BS-TBS「報道1930」、重信メイ氏起用問題

やっぱりと言うか、なんと言うか。
ハレーションの大きな問題だけあって、批判する側も、それを擁護する側も、論点が多く非常にややこしい事になってる。

「実際のところ、何がどう問題なの?逆に問題無いの?」

を噛み砕いて整理したい。


騒動の始まり

前段:イスラエル・ガザ地区発の大規模テロ事件

イスラエルは第二次大戦後にユダヤ人が建国した国家だが、元々は長らくパレスチナ人の住む地域だった。

第二次大戦を有利な展開にする為、その地域を委任統治領パレスチナとして保有していたイギリスが、様々な民族に都合の良い嘘を吹き込む二枚舌、三枚舌外交をやっていた事から、第二次大戦終戦後にユダヤ人は当然の権利として国家樹立を目指す。

パレスチナ人の住む土地に、ユダヤ人民族主義的発想から「イスラエルの地にユダヤ人の国を求める」シオニズムによる移住者が増えて行く。
委任統治領内でアラブ人とユダヤ人コミュニティが対立を深め、しばしば使者を出す衝突が発生する。
イギリスを始め国際社会はこの対立を回避しようと策を講じるが、対立は深まり続ける。
一応の解決策として、パレスチナの地をアラブ人、ユダヤ人それぞれの国家として分割統治する案がイギリスから出されたが、それを認められないパレスチナ人は全土で反乱を起こす。
一方で、ユダヤ人もアラブ人への警戒感から、武装組織を強化して行った。

第二次大戦終戦後、イギリスは委任統治を諦め、国際連合へパレスチナ問題を丸投げ。
国連では分割案が採択され、これにより1948年5月14日にユダヤ人はイスラエル独立宣言を行った
これに当然パレスチナ人は怒り、周辺のイスラム教国家も同調する。

兵数では圧倒的にイスラム教国家連合で上回っていたが、先進的な武装を持ったイスラエル軍が勝利する。
計4回発生したイスラエル対イスラム教国家連合の戦いは、全てイスラエルが勝利し、その度に支配領域を拡大した。
この結果、多くのパレスチナ人はイスラエル国内の狭い地域に押し込まれるように暮らす事となる。

このような経緯から、パレスチナ人の反イスラエル感情は非常に強く、正規軍による正攻法が効かない事を思い知った周辺国はイスラム系原理主義組織などに武器等の物資、金銭的な支援を行い、テロ行為が頻繁に行われるようになる。

パレスチナ自治区として、一定の自治を確保しているが、自治政府が十分機能せず、イスラム過激派が社会インフラを担っている現実がある。

国際社会としては、イスラエルとパレスチナの間の和平を実現させる為、長きに渡り様々な交渉を行って来たが、何方の陣営にも強硬派がいる。
和平実現に尽力した指導者が暗殺されるなど、強引な和平実現はより悪い結果に繋がってしまう。
そして、断続的に行われるテロ行為と、それへの報復が繰り返され、双方が和平への期待を持てない状況が続いている。

今回、事件を起こしたハマスは、イスラエルのエジプト国境に近い地中海沿岸部の細長い地域、「ガザ地区」を拠点に活動するイスラム過激派だ。

ガザ地区の傍で行われた野外音楽フェスを攻撃対象とし、ただそこに集まっていただけの民間人が大量に殺害され、拉致・監禁された人も相当な規模に上ると見られる。

BSーTBS「報道1930」における重信メイ起用

イスラエルとパレスチナのイスラム組織ハマスの武力衝突を取り上げた番組内で、重信さんは「中東やパレスチナ問題を長年取材しているジャーナリスト」という紹介で出演。
「例えて言うと、日本の学校で毎日のようにいじめられていた子が初めてやり返したら、それに焦点が当たったような状況」「ウクライナが抵抗してもおかしくないという世論なのに、なぜかパレスチナの問題は『抵抗』ではなく『テロ』になるのは問題」などと語った。
※太字は時間泥棒による

上掲ヤフーニュース・中日スポーツ10月12日付記事から引用

重信メイ氏の肩書きとして番組で出されたテロップには、

レバノン・ベイルート生まれ 中東問題を長年研究
カリフォルニア大学リバーサイド校客員研究員

10月11日放送「報道1930」の番組テロップより

これが、「専門家として妥当な人選なのか?」の観点で議論を呼ぶ事になった。

重信メイ氏の出自

彼女は重信房子氏の娘だ。

重信房子氏とは?

重信房子(しげのぶふさこ)氏は、日本赤軍の元最高幹部だ。

パレスチナ解放人民戦線(PFLP)は1972年5月30日、
 テルアビブ空港乱射事件
と言う大規模なテロ事件を引き起こす。
そこに「アラブ赤軍」を自称した日本人政治活動家3人もこれに参加。
その内の一人、奥平剛士(おくだいらつよし)氏は赤軍派メンバーであり、重信房子の戸籍上の夫である。
彼らは後に日本赤軍のメンバーとなる。

日本の新左翼(極左)は、左翼的思想、特に反帝国主義から来る反欧米列強、反米・反西欧に傾斜していて、その抵抗手段として暴力に訴える事を是認していた。
彼らの視点では、パレスチナ解放に共鳴するのは自然な事であり、反米国家、反米組織に協力し、世界同時革命の実現を夢見ていた。
彼らにとって、テルアビブ空港乱射事件は正義の戦いと言う事になる。

重信房子氏は、日本赤軍が起こしたオランダ・ハーグでのテロ事件、「ハーグ事件」で武器調達を行ったとの罪で懲役20年の判決を受けたが、2022年5月に刑期満了で出所している。
(彼女自身は武器調達について否定し、PFLPが関与していたとの主張)

出所後は、言論などで活動を行っていて、10月15日にも左派系のイベント
 第17回反戦・反貧困・反差別共同行動in京都 変えよう!日本と世界
に出席する予定だ。
ちなみに、このイベントの他の出演者には、TBSの執行役員である金平茂紀氏もいる。
金平氏は長年、TBS土曜日夕方の報道番組、「報道特集」のレギュラー出演していた人物だ。

重信房子氏の出所に際して、金平氏とサンデーモーニング等でテレビ出演の多いジャーナリスト・青木理氏が並んで”出待ち”を行った。
他にも多くの支援者らが集まり、娘のメイ氏は大きな花束を渡して出所を祝った。

重信メイ氏の経歴

1973年生まれ。
父親は房子氏の戸籍上の夫である奥平氏ではなく、パレスチナ人でPFLP指導者だった人物だと中東メディア・アルジャジーラが報じている。
但し、非公然活動家であった事から名前の公表を避け、既に亡くなっているものの、今でも誰だったのかは明かしていない。

レバノン、ベイルート・アメリカン大学を1997年に卒業。
その後、同大学院にて国際政治学を、レバノン大学でジャーナリズムを学んだ。

母親の活動拠点であった中東で育ち、出生に関する手続きを行っていなかった事から長らく無国籍状態にあったが、2001年に日本国籍を取得し、同年に初めて日本に入国した。
その後、同志社大学大学院社会学研究科メディア学(博士課程)を修了し、メディア学の博士号を取得している。

2005~2006年、AFP通信社のインターネット配信番組でキャスターを務め、CSのテレ朝チャンネル「ニュースの深層」でサブキャスターを4年務める。

彼女自身はパレスチナ問題について平和的解決論者のようだ。
だが、母親に関しては擁護する立場を取っていて、極左テロリスト集団のトップだった事について否定的な見解を述べてはいないようだ。

「報道1930」起用に対する批判

先ず、この番組が放送された時点では、パレスチナのイスラム過激派・ハマスのイスラエル国民、外国人観光客を含む一般市民に対し、一方的な銃撃で襲い掛かり、大量の死者を発生させ、更に数多くの人質がガザ地区へと誘拐された状況だった。

一般市民を攻撃対象とする行為は、戦争中であってすら国際法では許されない。
実際、ロシアがウクライナにおいて行った市民への無差別的な攻撃は、特に人権を重視する民主主義国家から非難の対象となっている。

戦時でもない環境、つまりそれだけ被害者となった人達にとっては、自衛する手段も無い状況で、無残にも命を奪われ、また人間の尊厳を奪われるような過酷な人質生活を強いられている。
ロシアと同等か、それ以上の強烈な非難を受けて当然の蛮行だ。

そのような中にあって、
 「中東問題に詳しい専門家」
の肩書きで、
 日本赤軍トップだった重信房子の娘
を起用した事への是非が問われていると言う事だ。

重信房子は直接の実行犯ではなくとも、イスラエルで発生したテルアビブ空港銃乱射事件と深い関わりがある人物だ。
その娘が、専門家の肩書きでパレスチナ擁護の解説を語ったのだから、「人選の妥当性」で疑問の声が挙がるのは必然だろう。

ギラッド・コーヘン駐日イスラエル大使 怒りの記者会見

ギラッド・コーヘン駐日イスラエル大使は、「報道1930」における重信メイ氏の起用について、強く非難した。

このリアクションは、当然だと思う。
事件に関する分析・論評の妥当性を大いに疑って当たり前だ。
報道の中立性への疑義が生じて当然の選択を、TBSは行ったのだ。

論点整理

ここから先が本題だ。
批判の声と同時に、重信メイ氏の起用に関する擁護の声もある。
何が問題で、何が問題ではないのか?
批判すべきポイントと批判すべきではないポイントについて、語って行きたい。

「言論の自由」と「報道の公平性」

基本的に、誰が何を主張しても構わない。
公共の福祉に反しない限り、基本的人権にある「言論の自由」は保障されるべきだ。

だが、ここで一つ、今回の騒動で見逃せないポイントがある。
それは、「報道1930」がテレビ放送だと言う事実だ。

テレビ放送は、国民共有の限りある資源である”電波”を放送免許事業者が独占的に使用する権利を得ている関係上、その放送において守るべき規則が定められている。
放送法4条だ。

1 公安及び善良な風俗を害しないこと。
2 政治的に公平であること。
3 報道は事実をまげないですること。
4 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

放送法4条より引用

パレスチナ側からの視点を解説する事を全て否定すると、それはそれで報道の公平性の観点で問題となるだろう。
なので、イスラエルと言う国家へ抱くパレスチナ人の気持ち、パレスチナ自治区におけるイスラム過激派を許容し、賛同する空気がどのように醸成されて来たのかについて解説する事も、報道の仕事だろうと思う。

だが、そこで
 かつてイスラエルで重大なテロ事件を起こした組織のトップの娘
を起用する事は、その情報の妥当性に関して大きな疑念を生む事になるだろう。

何より問題なのは、
 「報道1930」では、重信メイ氏の母親が重信房子である事
 イスラエルで重大なテロ事件を起こした組織のトップの娘

と言う情報について、全く触れていない事だ。
重信房子、メイ親子について何も知らない視聴者ならば、中立的で客観的な立場からの解説を期待する事だろう。

娘だからと言って、母親とは別人格だ。
母親の業を背負わす事、連座的に罪を償わせようとする行為に妥当性は無い。
だが、重信房子氏はかつて日本赤軍トップとして活動した自身の過去を悔いている訳でもなく、娘のメイ氏も母親のその姿勢を許容し、言論的にはパレスチナ擁護の立場を取り続けている。

こう言った人物に対し、
 「中東問題に詳しい専門家」
と言う色の付いていない肩書きを乗せて語らせる行為が許されるのか?
視聴者がこの事件の背景について、
 「この専門家の言う通り、パレスチナ側にも相応の理由があるんだな」
と解した時、これは報道による印象操作、結論への誘導となるのではないか?

そして、この事件の当事者であるイスラエルの立場として、
 重信房子と言うテロリストの娘、メイのコメンテーター起用
は、「自分達を悪く印象付ける場を番組として用意した」と解釈されて当然だろう。
当事者の立場として、「公平性が期待できない人物」の起用に関して異を唱え、声を上げるのは彼らの権利だ。

そもそも、テレビ放送はその性質上、「報道の中立性」を高く求められる場なのだ。
純粋な「言論の自由」の問題とは異なる観点で、情報発信する人物を選ぶ責任がテレビ局側に発生する。
その責任を果たさんとする意思がきちんとあったのか?
個人的には非常に怪しいと思う。

テレビ放送に関して、番組の編集権はあくまでテレビ局側の権利だ。
他者が安易に立ち入り、そこに介入する事があってはならない。
「報道の自由」を担保する為だ。
一方で、「権利」の行使には「義務」が伴う。
それが、「報道の公平性」の担保だ。
逆に言えば、「報道の公平性」が担保出来ていないように見える状況に対し、テレビ局側へ抗議する行為は、「報道の自由」への侵害に当たらない
つまり、イスラエル大使の抗議は、至って真っ当な行為なのだ。

今回、TBSとしては、このような観点での疑問に対し、真正面から
 「編集権の範疇の話であって、全く問題無かった」
と言い切るつもりなのだろうか?
正直、こんな風に大問題となるとまでは予想してなかったのではないか。
重信房子氏出所に際し、支援者と共に出待ちをし、彼女が今世界をどのように見ているかを有難そうに聞き、その様子を報道してしまうのが今のテレビ局だ。
局内でこれが本当にテレビ放送すべき重要な情報なのか?をまともに精査出来ているようには見えない。
新左翼のテロリストですら称揚したがる空気が、TBS内にあるのではないかと私は疑っている。
そして、その空気が、凄惨な一般市民大虐殺と大量誘拐と言う現実の大事件を前にして、イスラエルでテロリズムを起こし、一貫してイスラエル批判を繰り返す母を持ち、自身もイスラエル批判を常日頃行っている人物をコメンテーターとして起用する不用意さを生んだのだと見る。

また、イスラエル大使は別に「重信メイから言論の自由を奪え」だなんて要求を行っている訳では無い。
テレビ番組のコメンテーターとしての起用に対し、不満がある事を示しているに過ぎない。

彼女が彼女の見解を発表する機会、場面はテレビ以外に幾らでも存在するだろう。
あくまでテレビ放送には「報道の公平性」が強く求められる関係上、その個人的経歴、出自と絡んで疑義が生じると言うだけで、彼女が番組中に語った内容を「報道の公平性」が法で縛られない場で幾らしようが、それこそ完全に「言論の自由」の範疇にある。
論評の妥当性に関して賛否の声はあるだろうが、「発言してはならぬ」と言い出すのは人権意識が希薄な特殊な人しかいないだろう。
また、そこでメイ氏の言論封殺を試みるような事を言う人がいた場合、私はその人の方を強く非難する。
「言論の自由を守る」とはこういう姿勢を取る事に他ならない。

改めてまとめると、このようになるだろうか。
 「重信メイ氏がパレスチナ擁護の立場を取る事自体は、彼女の自由」
 「母房子氏の存在によって、メイ氏の『言論の自由』が侵されるとすれば、それは大問題」
 「メイ氏の経歴・出自を理由に、彼女が公平なコメンテーター足り得るのか疑う声が上がるのは無理からぬ事」
 「TBSがメイ氏の経歴・出自に関して全く触れずに『中東問題の専門家』として出演させた事は、『報道の公平性』を期待する視聴者への背信行為と評されても仕方ない」
 「『報道の公平性』が担保出来ているか?の観点からテレビ報道に声を上げる事は正当な行為」

まとめ

批判する側も擁護する側も、自分の主張を補強するような話に寄って行きやすく、ネット上の言論でも論点のすれ違いが起こっているように見える。

「他人の悪意」を認定する事には慎重になるべきだ。
分からない部分は分からないものとして、推測が混じる部分はあくまで推測だがと明言し、過度に他者批判を行わない事を心掛けるべきだと思う。

そして、意見が異なる相手に対し、自身の考えで折伏しようなどとは考えず、
 「なるほど、貴方はそういう風に考えるのですね」
 「私は賛同しませんが、貴方がそう思う事は尊重します」
と一歩引く事が肝要だ。

世界中の人間があらゆる問題で自分と同じ考えになったとしたら、そっちの方こそ気持ちが悪いだろう。
異なる考えを聞く事は、自身の見聞を広めるチャンスだ。
賛同出来ないからと言って斬り捨てるのではなく、相手がどのように考え、その結論に至ったのかを知る事は、他の問題について考える際に役立つはずだ。
意見の異なる人と出会えたならば、それは寧ろ喜ばしい事なのだ。

特に、今回のように、他人の権利、人権、差別と絡む部分があると、何を重視するのかによって多種多様な意見が表明される。
そして、多くの人は自身が出した結論に合致する筋書き、解釈に引き寄せられ、賛成派、反対派で大きく二つに陣営が分かれ、相互理解が阻まれる事になりやすい。

相手が「何を言っているのか」と同時に「何を言ってはいないのか」を正しく把握出来なければ、生産的な議論など出来ない。
自分とは意見の異なる陣営に対し、「何を言ってはいないのか」の視点を持つ事が相手陣営の主張の理解も深まるし、そこを端緒として自分自身の考えを深める事にも繋がる。

今回の件のように複雑な話ほど、自分の考えを整理し、深めるチャンスだと捉え、冷静に、他者を尊重しながら自身の考えを披露し、議論するのが良いと思う。
それはそれとして、TBSは自制・自省しろ。
以上。

<了>

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