どうでもいい2人だけの話
2019年春、クリープハイプのNHKホール公演の帰り。まだ開発途中の渋谷駅は一生出来上がらないように見えた。仮囲いのメトロの改札付近で「その人」は私に言った。
「じゃあ、また飲み行こうね。」
いつもの私だったらあやふやに手を振っていただろうに、私の答えにその人は驚いていた。
「ううん、もう会わない」
クリープハイプを見て感傷的になって言ったわけではない。
気づいてしまっていた。
これ以上会っても何も面白くないこと。
そういうことは男女でなくてもよくある。
あれだけ会うと楽しかったのに、何か違くなってる。何かが合わなくなってる。
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その人には、振られたことがある。
友達にしか思えない、と。
その人は私を振ったあと、10歳下の女の子と付き合い始めた。飲み屋でナンパしたなんて言っていたけどそんなことができる男ではないことは知っていた。
その人に彼女が出来てからもダラダラと会うことが多々あった。
「彼女、怒んないの?」
なんて聞かなかった。どうせ、女としてカウントされてないんだろう。その証拠に私たちには頑なに身体の関係はなかった。私はその人の手に触れたこともなかった。
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ライブの帰り、神宮前付近で、なんとなく入った居酒屋で正面に座ると、やはり若い彼女がいるような男には見えなかった。私好みの冴えない塩顔でこちらを見る。
クリープハイプの感想を興奮気味に話したあと、
「そういえば、彼氏はできた?」
「ううん、でも好きな人はいるよ。」
「それはよかった、じゃあどっちが先に幸せになれるか勝負ね。」
「…私今も幸せだよ。その幸せって、どういう意味?」
その人が安易に口にした「幸せ」という言葉に過剰に反応してしまった。
まさか、幸せ=結婚なんて野暮なことを言うんじゃないよな、そんなつまらない男を私は好きになったわけではなかった。
その人は、ハッとした顔をし付け足すように
「そうだ、俺も今、幸せだわ。」と言った。
ありきたりな、型にはめたようなことを言わないところが好きだった。
私の弱い部分やどうしようもない部分も、その人は受け入れるでも受け流すでも避けるでもなく、当たり前のこととしてそっと隣に置いておくことができるような、そんな人だった。
どっちが先に幸せになるか勝負、なんて言うとしてもそれは、2人で、2人の思う幸せになりそこなった人に言うセリフだと思った。
私たちそれにすらなっていない。
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「もう会わないの?」
渋谷駅、改札前の人波の中で、もう会わないと言った私にその人は、子供をあやすような口調で聞いた。
「うん、もう会わない。」
怒りで言ったわけでも、気を引きたくて言ったわけでもなかったから、初めて会う人に当たり前に優しくするみたいにありがとうと言って、手を振ってその人に背を向けた。
後悔もなかったし、センチメンタルな気持ちもなかった。私は完全にその人になんの気持ちも持たなくなっていた。「ちゃんと終わった」瞬間だった。
私たちがクリープハイプの昔の曲のほうが好みだったように、私が大好きだったその人も、いつしか私には合わなくなっていった。ただそれだけ。
どうでもいい2人だけの話。