禍話リライト「蛾はいない」
つきつめなきゃよかった、って話なんですけどね。
例えるなら、つきつめなければ「指先をちょっと切っちゃった」くらいの小事だったのに、つきめちゃったから「腕がおかしくなっちゃった」くらいの大事になっちゃったって話なんですけどね。
蛾の話なんですよ。
始めは本当になんていうこともない話なんですよ。
話を持ってきたのはA君男性なんですけどね。
昔、高校生くらいの時に、ちょっとヤンチャしてたんですよ、ピアスとかしたり。校則に逆らっちゃうよ!
って感じで。
夏休みならいいだろう!ってやってたんだけど、夏休み終わってもしばらくは跡残っちゃうんですよね、知らなくて怒られて大爆笑とか。
タバコ吸ってむせて、なんだこれ!と頑張ったけど、結局「二度と吸わねぇ!」とか。
髪を染めるんだけどバレないようにってぐらいとか。
夏休みにね、たむろってたところで知り合った連中と話をしてて、なんでだか、肝試しに行こうってなったんですよ、なんかの話の流れだったんだろうな、車持ってる奴バイク乗ってる奴がいて、乗せてもらえることになって。
でもしょぼい町だから、なんか怖い話があるって場所もなくて、ダムがあって「あそこなら電気がなくて暗いから、ダムだ、ダム行こう!」ってなってね。
そのダムの歩けるところ、、灯りがなくて、持ってきた懐中電灯だけで、月明かりはあったかな、ちょっと覚えてないけど、
そこ、なんも怖い話はないんですよ、みんなでバーッと行って、昼は来る人いるんでしょうね、トイレがあるんですよ。ぼっとん便所だけど、あるってことは使ってる人いるんでしょうね。ただ歩き回るだけじゃ収まりがつかないから、そのトイレまで行ったら引っ返そうって。
なんもないんですよ、誰もいないのに声が聞こえたとか、事故があったとか、白いものを見たとか、なんもないんです。
数人ずつまとまってあちこち見てて、トイレに集まりますわな、
トイレまで歩いて行って、電気のスイッチがあったから触ったら電気点くんですよ。真っ暗な中で電気が点いたから虫が寄ってくるんだけど、そのとき一人の女の子が
「わー、私、蛾が駄目なの!」っていいだしたんだよ。
誰が連れて来たのか知らない、フード付きのパーカー着てる女の子。
虫は寄ってくるんだけど、小っさい虫ばっかで蛾は別にいなかったんだよ、それでもその子が
「蛾がいる。蛾がいる」って言いだして、みんな(何言ってんだ?)ですよ。
知ってる奴が言ってるんなら
「お前、何言ってんだよ」って言うんだろうけど、たまり場でその日会った連中が流れで来てて、誰も言ってくれる奴いないのか?って。
別に暴れるわけでもないし喧嘩ふっかけてくるわけでもないからそんなのがいても全然構わないんだけど、そんな子から「蛾がいる!私苦手なの!」って言われても、
(お、おぅ…)ってなもんで誰も何もいわない、目をちょっと丸くして見て、目をそらして
「じゃ、戻ろうか」って。そんくらいよ。
戻る道でも
「私、鱗粉駄目なのよ。羽根の目みたいな模様もぞーっとしちゃって」って細かいこと言ってて、近くにいる連中も適当にあしらっていて。
「おっきかったねー、掌くらいあったな!」
聞きながら、まぁ田舎ならそんな大きい蛾は普通にいるだろうし、そのときにトラウマにでもなったのかなって思って。
ずっと言ってるのを聞いて、何か違うものを蛾に間違えたのか?蛾じゃなく何か〝ガ〟というもので誰も知らない何かがあったのか?なんて思いながら歩いててね、
とにかく蛾はいなかったのよ。
でみんなで帰って、何があったわけじゃなく、その後その子とも会わなくて、変なことがあったなあってそれで終わりよ。
夏休みが終わってね、俺のダチでカメラを持ってった奴がそのときの写真を現像して持ってきたのよ。当時ケータイなんてなかったから、コンビニでも買える使い捨てカメラで、ぱちぱち写してたんだよ。フラッシュ付きだから、ちょっと高かったんだろうな。
そんなカメラでもそいつの腕前がよかったのか、結構ちゃんと写ってたのよ。相手が動いちゃってぶれてるとか、真っ暗ってのがなくて、ちゃんと写ってるの。
だからみんなで「すげぇ!」って言って写真見てたんだけど、その子が一枚も写ってないの。
パーカー着て、別にキレイでもブスでもなくて、蛾のこと抜きにしてもみんな覚えてるんだけど、写真に写ってないんだよ。
そういえば、避けていたような気はしたなと。
後ろ姿とか、一部分なんかは写ってるんだけど、そんなの写っているうちには入らないでしょ。
蛾がいるって何度も言ってて、ヘンな子だったね。不思議ちゃんアピールだったのかね。
「蛾なんていないよ!」って言ってたら、なんていったんだろうね。
わっはっは。
それで終わったんだよ。
その後にね、普通に生活してたら、たまに「なんか怖い話ない?」って聞かれることがあったんだけど、俺、何もないんだよ。
ないんだけど、怖い話じゃなく不思議な話ならあるって、この子の話をしたこんだよ。
話して、まぁ盛るよ、というか正確になんて話せないよ。昔の話だし、その子いないし、一緒に行った奴も誰もいないし、俺だって全部全部を詳しく覚えているわけじゃない、オーバーに言ったり省略したり、聞かれたら筋が通るように説明したり。
でも
「蛾なんかいないんだよ、気持ち悪かったな」、これは変わらないし変えようがない、本当のことだよ。
嘘じゃない、本当の事を中心にしてるから、聞く方だって納得してくれるよな。真実味があるというか。知らない女の子の言うことに説明も付けられないから、本当に不思議な話だし。
みんな
「不思議だね」って言ってくれるんだよ。
すげぇ怖くはないけど、実話ってのはオチもないし理由も解らない、こんな感じのものなのかもしれないよな、で終われるから、それからも「怖い話ないか」って言われたら、この話をするようにしたのさ。
で何年も経ってさ、結婚したんだわ。嫁の家族に会って挨拶して、結婚許してもらって、家族づきあいが始まって嫁の実家に行ってメシ食うこともあるわな。
嫁に弟さんがいるんだけど、そんとき弟さん大学生で。
嫁の実家でくつろいでいると、話の流れで怖い話になって、この話をしたんだよ。
もう鉄板話だよ、始めて聞く人限定だけど。
そしたらな、弟さんがな、
「え?」って言って、もう一回「え?」って強めに言ってな、いや、そんなの怖い話じゃないじゃん、そんなに驚く?ってこっちが驚くじゃん、
「え?その子って、こういう子ですか?」って言ってくるんだよ、スマホ持ってきて写真出して見せてくるんだけど、撮れてないんだよ。
後ろ姿なんだけど、フードの付いたパーカー着てて、
「え?…え?!なにこれ!ちょっ、ちょっ、ちょっ」てなもんよ。
「え?なにこれ!」って聞いたら
「…これ、ちょっと前に、仲間内で心霊スポットに行こうって話になって、トンネルに行ったとき写したやつでさ、やっぱり友達の友達みたい連中のゆるい集まりで、その子が、俺は直では言われてないけど、面倒見がいい人好きのする女の子にずっと蛾がいる蛾がいるって言うんですよ、でも蛾なんていなくて、みんな適当に話を合わせだんですよ、全部終わって解散した後、残った者で「あの子、誰?」って言っても誰も知らないの。誰の友達で、誰と一緒に来たのか、誰も解らなくて、みんな自分がスマホで写した写真見ても、誰のスマホにも写ってないんです。
そういえば避けられたのかもしれない。
唯一撮れたのが、ちょっとぶれてるけどこの写真なんです。この後ろ姿だけなんです。義兄さんの話って、いつですか?」
いやもうびっくりだよ。俺の話はもう十年以上昔じゃん、同じ女の子のはずはないんだよ。
でもこのパーカーとか、雰囲気とかは、あのときの子と同じに思えるんだよな。
弟さんも声小っちゃくなっちゃって
「義兄さんが言ったように、蛾が蛾が掌くらいの蛾がってずっと言ってて、白いおっきい蛾がトンネルの壁にいて怖いって言うんだけど、
蛾、いないんですよ…」
いやね、常識的に考えて、世の不思議ちゃんアピールの手段として、蛾がポピュラーなのかも知れないよ?俺の全然知らない世界だし。
でもさ、この話、深く追求したくないじゃん?
突き詰めたくないじゃん?
突き詰めて、違ったらいいよ?完全に違う人だったら。
でもさ、何割かの確率で、そうじゃ、ないかってことになったらちょっと、ちょっと、ちょっと、キツいと。
キツいんで、この話はもう止めようと。
これ以上は追求しないんですよ、この話。
世の中には「不思議だな -完-」って話ばかりじゃないのかも知れませんね。
追求、やろうと思えばできなくもないかも知れないんですよ、話をしてくれたAさん、結婚したのは遠く離れたところに住んでる/実家がある人と結婚したのではなく、まぁ近いところに住んでるんでしょう、その弟さんが、自分の行動範囲で会った女の子なわけですから、まったく住んでる区域が違うとも言い切れない。
だからお互い詳細を出し合えば解ることがある可能性もでてくると思うんですよ。
…でも、もうこれ以上は考えたくないそうです。
で私(吉野貴博)がこの話で考えてしまうのが
「メモとして。」
https://note.com/tiltintinontun/n/nd436467dfee6
なわけです。
Twicast版「禍話X 第十八夜」の19:20あたりから
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/668382280
YouTube単話版
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?