ドアには鍵が掛かっている:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

 この話は完全なフィクションです。「この話を持ってきたAくん」は実在しません、全て私、吉野貴博が考えた創作です。
 ただしこの話の要素になっていることは、実際にあったことです。

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、トイレに行ったら決定的瞬間を見逃してしまい、何があったのかが解らなくて一生気に病むんじゃないかと思うんですよ。

 話を持ってきたのはAくん男性で、ショッキング動画収集をやってるんです。それもインターネット草創期前からビデオソフトを買ったり(当時ビデオソフトは高額だったんです、金持ち!)テレビで特集があると録画したりと古参で(ビデオの生テープも高かった!)、今では昔ほどの情熱も無くなってきているんですって。
 そんなAくんの大学生時代の話だっていうんですけどね、
 そんなAくんですから映画一般にも知識はあって、ホラー映画繋がりで、心霊スポット巡り&山登りをやっているBくんとCくんと知り合って友達になったんですが、このBくんCくんは一卵性双生児で仲が良くて、遠出するときは二人一緒なんですって。
 伝説で「あそこには行くな、妖怪がでる」というところに行ったり、「あの崖で足を滑らせた人が」という話を聞いたら崖まで行ってみたりしているんだそうです。
 Aくんが
「山だけ?海は?」と聞いたら
「海は洒落にならん」と行かないんだそうです。
 そのBくんCくんがある日
「面白いものを見つけた。お前が好きそうな物だ。持っていくけどいつが空いてる?」と連絡してきて、○日なら空いていると返事してその日になりました。

 やぁやぁやぁとやって来て、部屋に入ってどさどさと荷物を出しましてね、土産だと行った土地の栗饅頭をよこすんですけど、ちらっと見ると賞味期限がそうとう超えてるんですよ、(おいおい何考えてんだよ)とは思うのですが、コーヒー淹れて二人に出すと持ってきた栗饅頭をむしゃむしゃ食べて、あっという間に三分の二を自分たちで食べちゃったんですよ、
(だったら、まあいいか)
 火も入ってるお菓子だし見た目カビも生えてないからゆっくりと口に入れまして。

 地方の山に行って、駅前で食事をしがてら噂になっていた廃墟の情報を確かめて、車で行けるところまでは特に何もなくてあっさりと過ぎまして、
 車を降りて廃墟までの数十分と、廃墟の外観と、中に入ってから少しのことを話されまして
「でこれだよ」
 一枚のDVD-Rを出されました。
 白い盤面におそらくは年月日であろう数字が書かれているんですが、年月日だったとしたら二人が行った日付ではありません、何年も前の日付です。
「……これ、お前達の撮った記録映像?」
「違う違う、その廃墟にあったDVDだよ」
 いやいやいや、廃墟までの道のりと廃墟の説明にそこまで時間をかけて言っていたら、普通はこれがそれじゃないかと思うだろ、というのと、
「持ってきちゃったのかよ!」
 大声を出すAくんに
「それがさ、たくさんあったんだよ」
「書かれている数字は全部違ったけどな」
「……あ、そうなの……」
「さすがに全部持ってくるのはどうかと思ったし、何が入っているか解らないからとりあえず一枚だけ」
「中を見て面白かったらまた来ようと思って」
 ほーん。
「でお前もこういうの好きだったよなと持ってきた」
「中は見たのか」
「ああ、全部見たよ」
てなやりとりがありまして、(へぇ)と思って受け取ります。
 で、Aくんなんですが、DVDプレーヤーで再生しようとは思わなかったんですって、
 日本では昭和のころからビデオデッキビデオテープが普及して映像ソフトは8ミリフイルムからビデオに移りましたが、アジアではビデオテープが普及する頃にビデオCDというものが開発されましてね、CD一枚に映画が一本入りまして、そっちが普及したんですよ、海外旅行で面白そうなビデオCDを買ったAくん、それをプレーヤーで再生しようとしたら中からガガガって変な音がして、読み取りレンズが壊れそうになったことがあるんですって。リージョンコード、国によって再生される映像規格が違うのが原因かもしれないんですが、外国のCD、円盤って製造の精度が荒くて日本の機械を壊してしまうんじゃないかって懸念を持ったAくん、二人が持ってきたDVD-Rがどこの国で作られたものか解らないので、パソコンの外付けDVDドライブで再生しようとパソコンを立ち上げまして、インサート方式ではない、ボタンを押したらパカッと蓋が開くタイプの外付けDVDドライブにセットしました。これなら壊れてもプレーヤーほど高価じゃないわけで。
 パソコンをモニターからテレビにケーブルを移してウイルスチェックを行って。
 セットして出たアイコンをダブルクリックすると再生が始まるのですが、

 立派なドアの上側が映る。
 カメラがドア上部からノブを向いて、右手がそのドアを開けようとノブを廻すのですが鍵が掛かっていて開かない。
 ガッと開かない音がして、撮影者は隣の部屋前まで歩いて、その部屋のドアを撮してドアノブにレンズを向けて、左手で開けようとして鍵が掛かっていて開かない、
 ガッと音がして、撮影者は隣の部屋前まで歩いて、とその繰り返しです。

(なんだこれ)と思って二人を見ると、二人とも真剣に見ています。
(なんだこれ)と思って画面をみて、よく見てみると。
 再生時間が全部で八時間になってるんですよ!
「おい!八時間ってなんなんだよ!」
 Aくん思わず怒鳴りまして、シークバー、再生を早送り早戻しするところにカーソルを重ねるとその箇所の映像が小さく表示されるんですが、シークバーの上を右に、つまり終了側に滑らせると、ずっとそのシーンの繰り返しなんですね、違う内容もあることはあるんですが、それはそっち側の部屋を全部開けようとして終わって通路の反対側で同じ事をしているとか、その階が終わって上の階に行く階段をのぼっているとかそんなもので、部屋の中に入ったとか誰か/何かがいたってのは見当たらないんですよ、
「おい!なんなんだよ!これ!」
 二人に向かって怒鳴ると
「いや、ちゃんと順番に見ないと駄目なんだよ、順番に見ないと怖くないんだよ」
「でもお前、八時間ってなんなんだよ!」
「スタートが夜の十時だとして、十一、十二、一、二、三、四、五、六、朝の六時までかかるってことだろ?一晩中かかるんだよ」
「おまえなぁ!一晩中見てろってのかよ!」
「じゃあ、お前は三十分でいいよ、三十分でもじゅうぶん怖いから」
「お前ら、まさか八時間、全部見たの?」
「見たよ?」
「あ~~」
 言われて仕方がない、二人してものすごく真剣な表情でそんなこと言ってきますから、三十分だけ付き合うことにしましてね、
 見ていると、なるほど撮影者は全く同じ事の繰り返しをやっているわけじゃないことは解ってきました。
 ドアノブにかかる手は一定なんですけど、カメラワークが毎回微妙に違って、ドアに近づくとき離れるときで緩急を付けたり、横に向けるときもゆっくり動かしたりスッと動かしたりと一部屋で完結しているわけではなく数部屋でワンセットの演出は考えているのか、と解ってはくるのですが、単調なのは変わりません、数部屋ワンセットだけ集中して見ていれば「何か起こりそうな気がする、でも何も起こらない」と緊張と緩和は感じるのですが、それだけです。
(しかしこれで八時間って、よっぽど大きいホテル?それとも何周もするのかな)
 なんて考えているうちに
(ああそうか、これは環境映像で、流しっぱなしにして仕事をして、仕事が一段落ついたら映像を見るとか、そんな感じなのか)
 と思うようになったんですが、BくんCくんはじぃっと食い入るように画面を見ている。
 Aくん完全に白けまして、早く三十分経たないかなと思うようになりましたら、グルグルとお腹の調子が悪くなったんですって。
 まさか栗饅頭のせいじゃないだろうな、と思いつつ
「すまん、ちょっとトイレ」と席を立ちまして、トイレにいってズボンを下ろしたところでものすごい悲鳴が起こりました。
 え?ここで映像なにか起こったの?
 とは思うのですが、ズボンを下ろして用を足そうって瞬間ですからトイレを出るわけにはいかない、悲鳴が何秒も続いて止まったと思ったらバンバンと何かを叩いて壊す音がして、また悲鳴が起きてトイレをドタドタ走る音がして、玄関を開けて外に飛び出していっちゃったんですって。
 え?何が起きたの?
 とは思うのですがAくんがトイレから出られたのはさらに一分二分経ってからで、部屋に戻ってみると二人ともいない、外付けDVDドライブの蓋が開いていてDVD-Rが砕かれている、二人の持ってきた荷物もそのままで、玄関に行くと二人の靴がない。
 え?何が起きたの?
 二人に電話してみるのですが二人とも出ず、別の友達に電話して二人が突然部屋を飛び出して、荷物もそのままにどこかに行ってしまった、事故に遭うかもしれないから力を貸してくれと言いますとそいつは了承して他の大勢に連絡を入れてくれると言ってくれて、Aくんは二人の住んでる部屋に行ってみます、が帰っていないようでどこに行ったか解らない、
 友達数名がAくん宅に合流して一緒に周辺を探してくれるのですが見つからず、交番にいってお巡りさん同席の元で荷物を開けてみるのですが特に情報もなく、荷物を落とし物というか忘れ物というかお巡りさんに預け、実家を調べてもらって連絡してもらう等々手続きをしまして、
 で話を持ってきてくれたときまで二人は行方不明なんだそうです。

「たしかに、私がシークバーにカーソルを滑らせたとき、真ん中あたりから終わりの方に動かしたんで、開始三十分間に何か恐ろしい映像があったのかは解らないんですけどね、それよりトイレに入ったら悲鳴が聞こえたって言ったじゃないですか、その悲鳴って一人分だったんですよ。Bのあげた悲鳴だかCの悲鳴だかは解りませんが、そのときもう一人は声を出していなかったんです。もちろん恐ろしくて声が出せなかったってことも考えられますが、それだったら動くこともできないんじゃないかなぁ…いや解りませんけどね、部屋を出て行く足音は二人分あったから、本当に何が何だか解らないんです」

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