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もう一つの冥王星:外宇宙と命の接触点

昨日、冥王星のハードアスペクトがもたらす厳しい体験について書いた。

カルマがクラッシュしたような強烈で過酷な体験。
これは冥王星がもたらす集合意識の死と再生の側面で
大きなデトックスと排出の作用だ。

一方で冥王星にはもう一つの側面があって、
外宇宙からの息吹を取り込む作用もある。

冥王星は二重惑星で、まるで回転ドアのように
長年溜まったカルマを排出すると同時に
太陽系外の未知のエネルギーを取り込むと言われている。
冥王星が得体のしれないものをこの世界に持ち込むことも多い。

民俗学者・折口学のいう「まれびと」(時を定めて異界から来訪する霊的もしくは神の本質的存在)はこの冥王星のイメージにとても近い。
異界のドアをくぐって地球にやってきた存在は、
しょっちゅういられたら物理的な基盤が揺らぎすぎて日常を壊されるが、
時折訪れることで集団や社会の新陳代謝がなされ、
私たちの霊性も息を吹き返す。
そういう意味では、冥王星は魂や霊性の守護者でもある。

冥王星的な体験にはそんな超常的なケースも多々あって、
冥王星がネイタルチャートに強く作用している人は
感性の中に異界に通じる穴が空いている。
それは時にカリスマ性となって現れたり、
アウトサイダー的な生きにくさにつながったりする。

私は子ども~若年期に冥王星が個人天体に重なっていったので
その時期にヘンな体験が多かった。
毎晩おかしなビジョンを見たり、死者の世界からのアプローチを感じたり、
土地の声が聞こえたり、常に異界が隣り合わせにあるような日々で
「この世界はこの世界だけじゃないんだな」という感覚がデフォルトだった。
幸い(?)月に重なることはなかったので
本当のサイキックのようにはならなかったが、
消化しきれないために大人になってから占星術を学んで、
その答え合わせをしているのかもしれない。
占星術をやっている人には一定数こういうタイプもいるだろう。

外宇宙からの接触が思春期前にあると
人は一般社会には本当の意味では適応できなくなるそうだ。
逆に言うとそれが思春期までになかった人は
社会の規格に適応して収まることとなる。
どちらがいいも悪いもないが、違いを知っておくことは大切だろう。

また、冥王星が新しい命をもたらすケースも何度も見ている。
この場合、冥王星がもたらした子どもによって
本人の生き方が激変することが多い。

私自身は自分のアセンダントと冥王星に
冥王星が90度を取った時に娘を生んでいる。
出産時も不思議な体験をしたが
それまで慣れ親しんできた冥王星の感触とは全く違っていて
「これまでと全然違う宇宙からのアプローチ来た!」
と心底驚いたものだ。

ネイタル冥王星とトランシット冥王星の90度は
内なる宇宙の破壊と新陳代謝を司るのかもしれない。
私の場合はアセンダントも関わっていたので、
実際の肉体の作用として強く出たのだろう。
冥王星はその時々で必要なドアを開け、
異なる宇宙を地球に降ろしているのかもしれない。

冥王星がもたらした子どもの誕生への感触は
海王星のような宗教的な陶酔とは違い、
真実の手触りと、背筋が伸びるような命への信頼感があった。
エゴが破壊されてひっくり返される喜びと安心があり、
大きな変化と負荷は伴えど、よい方に作用した。

悲劇的な破壊、喜ばしい破壊、
いずれにせよ冥王星は破壊と再生を促して
もっともビビットな形でそのサインの特質を私たちに打ち込んでくる。
そして私たちにちらりと大きな世界の全景を見せてくる。
そのような転換をもたらしてくれるのは
私は今のところ冥王星しか知らない。