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雨、雨、雨の琵琶湖
旅は旅でも、自分の親戚や知人に会いに行く旅もまたいいものだ。
親戚とは年末年始、夏休み、お盆といった時にしかなかなか会う機会がなかった。
僕の父親は大阪生まれ大阪育ちの人間で、毎年親戚が集まるのは大阪の祖父母の家だった。
2005年夏、僕のバイク一人旅は自分の好きな場所へ行くのと同時に、そうした親戚や知人の家を訪ねるという計画もあった。
時には、自分一人で親戚や知人に会いに行くのもまた新鮮で楽しい。
*
岐阜県郡上白鳥から、九頭竜川が流れる国道158号を走り始めた。走り始めてまもなく、大きなウェルカムボードが現れた。
「ようこそ福井県」
福井県に入ったのは人生初だった。
しかし、この旅の一つの試練のようなものがこの時からじわじわと始まろうとしていた。
「雨、降らんとええけどねぇ」
郡上白鳥で泊まった民宿の女将さんが、出発する前にそう言って心配してくれた矢先、県境あたりから雨がぽつぽつと降り始めた。
この日、滋賀県大津へ向かおうとしていた。
父の小学校時代からの幼なじみで、今でも家族同士で仲が良いおっちゃんが大津に住んでいる。僕はそのおっちゃんに、今晩お世話になりますと事前に連絡を入れていた。
おっちゃんの家は、琵琶湖大橋から比較的近い場所にある。中学1年生の時、家族で遊びに行った以来だったと思う。その時、久しぶりに会ったおっちゃんが僕に言った言葉を忘れていない。
「おっなんや、もう声だけはおっさんやな!」
*
福井県から南へ下り、余呉湖(よごこ)に着いたのは夕方頃だった。湖畔にあった休憩所で雨宿りをした。
余呉湖は、琵琶湖のちょうど頭の上にちょこんとある。琵琶湖を”お母さん”とすれば、余呉湖はまだ妊娠1ヵ月ほどの胎児のごとく小さい。
僕は、ここでおっちゃんの息子であるだいちゃんに電話をした。
だいちゃんは、僕の兄と歳が近くて小さい頃からよく遊んでいた。僕が東京に転校した小学校1年生の時、だいちゃんは東京に一人で遊びに来たこともあった。東京タワーに上ったこと、車の中でだいちゃんの膝の上で寝ていたことも覚えている。
8歳も歳が離れているから、よく可愛がってもらった。この時はもう結婚していて、2歳の女の子もいた。おっちゃんの家の近くに住んでいたので、僕が大津に来ると知っておっちゃんの家に来ていたのだ。
僕はそんなだいちゃんに言った。
「雨が結構降ってるから、ぼちぼち行くわ!」
「えっ、こっちめっちゃ晴れとるで!」
「えっ?!嘘やろ」
*
結局、それから僕は一度も青い空を見ることはなかった。
琵琶湖沿いを走っている途中、悪寒を感じて湖畔沿いのコンビニで休憩した。ぶるぶる震えながら温かい缶コーヒーを買うとき、レジの若い男の店員が僕の様子みるなり言った。
「大丈夫ですか? 完全に病んでますよねぇ」
実際、この時の僕を現す言葉として間違っていなかったと思う。
おそらく顔色も相当悪かったはずである。季節は真夏のはずなのに、体が震えていた。
バイクで走っている間、何度も空が光った。顔面に雨粒が突き刺さってくるので左手で顔をふさぎ、右手でハンドルを握って運転していた。前方の車は水しぶきを上げて、テールランプが滲んで見えた。
南に下れば下るほど、晴れるどころか雨が雷雨と化していった。
(だいちゃん、晴れてるなんて嘘やんけ...)
おそらく、福井県や余呉湖の頭上にあった雨雲が、僕が南下するのと一緒に南へ移動していたのだろう。
*
この日、少なくとも6時間以上はバイクに乗りながら雨に打たれ続けていた。特に、琵琶湖沿いを走っている時の雨は激しかった。
おっちゃんの家の近くにあったコンビニで待ち合わせをした。
もう雨はだいぶ弱まっていた。まもなく車でやって来たおっちゃんが救世主のように見えた。
おっちゃんの車の後を走り、無事に家まで到着するとすぐおっちゃんが言った。
「話は後でゆっくりしよ! とにかくお風呂入り!」
その言葉通り、僕は家に上がると真っ先にお風呂に駆け込んだ。
自分の身体がじわじわと解凍され、血流が回復していく。
「あぁ~~~~!!」
ふと、湯船に浸かった自分の足の裏を見て、驚愕した。指先だけでなく、足の裏の全てがふやふやになっていた。
*
おっちゃんやおばちゃん、そしてだいちゃん家族と食卓を囲んだ時間。
「今でも小さい頃のままのイメージしかないねん」
どうも僕の幼い頃の印象しかないからなのか、僕が一人でこうして遊びに来たことが不思議だったようだ。
僕といえば、幼稚園の頃にちびまる子ちゃんの踊るポンポコリンを披露してくれたことを思い出すと言っていた。
3年前、そんなおじちゃんとおばちゃんは僕の結婚式にも来てくれた。
だいちゃんの娘で当時2歳だった女の子は、今はもう高校生になっているはずだ。
いつかまた、家族で遊びに行きたいな。
今度は車か電車でのんびり行こ。雨が降っても安心。
***