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とある元メイド喫茶常連の忘備録<その27>
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
ひとしきりフードを食べ終えた。
「喉乾いたな。飲み物貰いに行くか」
国領氏一行と三人で飲み物を取りにカウンターの前の行列に並んだ。
しかし一向に前に進まない。飲み物を受け取った客が延々とメイドと話し込んでいる。メイドに促されてカウンターを離れても次の客がまた話し込むのだ
「何やってんだ?」
国領氏がイライラし始めた。当然である。
「フフフ。ひどいね。フフフ」
「普段話せないからってこういう所で頑張られても困っちゃうね」
城田氏、浅田氏も飽きれ気味である。
「お飲み物を受け取った方は速やかに列から抜けて下さいー!」
いつまでもカウンター前でたむろしている常連をたなかメイドが声を張り上げて散らしていった。そして列の形成をし始めた。
「列圧縮します。もうちょっと寄って頂きます。」
しばらくしているうちに自分の番になった。
カウンターではぎんれい、めめ、竜之進が忙しくドリンクを作っていた竜之進は電車男ブームの折りに秋葉で働きたいという思いが強くなり財布だけ持ってきて上京してきたという行動力の塊のような人である。本来この店はメイドのみの募集だったが、女性客を沢山呼び込める自信があるという旨を面接でアピールし男装ギャルソンでの採用になった。地元は九州でかなり有名な男装コスプレイヤーだったらしい。というのも某格付け番組の象徴ともいえるミュージシャンの大ファンであり、その本人のコスプレで有名だった。今の時代で言う完コスであり見た目はそっくりである。店ではワイシャツにヴィヴィアンウェストウッドのアクセサリーやネクタイ、ベストにスラックスで決めていた。性格も歯に衣着せぬスタイルな為、女性客だけではなく男性客にも支持を受けていた。源氏名の由来は恐らくカムイ伝の草加竜之進だと思われる。
「お待たせしちゃって悪いね。みんなぎんちゃんと長話しちゃってて。アタシとも喋んなよって感じだよ」
「竜ちゃんもたなかさんみたいに言っちゃって良いよ。みんな言わないとわかんないんだから」
国領氏が強めの口調で言った。
「フフフ。ぎんちゃんは平日しかいないもんね。みんな張り切るよ。フフフ」
「めめも竜さんみたいにはっきり言えるようになりたいな~!」
「めめさんは今のままでいてくださいね。お願いしますよ」
それまで黙々とドリンクを作っていたぎんれいが声を上げた。
「そうだぞ。めめが本気出したらみんな泣いちまうぞ」
「え~ひどいな~」
めめは本来理詰めで会話する。そんなことをしたら客だけでなく
同僚のメイドからも嫌われてしまう。本人もそれは理解していた。
そうしているうちにゆりあメイドがキッチンから出てきた
「めめさん代わりますよ。スタンバイお願いします」
「ゆりあちゃんお願いね~」
めめメイドはキッチンに向かっていった
「お、そろそろじゃない? ここで立ち話もあれだから。早く行こう」
国領氏が促す。自分たちはカウンターを後にした。
「フフフ。みんなサービス精神あるんだよな。あれは話しちゃうよね。フフフ」
「ほら、最近またテレビ出まくってるからかな? ずっと店混んでるから。
ここらでサービスしてくれてるのかもね」
店にはブログがあり、出勤したメイドは原則記事を書くことになっている。
土日やテレビで放送等があった翌日店は混雑する。
そのような日は決まって「お話出来ず申し訳ありません」とか
「すべてのお席にお声掛けができませんでした」という旨を書くメイドはちらほら見かける。
常連のほとんどは一言でいいからメイドと話したいと思っている人が殆どである。
忙しいながらも客の要望に答えようと尽力しているメイドは少なからずいた。
「皆様、お食事、ご歓談お楽しみでしょうか」
たなかメイドが店のキッチンから颯爽と登場し、司会を始めた。
「皆様、右手をご覧になってください。」
その場にいるすべての視線が店の左隅に集まった。
「一番高いのが中指でございます! 冗談はさておき、ステージの時間がやってまいりました!
トップバッターはミステリアスなキャラでお馴染みのめめちゃん!
最近は左足から階段を上ることを始めたそうです! それではどうぞ!」
大物女性芸人と往年の歌番組ネタで豪快に滑りながら、たなかめいどはキッチンに去っていき、入れ替わりにめめメイドが登場した。九〇年代に絶大な人気を誇った沖縄出身のダンスボーカルユニットの曲を堂々と歌い上げた。普段はハッピーバースデーの歌ですら音を外すめめメイドが一切音を外さずに歌い切ったことに皆驚いていた。
「めめちゃんありがとうございました! いつもとギャップがあってすごかったね!」
キッチンからたなかメイドが戻ってきてインタビューを始めた。
「ペットボトルの……」
「それはキャップね。練習したの?」
「カラオケで良く歌ってたので」
「カラオケ良く行くの?」
「はい! 一人になりたい時に」
「えっと、モノマネも得意なんだって?」
「うわ~雑なフリですね!」
「一番得意なのやってもらっていい?」
「じゃあラムちゃんやります。まだ子供が食べてる途中だっちゃ!」
沸いた。狭い店内が。まず似てる。そして似てるだけではない。
不意打ちで北の国からのネタも仕込んできた。見事だった。
「ちょっと五郎さん入ってるラムちゃんだったけど似てましたね。めめちゃんありがとうございました!」
やりきった表情でめめメイドはキッチンの奥に去って行った。
この後は竜之進、ぎんれいの歌唱が続いた。自分は前の方はほかの常連に譲り、
後ろの方で見ていたのもあるが、めめのパフォーマンスがあまりにもクオリティが高かったためか、印象には残っていなかった。
入れ替えの時間になり、国領氏、城田氏、浅田氏と店を後にした。店の前の公園で感想戦になった。
「めめの歌には驚いたね。モノマネも似てたな。捻りもあったし」
国領氏が切り出す。
「歌うとは聞いてましたけど、あそこまで本格的にやるとは思ってませんでした。あの後にやらなきゃいけなかったぎんちゃんと竜さんはかわいそうでしたね」
「フフフ。めめはキャラ作ってたってこれではっきりしたんじゃない? フフフ」
「たまに難しい事言ってたりしてたからね。でもあそこまで作ってたなんて驚いたね」
「花魁と芸者だな。本当は花魁やって目立ちたいんだろうな」
「そういう事ですか……」
「フフフ。そういう店だもんね。フフフ」
「え? 何急にやらしい話してんの? それとも花魁ってウメボシ太夫?」
「うちの店って、明確に客と話しする人と食器下げたり行列捌いたりする人と別れてるじゃないですか」
「え? 言われてみればそうかもしれないね」
「昔の吉原だとメインの花魁と料理を運んだりもする芸者の人っていたんだよ。
芸者は完全に花魁の引き立て役だったらしいから。」
「フフフ。それと変わんないよな。メイド喫茶入ったら看板になりたいよね。
でもうちの店の看板って絶対的な存在だし。後から入って続けるなら芸子さんみたいな役割しか残ってないよ。しかもはじめからあの子は花魁にするって決めて採用するから席も空かないし。フフフ」
「そういうこと? うちの店倍率すごいらしいから入れたら頑張らなきゃだもんね。こういうイベントで前出れるなら爪痕残そうとするよね」
「大変ですね」
「ま、俺達が気にする事じゃないけどな」
「フフフ。じゃ俺たちは競馬かな? フフフ」
「俺達は次は十七時からだから、今日はお疲れ様だね。また出し物の話し聞かせて欲しい」
「お疲れ様です」
めめメイドの衝撃的なパフォーマンスから始まったらイベントだったが、まだまだこれからが本番だった
<つづく>