子育てを通して感じた英国のエシカルマインド
British Ethical Mind
家族から家族へ おもちゃの生涯
「来週引っ越すのでお譲りします。欲しいひとは連絡をください。 携帯電話 0778-XXX-XXXX 」
14年前、1歳半の息子をバギーに乗せてロンドンの家の近くの住宅街を歩いていたら、歩道の一角に立つ掲示板に目がとまりました。馬の形をした赤いバランスボール、ロディの写真付きの張り紙でした。無料で譲ってくれるとのこと。その場で電話をかけてみると女性が出て、次のように言われました。
「今日取りに来てもいいですよ。今も家で引っ越しの荷造りをしているんです。」
我が家から100mくらいのところにある集合住宅に住む家族がロディの持ち主だとわかり、とんとん拍子でさっそく引きとりに行くことになりました。
息子はまだ自力でその上に乗って遊ぶことはできませんでしたが、カラフルで大きなおもちゃが我が家にやってきて嬉しそうにしていました。その日以来ロディは息子になでられたり抱きしめられたり、時にはおままごとの野菜を与えられたりして私たちと一緒に暮らしました。5年後に娘が産まれてこんどは彼女が相棒になりましたが、ロディは多少汚れてもその都度洗われ、たまに自転車の空気入れで膨らませてもらってりんとした元気な姿を何度も取り戻しました。
娘が7歳のとき我が家も引っ越しをすることになりました。そしてイギリス人の友人夫婦の子がちょうど2歳だったのでロディを彼に譲ることになりました。息子と娘は寂しそうにしていましたが、自分達がもうロディで遊ばなくなったことも理解していました。思い出が詰まったロディを捨てるのは忍びないけれど、よく知っている人がもらってくれるのならありがたいこと。友人夫婦は喜んでひきとってくれ、その年の冬は親切にも
「ロディは元気にしてるよ。」
とわざわざ私の携帯電話に写真を送ってきてくれました。ロディは新しいオーナーである小さな男の子フィリックスに遊んでもらい大事にされていました。フィリックスがロディを手放すとき、フィリックスの母親ルイーズは私にまた連絡をくれました。
「家の改築でしばらく狭い場所に仮住まいすることになりました。思い切って身の回りのものを処分しています。近所に住んでいるアーティストの夫婦が、遊びにくる1歳の孫のためにロディを欲しいと言っているのですが譲ってもよいでしょうか? とても素敵な人たちです。」
隣にいた娘は私がメッセージを読み上げると静かに
「うん、いいよ。」
と言い、もう泣いたりしませんでした。私はルイーズに、最後まで気を遣ってくれて感謝していることや娘がロディとの別れに納得していることを伝えました。
後日ルイーズからInstagramのあるリンクが送られてきました。そこにはなんと、懐かしい赤色のおもちゃが写っていました。10年以上私たちと生活をともにした、あのロディでした。
私は胸がぎゅっとして、同時にあたたかい気持ちになりました。新しいオーナーのジェニーに肖像画まで描いてもらって、ロディはとびきり幸せにしているようです。私はルイーズに返信をしました。
「素敵な写真で感激しました。どうかジェニーに伝えてください。大切にしてくれてありがとうございます。あなた方はロディを迎えた(少なくとも)4つ目の家族です、と。」
所々プリントが掠れていたり傷もある推定年齢15歳以上のロディ。でもこの先も、彼はきっとそう簡単に捨てられることはなく何人もの子どもたちの成長を見守っていくのでしょう。
不用品の家具や小物を使った小学校の図書室
ロンドンのある小学校(男子校)の見学会に行ったとき、低学年向けの図書室にとても衝撃を受けました。これがその部屋です。
それは私の「小学校の図書室」に対するイメージを覆すものでした。推理小説のコーナーにはシャーロック・ホームズのようなツイード帽、冒険物語の本のそばには海賊の宝箱のようなボックスにおもちゃの金貨と宝石。地球儀だってあります。本のセレクションと関連づけた、幼い子どもの想像力を掻き立てる演出に私はすっかり感心してしまいました。
後に息子がこの学校に入学し、高学年用図書室を担当する司書 ミセスフレッチャー に聞いた話では、この低学年用図書室はある先生が昔リサイクル掲示板やチャリティショップで家具や小物をかき集め、驚きの低予算で完成させたとのことでした。さらに判明したのは部屋の名前が「 Realm(王国)」で、図書係は「Warden(番人)」と呼ばれているということ。きっとその先生は、生徒が本の世界に思う存分浸れる空間を作りたいと思って尽力されたのでしょう。
イギリスにはそれぞれの町に必ずといっていいほどチャリティショップがあり、オンラインでも中古品を無料で譲ったりできるウェブサイト、コミュニティがあります。物は循環し、必要とされる場所でまた使われる。イギリス社会のこの仕組みは子育てをしていても目にする部分であり、私がイギリスを愛する理由のひとつです。
Text by Ayako Iseki
Many thanks to Jenny, Louise, Nick and Felix
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