから2025年には175ゼタバイトへ5.3倍に膨れ上がるとされています。またトラフィック増加に伴うネットワークの複雑化や遅延増大、データセンタの消費電力急増(地球規模で問題化)といった課題も顕在化しています。NTTはIOWNによってこうした現行インフラの限界を超える新たな情報通信基盤を構築し、社会全体を最適化できる未来を目指しています。
IOWNのビジョン: IOWNが実現しようとしているのは、「Smart World」と称される近未来の豊かな社会です。人々を取り巻く膨大な情報をリアルタイムに収集・共有・解析し、肉眼では得られない洞察や全体最適化を行うことで、新たな価値を創出します。NTTはこれを、人と環境が調和し人々がストレスなく技術の恩恵を享受できる「ナチュラルなサイバー空間」の創造と表現しています。具体的にIOWNによって期待される社会的インパクトは次の通りです。
圧倒的な処理能力で社会課題を解決: 通信の低遅延・大容量化と計算資源の大幅拡充によって、AIによる高度なリアルタイム制御や複雑なシミュレーションが可能になります。人間の知覚・反応能力を超えるスピードでシステム制御を行い、交通や物流、医療など様々な分野で最適化が図れます。これにより渋滞やエネルギーロスの解消、事故の未然防止など多くの課題解決が期待できます。
リアルタイム情報共有と新体験: 超低遅延ネットワークにより、五感を超える膨大なセンサ情報を遅滞なく共有可能になります。離れた場所にいる人同士が同じ場にいるかのように感じられたり、複数の人の視点・体験を共有して相互理解を深めることが容易になります。これにより、人々の「つながりの質」が向上し、多様な価値観への理解や共感に基づく豊かな社会が醸成されるとされています。遠隔コミュニケーションの飛躍的向上は教育・勤務形態の変革や地方創生にも寄与するでしょう。
未来予測と先手対応: IOWNが目指す社会では、膨大なデータの統合とデジタルツイン技術により高精度な未来予測が可能になります。現実世界のあらゆる要素をサイバー空間上に再現・統合(デジタルツインコンピューティング)し、その仮想環境で将来のシナリオを高速演算することで、今まで不確実だった事象もかなりの精度で事前に予測できます。例えば医療分野では、日々のバイタルデータや遺伝情報を統合解析して「いつ・どんな疾病になる可能性が高いか」を予測し、個別に予防策を講じることが可能になります。このように未来を変える先手対応が各所で可能となれば、社会全体の安全性・持続可能性が飛躍的に高まります。
ロードマップと目標: NTTはIOWN構想の研究開発を2010年代末から開始し、2024年までに仕様を確定、2030年頃の実現を目標としています。実現に向けた技術ロードマップも公開されており、2020年代前半は既存インフラの一部光化やエネルギー効率改善から始め、徐々にデータセントリックコンピューティングやディスアグリゲーテッド(機能分離型)コンピューティングなど新技術を取り込みながら、スマート世界にふさわしい自然なサイバー空間の創造を加速していく計画です。このロードマップの達成により、IOWNが掲げるビジョン――人々の生活の質を向上させ、環境調和型で持続可能な社会の実現 ――が達成されることをNTTは目指しています。
IOWNが適用される関連業界・業種(医療、自動運転、データセンター、スマートシティ等)
IOWNによる超高速・低遅延ネットワークと膨大な処理能力は、通信業界以外の様々な分野での活用が期待されています。代表的な適用領域として次のようなものが挙げられます。
医療・ヘルスケア: 高信頼・低遅延なIOWNネットワークは遠隔医療を飛躍的に進化させます。例えばNTTは遠隔手術への応用を見据えて、国内製手術支援ロボット「ヒノトリ」(hinotori™)とIOWNのオールフォトニクス・ネットワークを接続する実証実験を行い、離れた手術室の状況をリアルタイムに高精細伝送できることを確認しました。これは将来、熟練医師による遠隔地からの手術や、都市部と地方病院の格差是正に役立つと期待されます。また高速大容量ネットワークにより、MRIなど医療機器の巨大データを瞬時に共有して遠隔診断したり、患者のライフログ・ゲノム情報を長期収集してAI解析することで疾病予測・予防医療に活かすことも可能になります。IOWNは医療の精度向上とアクセス格差の是正に大きな貢献をもたらすでしょう。
自動運転・モビリティ(MaaS): 自動運転車や交通サービスにもIOWNは不可欠と考えられます。完全自動運転の実現には車両単体のAI制御だけでなく、都市全体の交通状況をリアルタイムに把握し車車間・路車間で協調することが求められます。莫大なセンサーデータを即座に集約分析し、各車両に最適な指示を遅延なく送るためには現在の通信では帯域・遅延・エネルギー面で不十分であり、この分野こそIOWNの早期実現が望まれています。IOWNによるフォトニックネットワークと高速情報処理を活用すれば、地域全域の車両とインフラを結んだ協調運転が可能になります。実際にNTTは、IOWNを活用した failsafe(フェイルセーフ)型の協調自動運転サービスの構想を示しており、光ネットワークの超低遅延で車群全体の動きを精密に追跡して危険を察知・共有し、個々の車と交通全体の安全性を最大化することを目指しています。このようにIOWNはMaaS(Mobility as a Service)の基盤技術として、渋滞や事故のない安全で効率的な移動社会を実現する鍵となります。
データセンター・クラウド/AI基盤: IOWNの「オールフォトニクス」思想はデータセンターやクラウド計算基盤にも大きな恩恵を与えます。現在、世界的にデータセンターの消費電力が急増しており、よりエネルギー効率の高い計算インフラが求められています。IOWNでは光による信号処理でサーバ間・ラック間の通信を高速化かつ省電力化できるため、大規模データセンターの消費電力を削減しつつ性能を向上できます。またIOWNのネットワーク技術を使えば、地理的に離れた複数のデータセンター同士を光ファイバで直結し、一つの巨大な仮想データセンターのように連携させることも可能です。実際にNTTは2024年3月、日米英間で遠隔データセンター同士をマルチコアファイバ等で接続するAPNの実証実験に成功しており、これによって離れた拠点で協調分散処理を行う分散型クラウドの実現に近づいています。こうした仕組みにより、ユーザから見れば距離を意識せず高速なクラウドサービスやAI解析サービスを利用できるようになります。さらに、IOWNの超低遅延性は高速分散機械学習やリアルタイム大規模データ分析を後押しし、AI・データ活用基盤の性能向上を支えます。総じてIOWNは次世代データセンター/AIインフラの中核技術となり、エネルギー効率と処理能力の両立を実現すると期待されています。
スマートシティ・インフラ: IOWNは都市インフラ全般にも応用可能です。都市のあらゆる場所に配置されたセンサー(気象・環境モニタ、交通カメラ、防犯センサ等)から得られるビッグデータをリアルタイム統合し、高度な都市管理やサービス提供に繋げられます。例えばNTTが開発を進める4Dデジタルプラットフォームは、位置・時間情報付きのセンサーデータを高精度に統合し、都市空間のデジタルツインを作り出す基盤ですが、IOWNの大容量通信と高速演算によって都市全体のシミュレーション(渋滞予測や災害時の避難シミュレーション等)を現実さながらの精度で実現できます。またエネルギー分野でも、IOWNはスマートグリッドへの応用が検討されています。光ファイバで電力を送る「光電送」技術の研究や、発電・蓄電設備をネットワーク経由で精細に制御して需要と供給を最適化する試みも行われています。これにより再生可能エネルギーの効率利用や地域分散エネルギー網の構築が促進され、脱炭素社会に貢献すると期待されています。このようにIOWNは、スマートシティの実現に向けて交通・エネルギー・防災・公共サービスなど都市インフラの高度化に幅広く寄与します。
なお上記以外にも、遠隔操作ロボットや製造業のスマートファクトリへの活用(高速ネットワークで遠隔地の重機や産業ロボットを遅延なく操作)、次世代AR/VRによる超臨場感コミュニケーション、金融取引の高速化(超低遅延での取引情報配信)など、IOWNの応用範囲は多岐にわたります。要するに「高速・大容量・低遅延・高効率」というIOWNの特性は、現代社会のあらゆる分野で新たなサービスやビジネスモデルを生み出す基盤となりうるのです。
IOWN実現に向けた現在の課題や技術的ハードル
画期的なIOWN構想ですが、その実現には乗り越えるべき課題も多く指摘されています。主な課題を整理すると以下の通りです。
技術開発と異業種連携の必要性: IOWNを実現するには、光デバイス、ネットワーク、コンピューティングなど多数の革新的技術を創出し組み合わせる必要があります。NTT一社だけでは賄いきれない広範な知見が求められるため、産学官を巻き込んだオープンな協力体制が不可欠です。このためNTTはIntelやSonyと共にIOWN推進フォーラム(IOWN Global Forum)を設立し、国内外から幅広いパートナーを募って標準仕様策定や技術開発を進めています。共同体制を築きつつも、各国企業の思惑が交錯する中で主導権を握り、技術標準をグローバルに確立できるかが課題です。過去にNTTのiモードが国際標準になれずガラパゴス化した反省もあり、IOWNでは世界的な主導権確保が成否を分けると指摘されています。
光デバイス統合の技術的ハードル: フォトニクス技術を実用インフラに組み込むには、未だ技術課題が残ります。例えばシリコンフォトニクスによる光回路と電子回路の高密度集積は研究途上であり、光部品の小型化・低コスト化や量産技術の確立が必要です。現状では光デバイスの製造コストは電子デバイスより高く、長期使用時の信頼性確保(発熱・劣化対策など)も課題です。また業界横断の標準化が未整備で、メーカー毎に仕様が異なると普及が進みません。これら技術的壁を乗り越えるため、世界中の研究機関や企業が光電融合デバイスの研究開発を活発化させています。特にNTTはフォトニック結晶や新素材開発など基礎研究から着手し、2030年の実用化に向けて段階的にブレークスルーを積み上げている段階です。
インフラ移行とコスト面の課題: IOWNの導入には既存インフラからの移行計画と多大な投資も伴います。現在の通信ネットワークを一朝一夕に全て光化・刷新することはできないため、徐々に光ネットワークへ置き換えていく移行戦略が必要です。その過程では新旧技術の共存や互換性の確保、設備投資コストの問題が発生します。例えばマルチコアファイバを全国規模で張り巡らすには従来光ファイバとの差し替え工事や中継設備の更新が必要であり、莫大な費用と時間がかかります。また導入初期は十分な需要が無いと収益化が難しく、ビジネス面でのリスクもあります。このため政府もIOWN開発に対し2024年度に約452億円の資金支援を行う方針を固めるなど、官民でバックアップしつつ段階的にインフラ更新を進める必要があります。
競合技術動向と不確実性: 最後に、IOWNが目指す2030年頃の世界では他の次世代通信技術(例えば6G)や計算アーキテクチャも登場している可能性があり、それらとの競合・協調関係も見据える必要があります。IOWNが掲げる性能目標(100倍効率等)は非常に野心的であり、計画通り達成できる保証はありません。技術開発の遅延や想定外のブレークスルーの有無によって将来像は変わり得ます。NTT自身、「現在の技術では将来サービスの要求を満たせるのは一部に過ぎない」と認識しており、IOWN達成にはなお多くの技術的ギャップを埋める必要があります。そのための具体的な検討項目(データ指向インフラやオープンなフォトニクスネットワークのアーキテクチャ等)も提案され、今後数年で段階的に取り組む計画です。要するにIOWNは長期的な挑戦であり、不確実性やリスクと隣り合わせではありますが、産官学の協力と着実な技術革新によってそのビジョンを実現していくことが期待されています。