「この道わが旅」のメロディは、なぜ普遍的か
作曲において、閃きと創造性が問われるメロディメイキングは最も重要である。すぎやまこういち先生の名曲「この道わが旅」(ドラゴンクエストIIのエンディングテーマ)は普遍的なメロディだと思うが、穂口雄右氏による「繰り返し聴いても聴き飽きないメロディー」のつくりかたを元に論理的に分析してみよう。
フレーズ解析
「この道わが旅」はA-B-Aの三部形式である。Aが16小節、Bが8小節。
さいきんのJ-POPはA-B-C形式、つまりサビを頂点にする楽曲が主流であるが、1980年頃までは、A-B-A形式が主流だった。
サビがある曲は覚えやすいが、個人的には飽きのこない真のスルメ曲は三部形式にこそあると思っている。
本曲ではAパートとBパートは以下のような対比がある:
Aパート
16小節、メロディック、規則的、長い動機
Bパート
8小節、リズミック、不規則、短い動機
Aパート
16小節のAパートはさらに4小節ごとに区分され、付点メロディが印象的なαフレーズと、2分音符が伸びやかなβフレーズから成り、αα'βα'の構成となっている。
フレーズをさらに細かく分割すると動機の集合体となる。αフレーズは付点メロディが印象的なa動的と、8分音符主体のb動機から成る。
a動機とb動機はフレーズ開始位置、フレーズ終了にも対比がある:
動機a:付点4分音符中心、小節の前開始、平行終了
動機b:8分音符中心、小節の頭休み、下行終了
αフレーズは冒頭で2回繰り返されるが、1回目のb動機は下行終了、2回目のb動機は上行終了の違いがある。2回繰り返されるαフレーズの音形の違いはこれのみなので、この変化は極めて重要である。αを2回反復しつつ、音形に変化をつけている。
βフレーズは2分音符が伸びやかなc動機とd動機に分かれる。
動機c:付点2分音符中心、小節の前開始、上行終了
動機d:8分音符中心、小節の途中開始、下行終了
d動機は、b動機の音長を8分音符→4分音符に変化させただけなのでb'と捉えてもいいかもしれない。全体的に音長を長くして伸びやかな印象である。最後(11小節目)のd'は同じ音形の繰り返しではなく、「ミソシ」というハーモニックメロディをあしらって変化をつけている。ここまでずっとメロディックな流れだったので、ハーモニックメロディでインパクトを加えるのは効果的だ。
βフレーズの後はαフレーズに戻るが、bフレーズで再びハーモニックメロディ(ラファド)を用いて変化を加えている。
Bパート
比較的定型的だったAパートに比べてBパートはいくらか不規則で、8小節という短さの中に、e~hの4つの動機が使われている。
動機e:16分音符主体、小節の前、上行終了、1拍フレーズ
動機f:8分音符主体、小節の頭、平行終了、1小節フレーズ
動機g:8分音符主体、小節の頭、上行終了、3拍フレーズ、刺繍音
動機h:4分音符主体、小節の頭休み、上行終了、3拍フレーズ、ハーモニック
メロディックで伸びやかなフレーズ主体だったAパートに比べてリズミックな動機が多く、16分音符や8分音符中心で刻むようなメロディが多い(動機fのようにリズミックメロディを使うときはあまり音高を動かさずリズムを強調するのが原則である)。
動機gはやはりやはりリズミックを基調としているが、半音下の刺繍音が特徴的である。半音下刺繍音は音階外の音を加えて変化をつける常套手段である。
動機hは、フレーズ開始位置、主体音符の長さ、ハーモニックメロディなど他の動機と大きく異なっており、Bパートが前半と後半で単なる繰り返しにならないよう工夫している。
穂口雄右氏による「繰り返し聴いても聴き飽きないメロディー」
フレーズの適度な反復と変化
フレーズ開始位置:小節頭、小節の前、小節の頭休み
フレーズ終了メロディ:上行、下行、平行
フレーズ音符長:2分音符、4分音符、8分音符、16分音符、連符…
フレーズ長さ:1小節、2小節、4小節、1拍、2拍…
以上、「この道わが旅」がフレーズの適度な反復と変化を見事に実現していることがわかった。フレーズ開始位置は、全体的に小節前(アウフタクト)が目立つが、これはすぎやまこういち先生のクセなので容赦願いたい🙂
その他和声的考察
テンションリゾルブ
Aパートの楽譜には「9」という数字がたくさん書き込まれている。Aパートは9thテンション音→3rd音へのテンションリゾルブが多く使われている。楽譜でみるとクドい感じがするが聴いてみるとそうでもない。テンションリゾルブはメロディの解決であり、生理的に美しく感じられるものだ。
フレーズ開始コード
Aパート(ααβα)Bパート(前後)でフレーズ開始コード(TSD、トニック、サブドミナント、ドミナント)を分析するとこのようになった:
A(α:T、α:S、β:S、α:S)、B(前:T、後:S)
意外と平凡である😅。一般的にはドミナント開始などもバランスよく織り交ぜるとよいとされている。
セカンダリードミナント
Bパートの後半はBm7→E7→Amの短調カデンツで切ない気分を醸し出している。Bパートの反復のよいスパイスとなっている。直後にD7→G7で速やかに長調に戻っている。
終わりに(余談)
作曲はフレーズの法則を踏まえて機械的にするものではない。メロディは人間の感性に直接訴えるものだからである。この法則は閃きを持って産み出したメロディの品質チェックに使用するのがよい。メロディメイキングの練習を何度も行い、無意識レベルで法則を踏まえたメロディを作れるようになるのが理想だ。
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