空想科学「重力操作って何?」

 先日「無職転生 異世界行ったら本気出す」のweb版を読了した。大変面白く、久しぶりに何もかも忘れて夢中になれる作品に出会うことができた。その作品の終盤に、「重力を操る、重力操作魔術」というものが登場した。作中では、重力を操作することで慣性を無視した予測不可能な動きで敵を翻弄する、戦闘中に相手の重力を操作し、僅かに浮遊させることで回避を不可能にするといった活躍を見せた。
 「重力操作」という概念は、ファンタジーやSFに広く浸透している。「重力が10倍の空間で修行する」、「人や物の重力をなくす能力のON/OFFによる攻撃」など、様々な作品に様々な形態で登場している。多くの作品を見てきた読者ならば特に目新しさは余り感じないだろう。
 多くのファンタジー作品での重力操作の理屈は「魔法」で説明がつく。しかし、殊「無職転生」に関しては、魔術に物理法則がある程度適応されるという裁定だ。例えば、魔術で雨を降らせる場合、雲をポンと生み出すのではなく、大気の温度や水分量を操作することで急速に積乱雲を作り出し、雨を降らせていた。このことから、同作品の世界観ではとんでもない変換効率を持つ「魔力」を媒介として物質やエネルギーを生成、操作し、望む結果をもたらす術を魔術と呼称していると解釈することができる。あくまで物質保存やエネルギー保存という物理法則に従うというスタンスだ。
 ここで、重力は、万有引力の特別な場合を表す。万有引力とは、質量を持つ物体同士は互いに引かれ合うという法則である。一方に対してもう一方の質量が極端に大きい場合、前者は後者に常に引力を受けると見なすことができる。この前者が地上の物体、後者が地球の場合の万有引力こそが重力である。
 前述の重力操作魔術の効果をより具体的に分析すると、「重力が働く方向を変える」効果と言える。では、魔術が物理法則に従う(この文言の時点で矛盾しているが、これは空想科学であるためこの矛盾をを無視する)場合、「重力操作魔術」では魔力によって何をしているのだろうか。
 私は、魔力によって物体に重力と同じ大きさの反対方向のベクトルを与えることで重力を打ち消した上で、任意の方向へのベクトルを与えているのではないかと考えている。つまり、重力操作の正体は対象への任意方向への力学的エネルギーの付加であり、ベクトルをねじ曲げたり、増大または消失させたりするものではないと解釈している。
 重力は常に働く力であるため、それを感じないためには反対方向へ同程度の力を常に加える必要がある。そうして初めて無重力状態となる。それに加えて任意方向へ重力が働いていると錯覚するには、重力と同程度の大きさのベクトルを追加で付与するほかない。
 仮に、物体の重力(引力)自体を操作できるならば、引力は万物に働く物理法則であるため、引力操作は分子レベルで物体に作用すると予測される。そのため物体を構成する分子間の引力が小さくなった場合、元の形状を保つことができず、崩壊するといった結果が予想される。逆の引力が大きくなった場合でも、今度は潰れるように崩壊することが予想される。
 以上より、「重力に逆らった挙動」という効果を実現するためには、重力を打ち消すベクトルと任意方向への追加のベクトルを対象に付与するという方法が物理法則との矛盾が少ないと考えられる。つまり、無職転生の世界では、魔力を任意方向への力学的エネルギーに変換していたと考えられる。
 ここまで無駄に長々と考察してきたが、やはり考察の余地が多分にある面白い設定を生み出す作家先生には頭が上がらない。この場を借りて「無職転生」の作者である理不尽な孫の手先生に感謝を伝えたい。

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