ストックホルムのバス停で
水の都ストックホルム
北欧第一の商業都市だと知ってやって来たが、なんと居心地がいい街なのだろう。
そう感じさせるのは、整然と色鮮やかな建築物が建ち並んでいるだけでなく、東京のような人混みがないからだろう。
圧倒的に街を歩いている人口が少なく、この都市には”窮屈さ”がない。
そして、この街全体が水に囲まれていることもあるかもしれない。
視界に入ってくる水辺には、小さな帆船から豪華客船まで色んな船が停泊しては動いている。
芸術センスがまるでない僕でも、つい絵を描きたくなってしまうような衝動に駆られてしまった。
スカンセンへ行く
ストックホルムに到着した翌朝、僕は世界で最初の野外博物館「スカンセン」に行こうと決めた。
正直どうしてスカンセンに行こうと思ったのか、今でもよくわからない。単純に、”世界初”という響きに惹かれてしまっただけだろう。
僕は、中央駅そばのバスロータリーを一人で歩き回っていた。
どこのバス停からスカンセンへ行けるのだろうか。
僕は、あるバス停のベンチでパンをかじりながら座っていた一人の青年に声を掛けた。
「あのー、スカンセン博物館はどのバス停から行けますか?」
「あー、悪いけど分からないな。僕はここの土地の者じゃないから」
「そうですか、どうもありがとうございます」
すると、その青年は僕に質問をしてきた。
「君、一人でどこから来たの?」
「日本です」
そう答えると、その青年の口からいきなり日本語が飛び出してきた。
「アナタ、ニッポンジンデスカ!」
その瞬間、これはまた何かの間違いかと思った。
ヨーテボリ中央駅では、すれ違いざまに出会ったジミーという大学生がいきなり日本語で話しかけてきた。それはちょうど2日前の話だ。
北欧には遥か遠い日本に好意を寄せている人が多いと聞いていたけど、スウェーデンにはそんなに日本語を喋る人がいるのか。
青年は続けて話し始める。
「ワタシ、イマ、ニホンゴ、ベンキョー、シテマス」
「ワタシ、ワカリマセン、スカンセン」
丁寧に日本語を話す青年はベンという名前だった。僕よりも2歳年上だったことから、僕はその後「ベンさん」と呼ぶことにした。
スウェーデン人だと思っていたら、まさかのベルギー人だった。
じつは、彼も僕と同じでストックホルムに着いたのは昨夜だという。僕は安宿を見つけてぐっすり眠ったが、彼は夜が遅すぎて泊まるところもなく、仕方ないから今まさに座っているベンチで横になって朝まで眠っていたらしい。
そう言われれば、ベンさんはさっきからずっと眠そうな顔をしている。
そんなベンさんは、祖国ベルギーでは医科大学に通う4年生だった。
明後日、ストックホルムから船でフィンランドに渡り、トゥルクという街の病院で研修生として働くという。だから彼もストックホルムは初めてで、”旅の途中”だったのだ。しかし、なんでもっと楽な行き方を選ばなかったのか。
そんな彼が、そもそもスカンセンの場所を知るはずもなかった。
ベンさんは、ヨーテボリで出会ったジミーと同じく日本に対してすごく興味を持っていた。
ジミーと違っていた点は、ベンさんにとって日本は未踏の土地であるということだった。
また、ジミーほどに日本語をペラペラと話せなかったので、僕は精一杯の英語で彼と基本的に会話をしていた。
ただ、ストックホルム滞在中にときどき彼が口にした日本語は、もはや上手い下手などを通り越して僕の心に迫ってくるものがあった。
結局この日、僕はバス停で出会った”寝起き”のベンさんと一緒にスカンセンへ向かった。