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小説 ちんちん短歌 第31話『フヒト②』

 不人(フヒト)は、その名の示す通り人ではなかった。
 父にそう願われて名を付けられ、そして父の願う通り教育を施され、無事、人にはならなかった。

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 父・中臣鎌足は、自分の親友でありサッカー仲間であった「兄弟の中の真ん中王子(中大兄)」という、特に名を持たない王族の男を、ついこの間、神にしてしまった。

「鎌足ぃ、どうだあ? 俺、神かあ?」

 元「真ん中王子」、天智天皇はへらへらと笑った。

「私が神にしたんですから、神っぽくしてくださいよ」
「神っぽくっていうけどよぅ、神に先例ってあるのかね」
「とりあえず、へらへらしない。鼻水たらさない。あと、神っぽくなんか、そうですね、空くらい飛んでみたらどうです?」
「ヒトが飛べるかよぉ」

 一人と一柱はくすくす笑う。 

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 天智天皇は殺人経験者でもあった。

 西暦645年、彼は当時の最大権力者であった蘇我イルカを殺害した。そんな殺人クーデターを主宰したのだ。

 で、こういう主宰者ってのは、腕組んで後方主宰ヅラしてればいいものの、殺人役を仰せつかったコマロとアミタは殺しの直前、緊張でゲロを吐いたっていうのもあり、それで、じゃあしゃあねえなあと「日本書紀」の記述を信じるならば、「咄嗟(やあ)」と、飾りのつもりで持っていた槍を振り回して、それをイルカの肩に突き刺す。イルカは何か言って(日本書紀によれば「臣、罪を知らず、乞う、あきらめたまへ」とか言って)死んだ。

 あちゃー、と鎌足は思った。

 鎌足は一応弓矢をもって、いざとなったら自分がイルカを殺そうとおもっていたが、まさか王子本人が人殺しちゃうとは。まずいまずい。人殺しは、王様になれないぞ。

 それで、最初は遠慮して真ん中王子は、蛮国ワの国の酋長である「オオキミ」にはならなかった。
 「オオキミ」というのは、部族の調整役であり、「ワ国」の代表である。で、人殺しに、外交や調整ができるかっていうと怪しい。そもそも、儀式を司るのが多いので、殺人経験のある人に儀式や、例えばお葬式に人殺しが列席されたら、汚れる感じ、あるじゃないですか。そんな奴の言う事、信用できないじゃないですか。

 で、実際、真ん中王子は徐々に嫌われた。
 やっぱり、人を殺すような奴が政治すると、なんかうまく行かないし、自然災害が起きた時「やっぱり、人殺しが政治やってるから……」とみんなが不安になる。

 この空気を払しょくしようと、一発逆転を狙って遠く韓土にまでわたって、白村江での大規模戦争に加担して国威発揚を狙ったが、これも大失敗に終わってしまった。
 この戦いで大国の唐ににらまれ、もともと大した国力の無いワ国はいつ滅びてもおかしくない状況に追いやられた。

 政治のために人を殺そうとする発想の人間が、何をやってもうまく行かないのは当たり前だった。

 鎌足は考えた。
 王子を、人じゃ失くすればいい。

「というわけで、今日から、あなた、神なので」

 鎌足の一族・【中臣】は、もともと神祇官であり、人以前に神に遣える部族であった。

「何言ってんの鎌たっぁん。神って、唐みたくの天子やれってこと? え、皇帝?」
「その上です。皇帝はすなわち「三皇五帝」を一(いつ)にしたもの。我々はその上、「一天・三皇」、すなわち【天皇】をお名乗りなされよ」

 で、こうしてワ国で初めて「天皇」が発生した。その初の天皇は、殺人者だった。

 部族たちは、当初は殺人者がオオキミ、っていうか、天皇? になるのに反対していたが、しかし大国の唐にいつ白村江の報復をされるか分からない状況で、頭のおかしいリーダーシップを発揮する人材が残念ながら彼くらいしかいない。

「えー、天智天皇は、オオキミではなく神なので、人を殺したことがあっても全然普通に許されます、神なので。なので従ってくださいー」

 という鎌足のアナウンスに、みんなもう、従うしかなかった。みんなとても疲れていたし。

 かくして「やあ」と人を殺したことがある男が、「天皇」を名乗りだした。

 それで、なんとか、どっこい、政治はギリギリなところを綱渡って現在。鎌足が頑張った。天智のカリスマ頭がおかしく適当なところを、鎌足がカバーする。二人がサッカーをやってた時と同じ関係だった。シュート放った後よく、靴が脱げる。すると鎌足は靴を持って履かせてあげていた。靴ひもを結んであげている間に、殺人クーデターの打ち合わせをしたんだよな、と鎌足は懐かしく思う。

 その功績もあって、あるとき天智から「俺の抱いた女を一人あげるよ」と、安見児(やすみこ)という女を貰った。
 鎌足は神から、神に抱かれた女を貰う形になる。

 鎌足はそんな安見児にちんちんを入れ、射精しているうちにふと思った。

 俺の子供、神でよくないか。

 そんなことを想っているうちに、正妻の方から子が生まれた。男だった。
 そしてそう、この正妻も、天智天皇がまだ人だった時代にもらった女だ。天智が抱いた女。セックスした女。あの時は人。今は神。だから、産まれてきた子供も、別に神って事でも、いいんじゃないか。

 鎌足はその生まれた長男を「真人(まひと)」と名付けた。

 そのことについて、特に遣唐使経験者の人や、漢土からの帰化人が「おやおや」「ちょっとマズくない?」と思ったが口には出さなかった。

「真人(しんじん)」は、「朕」に次いで始皇帝の一人称として使われたワードであり、そして始皇帝こそ、人を殺したあと、人類で初めて「皇帝≒神」になった人間である。
 世界最初に、人間でありながら神になった者。はるか遠く西方で、最後の神の子が生まれる200年も前の話である。

「朕」はちんちんみたいだからだめ。
 これからは「真人」でいく。
「真人」は濡れない。「真人」は火に焼かれない。最強だ。いや、最強という概念すらない。比較なんてできないから。
 そして「真人」と自分を呼んでいれば、いつか他の「真人」がやってきてくれて、なんかすごいステージに連れて行ってくれる。
 ここではないどこかに、朕を、「真人」を、連れてってくれる。
 真人なら空中を、飛べるんだろう?
 とべ、飛ぶんだあ。
 おらもつれてってくれえ。

 そう、始皇帝は信じ、信じたまま死んだ。以降、漢土で、自分の事を「真人」と称した者はいない。

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 鎌足の長男、中臣真人は「本当は神だからね」と言い含められて成長した。鎌足は、彼が神だという事がバレるとヤバいと思い、お寺に勉強目的で預けることにした。
 当時、仏教は「最新科学をベースにした、なんか頭いい感じだけどちょっと頭のおかしい新興宗教」と思われていたから、人間界最高権力者の長男を仏門に入れるというのは、けっこう話題になってしまっていた。けど、おかげさまで、権力闘争みたいなところから隔離することはできた。

 ところが、真人は仏教にハマってしまった。

 頭もいいし、理系だし、めちゃくちゃ適正があったのだった。真人は仏典を読み解きながら「竜巻がなぜ左回りが多いのかを仏の道から解析」とか「投げ槍の軌道からジャイロ効果を座禅して割り出す」「放射冷却がなぜ起こるかを仏像を使って実証」とか、やりだした。
 自分の事を「定慈郎(ていじろう)先生」と名乗り、その後研究で遣唐使について行って漢土に渡った時はそれ風の名前として「定恵(じょうえ)」と名を変え、ちゃんと、ますます理系に傾倒する。

 だめだ。こんな奴はもうだめだ。神は白衣を着て、最新科学を分かりやすく民衆に教えたりはしない。鎌足はあきらめた。長男は神じゃなかった。ただの「真っすぐすくすく育った人だ」とあきらめた。なんか、がっかりだ。でもまあ、よい子に育ったから、いいんだけどね。

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 鎌足は、第二子を作っていた。第二子というか、第二神になるか。
 用意周到な男だ。神になった天智が、昔のノリで自分とセックスした女を正妻の他に何人もくれる。それが、長年尽くしてくれた鎌足への一番の褒美だと言わんばかりに。
 発想が、地方のヤンキーなのは仕方ない。真ん中王子として、そもそも王位継承がないと思い込んで悪さばっかりしてたから「自分のセックスした女を友達に恋人候補として紹介してあげる」ということが、友情の証だと思っていたのだろう。

 さっきも話題に出したこの、車持安見児もそうだった。もう、天智天皇に何回も抱かれ、一説には妊娠もしてたらしい。

 知ったことか。

 鎌足は、安見児のまんこにちんちんを入れる。正常位で、何度もちんちんを同じような角度でこすり、何回も射精しながら「あー、神に抱かれた女を抱いているなあ」と思った。

吾者毛也 安見兒得有(われもはや やすみこえたり)

 ふと、この言葉が鎌足の頭をよぎる。口にも出す。

 安見児は、今、俺を比較しているんだろうなあと思った。
 ちんちんの大きさ、気持ちよさ。神のちんちんと、人のちんちん、この女は、比較してる。
 そんな顔して、神と俺、どっちがいいのか、言ってみろ。神よりいいのか。俺は神よりいいのか。俺は神じゃないけど、産まれてくる子は神って事でいいよなあ。なあ?

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 皆人乃 得難尓為云 安見兒衣多利(みなひとのえかてにすとふ やすみこ えたり)

 無意識に、参内してる時にも口ずさんでいた、鎌足。

「俺の抱いた女を抱いたのが、そんなにうれしかったか? 鎌足」

 気が付けば5、7、5、77、という、下品な形式で言葉を並べていた。
 天智は、鎌足がこんなにわかりやすく喜んでいた事に疑念を持った。
 鎌足はそれには答えず、

「神って、孤独でしょ」
「まあね。お前の謀反を疑う程度には」

 「天皇」を呼称してから数年で、天智の目は落ちくぼみ、手足はやせ細り、髪の毛は大量に抜けた。この国初の、人間が「神」としてふるまっているストレスは、想像にたえない。

「われはもや安見児得たり 皆人の得難にすといふ 安見児 得たり」

 鎌足は、両の手のひらを天智にむけ、跪き、やがて、地に臥した。

「このアホな短歌を、神に捧げます。私はこれくらい、エロくてシンプルな男なんです」
「歌を残すか、鎌足。こんなアホ歌を。後世の人間がこの歌を知れば、鎌足、おまえ、馬鹿だと思われるぞ」
「望むところで御座います。地を這う鎌足は、エロでバカで、親友の抱いた女を抱いて喜ぶ、エロちんちん人間である事を、伝えてくれるでしょう」「ばーか。……お前なら、もっとまともな歌、詠むだろ」

 天智、平伏する鎌足の前に、うんこ座りして話しかける。
 鎌足は平伏しながら、答える。

「……あなたの代わりに、歌を作って差し上げた事もありましたね」
「ああ、秋になったら田んぼの仮宿でセックスしちゃうって歌な」
「神はセックスしちゃダメです。神だったら、神ビームで処女を妊娠させないと」

 平伏し、土下座しながらも、鎌足は天智にくぎを刺す。
 天智は、この訳の分からん先生口調に呆れつつ、

「ビームって何だよ。俺ぁ秋の田んぼの苫の粗い仮宿で女を手マンして袖を濡らしちゃう男なんだよ」
「神は手マンしちゃだめです。……あれは、天皇っていう収穫神でありながら、秋の田んぼの粗末な建物で居眠りしちゃうっていう、神にもプリティな一面があるよって知らしめたい短歌なんですから」

 一柱と一人は、ふふふと笑う。
 もう、二人とはカウントされない。神と人の会話だ。
 だからここには、孤独しかない。

「お前も神になってくれよ、鎌足。そうすれば俺ぁ……」
「ダメです。私は人として、お仕えいたします。最後まで、私は人間です」
「人だから、謀反も起こすってか」
「エロくてアホな人間です。抱かれた女を貰って喜ぶ、臆病で弱っちい、へらへらとした人間です」

 鎌足が顔をあげると、鼻水が出ていた。
 天智はその顔を見、僅かに口元を緩ませた。

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 鎌足は安見児を妊娠させ、出産させた。男だった。
 フヒトと名付た。

 人ではない。
 人じゃなければ、それは、神だろうか。

 鎌足は前回の反省を生かし、不人を仏教ではなく、ただ勉強させた。そして、かねがね、人間じゃないよ、君は人間じゃないよ、と吹き込んだ。

「わかったよ、パパ」

 フヒトは頭が良く、物覚えがよかった。数学が得意だった。そのうち、「法」というものに興味を持ちだした。因果と結果を、法が結び付ける。人の動きを感情ではなく、法によって動機づければ、国家は得たい結果を得ることができる――。

「あ、そうか。天皇、つまり、神って、法の中では機関なんだ。天皇はただの機関。統治の主体は結局「法人」つまり国家にあるのだから、あくまで天皇って言うのは行政、立法、司法を超越することなく、あれだ、関数と考えればいい。天皇とは変数Xであり、あくまで公式は不変であって、Xがどれほどの、例えいかに、無量大数ほどの莫大な数を代入したからといって、関数公式のありようそのものには影響できない。あー、これが、法かあ……」

 フヒトは、人間じゃない。
 人間じゃないから、俺は法が作れる、そう思った。人間の動機を信じない、分からない、そして自分は人間じゃないから、心で動いてはいけない。

 法で動こう。

 かくしてフヒトは法を研究することにハマっていった。

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 そんなタイミングで、鎌足が落馬して死んだ。死ぬ直前、天智天皇は今までありがとうの意味を込めて、神の仕度を任せられる「中臣」の姓から、新たに「藤原」というよくわかんない姓を与えた。

 中臣不人は、藤原不人になった。

 そして鎌足が突然死に、兄の真人もフヒトも権力構造の外にいたため、覇権を取ることができなかった。

 「藤原」という、なんだかよく分からない一族は、突然、ピンチを迎えた。
 人ではない一族。
「超マブい女ゲット~ウェーイ」みたいな短歌を残したダサ一族「藤原」は、宮中では思いっきり端の端に追いやられてしまったのだった。

 そんな中生まれたのが、フヒトの子。
 三男の「ウマーイ」だった。

(つづく)

われはもや安見児得たり 皆人の得難にすといふ安見児得たり
(内大臣藤原卿(藤原鎌足))

(巻2-95)

 

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