【怪談】自死の教室
これはA県にある小学校に務める縁沼先生という方から聞いた話。
その小学校も他の小学校の例にもれず、少子高齢化の波により、児童数が激減していた。
といっても、昔からそこまで住民の多くない地域にあったその小学校はクラスの人数は変われど、学級数に変動はなく、そのため、余っている教室が目立つ、などということもなかった。
ただ、昨年度は少し事情が違った。
1年生の児童数が多かったのだ。
小学校では大体、9月から11月には次の年に入学する児童の数を確認し始めるのだが、次の年に入学する児童の数が明らかに多かった。
例年なら30人前後のところ、その年の報告数は80人弱。
児童数が増えた原因は明らかだった。
学校の建つ地区にある団地が大規模な改修を行った結果、入居者が増えたのだ。
それ自体は喜ばしいことだった。
しかし、先にも書いたように、この小学校には教室が足りなかった。しかし、幸いなことに1教室だけ開けることができそうな教室があった。
それは現在『生活科倉庫』という名目になってはいるが、その実、捨てるに捨てられない机や荷物が乱雑に置かれた場所になっていた。
クラス数が増えるにしても、変わらないにしても片付けるいい機会だろう、ということで冬休みを利用して教員たちで大掃除を行うことになった。
そんな折である。
学校に一本の電話が入った。
その電話は隣の学区にある地区の地区会長だった。
電話をとったのが縁沼先生だったのだが、こちらの受け答えも程々に「あの教室を片付けるのはやめろ」とかなり興奮気味な様子で言ってきた。
なぜ知っているのかとか、不躾に何を言っているのかという疑問はあったが、とりあえずその場は教頭に対応を変わって事なきを得た。
だが、その日から同じような電話が増えた。
しかも、縁沼先生の務める学校は他の学区に囲まれる形で存在していたのだが、他の学区すべてから同じ電話があった。
流石に職員室では、そのことについて気味悪がる雰囲気が強くなったが、管理職、そしてなぜか教育委員からも「気にする必要はない」という判断が降りてきた。
そして冬休みに入り、片付け当日。
嫌な気持ちになりつつも、片付けは粛々と進んでいった。
そして……片付けは滞りなく終わった。
最後のゴミをまとめたゴミ袋を運び終わり、疲れ切った体で教室に座り込む職員たちであったが、事前にあれだけ怖がっていたことがおかしく感じるほど、あっさりと終わった。
当然、あの電話は何だったのだろうという話になったが、真相がわかるはずもなく、その日は終わっていった。
そして三学期に入ったある日、縁沼さんがいつものように出勤のために道を歩いていると、ある家の前に鯨幕がかかっているのをみた。
それは、あの日電話してきた地区会長の家だった。
朝も早い時間だというのに、家の前には何人も人が並び、妙な雰囲気ではあったが、縁沼さんはその前を通り過ぎ、学校に向かった。
学校についてそのことを同僚に話すと、同僚の彼女も同じような葬式を別の学区で見たという。
それからだった。
やけに葬式を見る機会が増えた。
そしてそれは毎回、自分たちの学校がある学区の外だった。
数を数えたことは流石になかったが、思い出しても、1週間に1回は葬式を見た記憶があった。
それと、これは噂程度ではあるのだが……死んだ人たちは皆、自殺だったというのだ。
ーー春
入学式が無事終わり新1年生たちが可愛らしい笑顔で教室に入っていく。
当初の入学人数よりも、大幅に数は減り、入学者は1クラスに収まる人数だった。
そしてそれが決まると同時に、校長からの命令によってあの教室はまた物置に戻された。
1度別のところに移した荷物をまた運び直し、また、空いた隙間にはどこからか持ち込んだダンボールが入れられた。
縁沼さんはそのダンボールを持った時、中身がまるで、いや、確実に空だった、という。
それから、隣の学区で異常な数の葬式を見ることはなくなった。
因果関係はわからない。
しかし、あそこは開けてはならない教室なのだろう、と縁沼さんは語った。
さて、余談ではあるが。
件のクラス数が増える可能性をあげた団地だが、この団地、実は本来の学区を跨いで建てられている。
ただ、建物の真ん中で学区を切る、というのも妙な話のため、団地だけが少し出る形でこの学区になっている。
そして、入学者が減った原因だが。
入居者家族にご不幸が相次ぎ、引っ越してくるはずだった児童たちもぐっと減ったのだ。
多分、自殺でしょうね、と、縁沼さんは暗い表情で語った。
この話を聞いた時、私は2つ気になることがあった。
まずは昔から住民が少ない、ということ。
他の学区に囲まれているような学区で、住民が少ない、ということがあるのだろうか。
もう一つ、教育委員会や校長は、おそらく何かを知っている。そのうえで、なぜ、片付けることを即断したのだろうか。
なにかあるのならば、プレハブなどで増築するという手もある。
もちろん、予算などの関係もあるだろうが……。
そんな、なにか嫌な気持ちにさせる話であった。