団地のいたずら?
Bくんの通っていた大学には心霊スポット巡りをするサークルがあった。
本来はオカルトサークルではないのだが、大学から公認されて予算をもらうため、看板に掲げている活動はほどほどにやって、実質は怪異譚の情報収集に励み、休みが続くときに実際に行って情報が正しいか、情報の集め方や解釈が合っているかを確認して、別に怪異の実態を調べようとまではしなかったそうだ。
そんな集まりなので卒業した先輩たちもサークルの存続は一生懸命にならなくていいと言っていて、新入部員も限られ、十年もせずに消滅してしまったそうなのだが、そんな活動でも不思議な経験、納得できない体験はそれなりにあり、また「ここには絶対に行くな」と強く言い含められている地域もあるのだそうだ。
その中に一つ、経験者達が頭を抱えたケースがあり、怪異は怪異なのだが、いくら説明しても信じてもらえる自信がなく、自分たちで記録を抹消してしまった事があるのだという。
話は伝えられるだけは伝えられている。
とある団地なのだが、どこにあるのかはすぐ下の代にも教えられていない。
その団地に行っても住んでる人とは誰とも会えず、敷地や団地の中を歩いていると怖い体験をするという噂を耳にしたのだそうだ。
団地とは山ほどあるだろうがそのサークルの者にとって団地とは、交通機関はバスが主体であり、電車の駅近くにある団地は思い浮かばないという。
バスなり車なりバイクなり、道を進んだ先に存在するもので、そのときの一行もバスに乗って行ったのだが、最寄りのバス停で降りて二十分ほど歩き、団地が見えてきてさらに十分ほど歩くのだが、昼間なのにもうその時点で人が歩いているのを見ない。
いよいよ敷地に入っても誰もいない、窓に洗濯物が干されていたり子どもの遊び道具が壁に立てかけられていたりと生活感はあるのだが、誰もいない。
一行が団地に入っても誰も咎める人もおらず、録音録画の機材を動かしてあちこち歩き回る。
人がいない以外は普通の団地で、別に怖いこともないし、変な声や物音もしない。
屋上へ出る扉も鍵が掛かっておらず、そこから見える風景も録画する。
遠くに車が走っているのは見えるのだが、この団地周辺は車も人も動くものが何もない。
まぁ不思議な感覚を味わえるな、とそのまま帰ったのだが、翌日部室で記録物を改めてみると、昨夜各自が確認したときは何もおかしいことはなかったのに、映っているメンバーの顔がおかしいのだ。
みんな奇妙に笑っている。
それも普通に笑っているのではない、あきらかに極端に表情筋を動かして、変顔以上の不自然な笑い顔になっているのだ。
知らず知らずのうちにそんな顔をしていたとしても不自然な表情で、そもそも誰もそんなことはしていないし、そのときお互い視界に入った顔がそんなだったことはない。
確かにこれは怪異なのだが、顔のパーツがなくなっているとか、余計な目や口が付いているとか、顔が上下逆さになっているとかなら心霊写真だと周囲に見せられるのだが、ものすごくおかしい表情をしているのは他人に見せられる怪異にはならない、
そして記録として残しておきたいと思えるものでもないため、みんな惜しみつつも消去したのだそうだ。
そして後輩達に、どこにある団地なのかは教えないが、世の中にはこういう残念怪異もあるという話だけを伝えるようにと伝承させたのだという。
その話をBくんから聞いたAくんが、私にしてくれた話が、以下の話である。
AくんはBくんとは違う大学を卒業し、もう辞めているのだが、小さな店をいくつか運営している会社に就職したのだそうだ。
Aくんが配属された店は正社員が二人、パートさんが四人、アルバイトが六人の小さな店舗だった。
Aくんは満員電車が嫌いなので朝早い電車で店に行くのだが、店は駅を出てバスに乗って一時間近く掛かるところにあった。しかしバスのルートは曲がりくねっていて、まっすぐ歩けば同じくらいの時間がかかるのだが、歩いても行けるところにあった。ならばAくんは歩く人で、豪雨豪雪のときでなければ駅からは往復歩いて通勤をしていた。
その途中にあった団地を思い出したのだ。
Aくんが往復歩く途中に団地があり、通る早朝と夜遅くに誰ともすれ違わなかったのだ。
当時は(そんなものだろう)と思って気にとめなかったのだが、Bくんの話を聞いて(あー、似てるなぁ)と思い出した。
その団地がBくんの先輩が訪れた団地なのかは解らないし、店で働いていた人たちもその団地の話をしなかったので、たぶん違うだろうと思うのだが、雰囲気は同じだろうと。
で、行ってみようと。
当時を懐かしむ気もあるし、怖さはいらないけれど普通とは違う感覚を味わえるかもしれない、もうその店に行かなくなってずいぶん経つので街並みも変わっているかも知れない、暇だから行ってみよう。
行ってみて。
昼間に団地に着いたのだが、やはり誰もいない、会わない。
今まで歩いていた道にはそれなりに通行人も車もいたのに、団地に近づくにつれ誰にも会わなくなっていく。
団地も別に封鎖されておらず、人が住んでいる風景、洗濯物や布団が窓に干されていたり、子どもの遊び道具が壁にあったりしているのに、誰もいない。
中に入って階段を上り、各階の外廊下を見ても誰もいない、これで赤い服を着た女性がドアをノックしていたら怖いだろうなと思ってもそんなこともない。
最上階まで上り、屋上に出る扉も施錠されておらず開く。高いところから見える景色はなかなかのものだし、天気もいいので非常に気持ちがいい。
深呼吸しようと伸びをして顔を上げたら、さらに上にある給水塔の上で何かが動いたような気がした。
(え?)と見てみるのだが、角度があるので給水塔の真上が見えない。
(え?)としばらく見ているのだが、別に誰かが顔を出すこともなく、(気のせいか)と思ったとき、その給水塔の真下にあたる地面から、小さくドサッと音が聞こえた。
(なんだ?)と手すり越しに下を覗いてみると、人が倒れている。
(え?まさか給水塔の上から落ちたの?)とは思ったのだが、人のような物が倒れているだけで血が出ていない。
(人形か?)と思い、急ぐことはないだろうが気になることは気になるので下に降りてその場所に行ってみると、何もない。
気のせいにしてはおかしいな、と腑に落ちないのだが、
「あ!屋上から写真撮っておけばよかった!」と気がつき、後の祭りである。
もちろん写真に撮っても何も写っていないとか、写真に撮ることで怪異に見舞われる可能性もあるので撮らなくて良かったとは思うのだが、まぁ考えが及ばない、うかつなのは確かだ。
また屋上に行く気も起こらず、働いていた店のところまで歩いて行って、更地になっているのを見て、
(もうここは自分が来るべき所じゃないんだなぁ)と思って家に帰り、その後特に不思議なことも怖いこともなく過ごしているのだという。
「その団地ってさ、ひょっとしてさ、ながーい階段がある山がすぐ近くに、団地の隣ってほど近くにない?」
「え?いや、ありませんよ、普通に人が住んでいる、平たい土地です。なんですか?山って」
「いや、ないならいいんだ、私の考えすぎだ、気にしないで」
(最後の「団地の隣に山」が云々とは、禍話「落下の動画」の中の団地かな?という確認です。)