小説 ちんちん短歌 第32話『フヒト③、というかミチヨ、そしてウマーイ』
ウマーイは人ではない父・フヒトと、人やってる母の間に生まれた。
だから、半分、人で、半分、人じゃないって事なのかな。
「そんなことはないよ。キミはヒトだよ」
産んだ母は、ウマーイが生まれた後すぐに死んでしまった。
ウマーイを育てたのは、その後、フヒトの妻となったミチヨ姉さんだった。
「ヒトは死ぬんだよ。キミのお母さんは死んだよ」
ミチヨ姉さんは、おっぱいが小さい。
ウマーイが1歳のころ、ミチヨ姉さんは30歳だったが、外見はすごく若い。童顔で、低身長で、おっぱいが小さい。言われなければ13歳と容姿が変わらない。ウマーイの1歳の時の記憶は、「おっぱいが小さくて飲みにくいなあ」だった。
「だから、わたしがお母さんだよ」
ぺろーんって顔をする。このぺろーん顔は、宮中にない。そしてその顔は、かわいい。
ミチヨ姉さんは、自分の想ったことをすぐ言う。すぐ口にする。言葉にあふれている。まだ幼かったウマーイは、乳をのませてくれるミチヨ姉さんの速射砲のような言葉を毎日浴びていた。明るく、楽しく、リズミカルな言葉たち。
ミチヨ姉さんは書見をする女だった。当時にしてはちょっとだけ珍しい。貧乏地方貴族の娘だったミチヨは、地方の官舎で手に入れられるだけの漢籍を読み、一度見てその世界に耽り、その世界を使って自慰をし、その後もう一度書見して、手を動かして書を複写して、文言を完璧に暗記した。そしてその暗記した文言を、壊れた道祖神のように延々と口にしていた。
ミチヨの父、母は、そんな娘を嫌悪したが、インテリ貴族たちはその才気と幼い容姿と、黙ったほうがいい場面で精神の花満開にする「おもしれー女」ぶりに、夢中になった。
そして、ミチヨはエロかった。
特に男のちんちんが好きで、それを口にするのを楽しんだ。男たちは、ミチヨのちんちんへの舌使いに骨抜きになる。ちんちん好きを隠さない感じは、花のオーラとなって彼女のまわりに桃色の風を吹かせている。
地方で不遇をかこつ、都で容姿のいいだけの女を見慣れまくっていてだけど手を出せなかった都崩れのプライドの高い男たちは、こぞってミチヨの幼い容姿と、おかしなな言動と、ちんちん好きを隠さない陽のエロさに病んで、全員気が狂った。
それを聞きつけて中央の貴族がミチヨを見出し、ついには天皇に出仕することになり、幼い王子たちの乳母として、さらに、いい感じの貴族の嫁として、宮中を渡り歩くことになる。
まだ小さかったウマーイは、ミチヨ姉さんに左手で抱かれ、ミチヨの小さい乳首を口にしながら、黙々と書を書き写すその手を見ていた。
ウマーイも、ミチヨ姉さんが好きだった。5歳にもなっておっぱいを吸うのがやめられなかった。ミチヨ姉さんも、ウマーイのおっぱい吸いを許してくれる。
だが、意地悪な兄――兄といっても血がつながっていない。カルという11歳年上の男が、ウマーイをからかう。
「そんなにミチヨのおっぱいが好きか。あいつちっちゃいから、俺のおっぱいとそう変わらないのに」
「違うさ」
「何が違うよ」
「ミチヨ姉さんのおっぱいは、雨の匂いがする」
カルは笑う。
そのカルは、明日、神になる。天皇になる。人ではなくなる。
軽王子。後に文武天皇を名乗る彼は、ウマーイにとってミチヨを通じた乳母兄弟でもある。
「ま、俺もミチヨのおっぱい、今も吸うけどな」
「やめろよ!」
5歳のウマーイ、なんかすごくムカついて、カルに殴りかかる。11歳年上の男は、ウマーイをかわいがる。それーいと持ち上げ、肩車し、そのまま後ろに倒れ込みブレーンバスターをかます。
ウマーイ、むきになってすぐに立ち上がると、高棟によじ登ってフライングボディプレスをしかける。
カルは、へらへら笑ってそれを腹で受けると、騒ぎを聞きつけたミチヨがやってきて、バッと床に飛びつき、はしゃぎながら床を三回たたく。
遠くで、銅鐸が鳴る。三回の鐘の音。
やがてへらへら笑うカル。うへへと笑うミチヨ。思わず笑っちゃう、5歳児ウマーイ。
「よう。明日から俺、天皇だから。ウマーイ、よろしくな」
銅鐸の鐘の音は、弔いの合図。カルは政治の都合で、15歳で天皇になる。
きょうもワの国――天智によって「日本」という国号が用いられたこの国では、今日も大切な誰かが死んでいた。
日本は弱く、だめで、なにもかもだめで、人がすぐ死ぬ。そんなクニだった。
藤原馬養(ウマーイ)は遣唐使に選ばれ、そして帰ってきた。25歳だった。
行った先の唐はヤバかった。何もかも違う。そしてなにもかも、絶対に敵わない。絶対に無理だ。日本ヤバい。隣国がこんなにすごいんだ。何かあったら、日本終わる。そんな感じで絶望して、もう死ぬだろうな、死にたいな、という帰りの遣唐使船の嵐の中、死ぬのかなって思い、でもなんか、生きちゃった。
そいで、普通に帰ってきたら、本朝(日本)の様子もだいぶ変わっていた。
まず、カル兄さん――文武天皇は死んでいた。25歳で死んだ。いや、ウマーイが遣唐使に行く前に死んだんだよな確か。その後、カル兄の嫁さんが天皇になり、その嫁さんはフヒトを重用するようになっていた。
フヒトは便利だったらしい。無限に、時の天皇にとって都合のいい法案を吐き続ける。
で、ウマーイが唐から帰ってきたら、その重用ぶりがさらに進んでいて、あのマイナー氏族の藤原は、とてつもない権力機構の一部になっていて驚いた、ウマーイ。
父・フヒトは、本当に人じゃなくなっていた。
人語を忘れてしまったという。
目が真っ黒。手足が委縮し、あと何て言っていいか、これ、伝わんないと思うけど、全体的に四角になってる。箱みたくなってる。
人って、箱になるんだ、なれるんだ。っていうか、フヒトは、父は、もともと、人じゃないか。
「法になったんですって、フヒト君。これ、法なんですってよ。フヒト君なりの」
フヒトの妻になった県犬養三千代――ミチヨが、その箱の傍らにいて、もたれている。
フヒトは、法を作りまくっているうちに、人の身体を不自由に思うようになり、法を作るのため、人の身体を捨てたくて、でも出来なくて。それで、こんな感じらしい。こういうの、発達障害っていうんじゃなかったか。
「ウマーイ。よく生きたね」
遣唐使の生きて帰って来れる率は45パーセントくらい。
だから、フヒトから遣唐使に行けって命が下った時に、あ、俺死ぬのかな、とウマーイは思っていた。自分でも、よく生きてると思う。
「ウマーイではありません。唐の地にて、宇合(うまかい)と名を改めました」
「キミはキミだよ」
笑うミチヨ。その顔はずっと変わらない。でも、皺が増えた。それが、怖い、と思った。幼女童顔の姿のままで、しっかりと顔が婆になっている。中間の、大人の女性の姿を、吹っ飛ばしている。
でもミチヨに声を掛けられ、ウマーイのちんちんは、少しだけうごいた。
唐にいる間、ずっと思っていたのだ。
帰ったら、ミチヨを抱こう。
どうせ死ぬなら、ミチヨとセックスがしたい。
俺は、ずっとミチヨが好きだ。それに気づいた。ミチヨの小さなおっぱいが好きだ。ミチヨの声が好きだ。ミチヨの頭がおかしいところが好きだ。
だから、唐じゃ死ねない。生きよう。ミチヨが生きる希望で、帰るための灯台だった。
で、帰ってきて現実のミチヨが、想像以上におばあちゃんになってたけど。でも、好きだ。どうでもいい。ちんちんを見せたい。
すると、フヒトーー法を吐く黒い箱は、なにか駆動音を呻く。
ミィィィィィイイィィィィン。
ミィィィイイィィィィィィィィィィィィン。
ミィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィン。
「父は、何と」
「クニのかたちを、定めたい、……ンだって」
ウマーイの帰還により、藤原一族はさらに権勢を増すだろうとの事だった。遣唐使帰りは、それだけ貴重で、命がけで得た知見と危機感は、日本という赤ちゃん国家とって重要だった。
だのに、ウマーイは辺境へ行けと命じられた。
藤原家の事は、兄の二人がいい感じだからいい。
お前は、クニの境界線を定めよ、と。
当時の東の辺境は、東国・常陸の国。なぜ、遣唐使帰りのウマーイがそんなところに派遣されたのか。武官の仕事じゃんか。
皮肉なことに、ウマーイには武の才があった。文官仕事しかしてなかったのに、武器を手に取れば人を器用に殺すし、武器が無くても、むしろ、徒手の方がウマーイは強い。自分より大きな男を、唐手(カラテ)チョップと空中殺法、タイガーステップ、からのローリングソバット。あとクソ度胸で、よく、人を制する。
それを、フヒトは見ていた。いや、フヒトの目となった、ミチヨが見抜いていたのか。
按察使(あぜち)という、謎役職が新設され、ウマーイは常陸の国の太守として派遣される。
派遣される前、ウマーイはミチヨを犯した。箱となったフヒトから引きはがし、背後から襲う。
ミチヨは少しだけ抵抗しつつ、童女のような目でウマーイを見る。
「やめて。フヒト君が見てる」
「別にいいでしょう。父なんて、人じゃないんだ。こいつは法なんだ」
「見てる。フヒト君は。こっち見てる」
箱になった四角い父。
目が黒く、手足を折りたたんで、ぶつぶつと法を吐き続けるマシン。人、人、人、人。フヒトの頭の中はずっと人。人を見ず人を現象としてとらえ、その利害を捉え、ノイズを排除するうちに、自らの手足と、ヒューマニズムを排した男。
「人じゃないだろ、あれ」
「ちんちんもついている」
「ちんちんが付いていれば、人なのか」
「……フヒト君がつらいとき、よく舐めてあげてるんだ」
ミチヨの童女の目。しかし顔は完全に55歳の、当時にすれば老婆の顔。
ウマーイの、25歳のちんちんは荒ぶる。そして、人ではない父の目の前で、その妻を、母を犯す。
フヒトは、ただ見ていた。
自分の子。人と人でないものの中間の奴が、俺の妻を犯している。
俺は、人ではない。
人ではないから心はない。
だから全然どうでもいい。どうでもいいのだけど。
心ではないが、最後、法を作るため、唯一残しておいた体の突出部であるちんちんが、その営みを見て、反応した。
法は、これをどう定めるべきか。
人と人でないものをつなぐフヒトのちんちんが、反応している。動いている。
このちんちんの動きを、法で定めることは可能か。
できないなら、なんだ。法はなんのためにあるのか。
ちんちんは、何ならば定めることができるか。
ちんちんは、自分の身体の、外にあるのか、それとも含まれるのか。
ちんちんに、法は、無力なのか。
フヒトは没した。
死因は、ちんちんかちょん切れたからだという。
遺骸は土葬され、四角い棺桶に、フヒトの身体はピッタリ挟まった。ちぎれたちんちんは埋葬されなかった。その辺に捨て置かれ、腐り、朽ちたそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
ウマーイは、歌を口ずさんでいた。
東国へ向かう馬上にて。歌。歌の種になるような言葉を、舌の上で転がす。
ミチヨを犯したセックスのさ中、ミチヨは何かを口ずさんでいて。今、口ずさんでいるそれは、ウマーイが幼いころ、おっぱいを吸いながら聞かされていた漢籍・漢詩の一部だったことに気づく。
唐でも、ウマーイはたくさんの詩歌に出会った。
孟浩然という人の歌が、特に唐の宮中で巡り回っていた。聴けば、孟浩然、だめ人間らしい。
当時、世界最高権力者である皇帝ですら彼の詩を評価したが、孟浩然自身があまりにもだめ人間過ぎた。具体的には、ずっとちんちん丸出しだった。ちんちん丸出しで皇帝に会いに行こうとして、断られたらしい。皇帝も怒っちゃった。ちゃんとしろよ、せめて、ちんちんをしまえ、全裸は百歩譲って許すから、と。その勅の文書も残されている。すごい国だなあ。尚書の役人が見せてくれた。実に雅な書体で「ちんちんを見せるな孟浩然」と書かれている。
でも、孟浩然の詩がすごいので、どうでもいいという事になった。そう、聞いた。
だめな人が歌を歌っていい国。
そのことに、ウマーイは驚いた。だめな人でも詩歌を歌って、存在が許されるのか。言葉を使って、何を示していいのか。人がそこに居ていいのか。
つよい国だ、とウマーイは打ちひしがれた。
父フヒトは、生涯、詩を作ることはなかった。
ウマーイは、沢山漢詩を作った。
「短歌は作る気はないの、キミは」
ちんちんを入れられながら、ミチヨはウマーイに問うたのを思い出す。
ミチヨの歌は、短歌のただの一つしか残っていない。
あまくもを ほろにふみあだし なるかみも(天雲乎富呂尒布美安太之鳴神毛)
けふにまさりてかしこめけやも(今日尒益而可之古家米也母)
フヒトは、歌を聞くと強く否定的な反応を示すらしい。
なんだ、それは。殺すぞ、と。
そんな駆動音を出す。ぐるる、ぐるるるると、
ミチヨはそんなフヒトを題材に詠んで、空中に放った歌がこれだった。
天雲をほろに踏みあだし鳴る神も
今日にまさりて恐けめやも
おお、こわいこわい、はいはい、怖いでございますよー、と、ミチヨがフヒトに対して真面目顔ギャグとして放った言葉は、流れ流れてクメさんというおじさんの耳に入り、それがよく分からない経路で大伴家持の耳に入ることになったが、それは別の話だ。
「ウマーイくんも、なんか短歌を聞かせてよ」
「ないですよ。短歌っていうか、ヤマト語で詩歌なんて無理でしょ」
「……ウマーイ君もそういうタイプか」
射精はした。ウマーイ。母に射精した。父の女を寝取って、母の中に放ち、今、その女はちんちんを舐め、精液を飲んでくれている。55歳の童顔老婆。その舌。
この舌が、今、本朝の政治を動かしている。ミチヨはヤマトの宮中の中心にいた。法作りマシーンと化した夫の翻訳機になりながら、その口、その舌で、多くの官人と交わり、政治工作をしている。
ああ、クニが、この女の口まんこから生まれようとしているんだな。
国土の範囲を決めたい、という夫の意を受け、今、ちんちんをしゃぶられている俺。
それで、今、行くんだよな、東の果て。国土の限界へ。周辺へ。辺の頂点へ。
辺の拠(へのこ)。
それは、中世ではちんちんを意味した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
西暦720年。日本国・常陸は、ちんちんだった。
そして同年。藤原不人(不比等)は死ぬ。
藤原宇合は遺命により、常陸国太守として、いくばくかの兵を連れてナラ・平城京を出立した。
そして常陸という日本のちんちんに至るウマーイ自身も、自分はちんちんだと思った。
(つづく)
サポート、という機能がついています。この機能は、単純に言えば、私にお金を下さるという機能です。もし、お金をあげたい、という方がいらしたら、どうかお金をください。使ったお金は、ちんちん短歌の印刷費に使用いたします。どうぞよろしくお願いします。