山奥の家を教えられた話:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話
Aくんが話を持って来ました。Aくんが大学生の夏休みの時の話なんだそうです。
夏休みになって山の中にある実家に帰って、高校時代の友人と飲んだんです。
山の中にある狭い村なんで小学生の頃からの友人で、BCDとしますけど、三人とも山を出ることなく、地元で役所に勤めたり家業を継いだりして、出て行ったAくんを歓迎してくれて。
久しぶりだなって挨拶から最近どうしてるとか近況報告の流れになって、恋人はできたのか結婚はどうすんだ親はどうしただの話が進めていきましたら、Bが思い出して
「そうそう、半年前だか、Eに会ってさ」って言い出した。
「E?懐かしいな」と。Eくんは中学生になったときに外に引っ越してった奴なんですけど、
「引っ越す前にさ、Eがさ、妙な家を見っけたって言ってたの、覚えてるか?」
「え?んなこと言ったっけ?」三人とも知らねーよ覚えてねーよ言ってまして、
「うん、俺も知らないんだけどさ、Eと会って、こうやって懐かしいなって少し話したんだけど、あいつあんま喋んなかったじゃん、懐かしいもなにもないんだけどさ、まぁ覚えてたからちょっと調子を合わせて話していたらさ、その妙な家のこと言い出すんだよ」
「あぁ」
「あのとき見っけた妙な家、まだある?って言われたんだけど、知らねーよとも言えなくて、うーん、なんだっけ、覚えてねーやって言ったらさ、簡単な地図書いてくれたんだよ。よく覚えてるなって感心しながら見てるとさ、道がこうなってこう曲がって二叉になってここら辺を藪に入ってってって、かなり具体的でさ、そんな話されたのなんて全然覚えてねーよって顔してたらさ、
あそっか、みんなに言う前に引っ越しちゃったんだっけって、知るかんなもんってもんなんだけどさ、地図書き終えて、あの家どうなっちゃったか、見てみてよって言うんだよ。いやここら辺に家なんてねーだろって。お前の言うとおりこっから藪になって林になって、道なんかなかったし、家を建てる建材だって持ってけないだろって言ったんだけど、あるんだって譲らないんだよ。何遍も見に行った、窓は磨りガラスになって中は見えないんだけど、古びていて、電気もガスもなくて、玄関のドアのところに小石を一列に並べて誰もドアを開けてないことを確認してたって言うんだよ」
「へぇ」
「にしても誰かの家なんだろ、いつもいる家じゃなくて、別荘みたいに特定の時期だけ来てるんじゃないの?っていうと、さっき俺が言った、建材をどうやって運ぶのかとか、それとなく大人たちに聞いたらそんなとこ家なんかない誰もいないって言われたって、結構念入りに調べたらしいんだよな。でヒマなときでいいから見てきてよっていって別れたんだけど、気がつきゃ連絡先聞いてねぇから、見に行ったってどうだったか言うこともできなくて、忙しかったのもあって、すっかり忘れてた」
Aくんが帰ってきて昔話に花が咲いたから思い出したってんですね。
三人がへーって聞いて、どうする行ってみる?って〝間〟ができたんですけど、そのときはもうビールとか飲んじゃってるから、肝試し感覚で行こうって車を出すわけにはいかない、Aくんは夏休みだからしばらく時間があるにしても三人は仕事があるから明日行こうってわけにもいかなくて、じゃ休みを申請して、時間を合わせて行ってみっかってことで落ち着きまして、翌日になって行く日と時間を決めました。
その日になりまして、お昼に集合して車に乗って行けるとこまで行ったんですけど、道路はともかく、Eくんが書いてくれた、道を外れたところは地元住民の四人も初めて歩くんで、いつ辿りつくかは自信がない。懐中電灯と、あと無線機を持っていったんですよ、そしたらやっぱりなかなか見つからなくて、四人で「どこだよー」ってわいわい探しているうちに夕方が近づいてきて、帰り大丈夫かよって笑っていて、ようやくその家を見つけたんです。
まじまじと見て、へー本当に古びた家だーって写真撮ったりして、家の周囲をぐるっと回ったんですが、やっぱり電線もなければガス管もない、プロパンガスだってないというか置いた形跡がない、Eくんの言うとおり磨りガラスで中は解らないし、開かないし。
当然玄関のドアも開かなくて、Eくんがセットしたという石も綺麗に一列に並んだままで、じゃもう帰ろうかって雰囲気になって、あとは親たちに任せるかって雰囲気になったんですが、Cくんが玄関ドアに跪いて、がしゃがしゃやり出したんですね。
ピッキングです。
Cくんも真剣に開けようというのではなく、念のためって道具は持って来たんだし、ちょっとやってみっかって軽い気持ちで試してみたんですが、それが開いちゃったんですよ。
開いちゃったことでCくんも驚いて、四人で顔を見合わせて、
「ちょっとだけ入ってみようか」。
表札もないし、来る前にちょっと調べた、一軒一軒の家まで描かれている地図にも載ってなかった家です、持ち主の名前が解るものを見たら、それで帰ろうって決めて、中に入ってみました。
「おじゃましまーす」って挨拶をして中に入ったんですが、当然電気なんてない。
まだ陽は落ちてはいないんで、磨りガラスから入ってくる光で部屋の様子は解ります。
部屋は三つあって、どこも膨大な数の本が積み上げられていた。それを見て四人とも驚いたんですが、三人は単純に「すげぇ数の本だな」って驚いたんですが、Aくんだけは違って、「もう売られてない本ばかりだ!」って驚いたんですって。
大衆小説、大人の社会派エンタメばかりで、推理小説で横溝正史や江戸川乱歩は有名で知ってる人多いでしょうけど、源氏鶏太とか和久俊三とか、本読む人なら知ってる確率が高いんですけど、昭和中期のそういうジャンルで今となっては絶版になっているのが多いんです。
三人が他の部屋を探検に行ってもAくんは本を抱えて降ろして山の後ろとか下にどんな本があるかを調べていたんですけど、Cくんの「おーい!」って呼ぶ声がしたんで、行ってみたんですって。
Cくん、トイレの前に立ってて、
「ちと見てみ」と懐中電灯の明かりを向ける。
見て、特に変なところもない、普通の洋式トイレなんですけどね、Cくん真剣な顔しているんです。
「おかしいだろ、これ」
「なにがおかしいんだよ」
「水が溜まってる」
「そりゃトイレには普通水が溜まっているもんだろ」
「あ、水は来てんのか」
「まぁ水はな、水道管地下だろうし、水道メーター無くても自分で水引いてんだろ」
と三人が言うと、
「あのな、よく考えろ、Eがこの家を見つけて、扉の前に石を並べて置いて、誰かが扉を開けたら石の列が乱れて解るようにしていたって言ってたろ、俺たちがさっき着いてドアの前を見たら、石はそのまま列を作ってた、ってことは、誰もこの家に入ってないって考えるのが普通だろ?」
「それがどうしたんだよ」
「Eがその仕掛けをして何年経ってると思ってんだよ、水は蒸発して無くなってないとおかしいだろ、酷暑が何回あったと思ってんだよ」
三人とも、シーンです。
ようやくDが
「じゃ誰かが来て使ってんだろ、水流してんだろ」
「石は?」
「へんなふうに置いてあるなー、誰かイタズラしたんだろーなーって、帰るとき元に戻してんだよ」
で四人して顔を合わせて
「帰ろう」。
まだなんとか陽が落ちてないんで、四人とも来たときに目印を付けてたんで、大急ぎで辿りながら車まで戻りました。
ちなみに玄関の鍵なんですが、ピッキングで扉は開けたけど閉めるのは面倒だしさっさと帰りたいしなので鍵は開けたままにして、親たちにこの家のことは言うんだけど鍵のことは黙っていよう、入ったことは言わなくて、家の持ち主が鍵をかけずに出て行ったと大人たちに思わせようとかいろいろ口裏を合わせまして、で村の男連中は主立った者全員総出でこの家に来て、なんだこの家は、と。
誰もこの家のことを知らないんです。
それでもまぁ、記録は存在していないにしろ、誰かの家だろうと。
みんなが見ている中、村の偉い人とお巡りさんが中に入ってざっと見て、本ばかりで危険な物は見当たらないから立ち入り禁止にして、誰も入らないように、特に子供には危険なことはないんだけど理由をきちんと説明して、中に入っちゃ駄目と言いつけるようにと決まって、謎は謎のまま置いておくことに決まりました。
本当に誰も解らない家なんです。
でAくん、大学近くのアパートに帰ってきたんですけどね、Aくん手癖が悪いところがあるというか、あまりにも懐かしい本に囲まれた誘惑からか、一冊文庫本持って来ちゃったんです。
まぁ今では本屋さんで売っていないって言っても、古本屋さんを探せば見つかるかもしれないって程度で、内容の古びた本なんですけど、でもAくんにとっては読書を始めた頃の、ちょっと背伸びをして読んでいた大人の小説で、さっと持って来ちゃったんですね。
アパートに戻って荷物を整理して、取り出して読んで、
「懐かしい-!」って。
さて、Aくんが住んでいるアパートは、築四十年を超える古い鉄筋作りのアパートでして、四階建ての三階に住んでます。壁に断熱材とか騒音を遮断する資材が入ってないんだか古いんだかで、外の暑さ寒さがダイレクトで室内に影響しますし、上の住人の足音もそれなりに響くんですが、神経を逆撫でるほどの騒音ではないため平和に暮らしています。
というかAくんが朝起きて大学に行っている間に上の階の人は活動を開始して足音を響かせますが、Aくんが夕方帰ってきたときに少し時間が重なり、夜になると上の人が外に出るのか静かになるんです。なのでAくんが休日とか大学の講義がなくて部屋にいるときは上の人の足音を聞くことになって、その程度なら気にしないでそれぐらいなんです。
でここからが問題になるんですけど、そういう古いアパートですから、上の部屋でトイレの水を流す音がAくんがトイレにいるときに丸聞こえなんです。もちろんAくんがトイレを流したら、二階の人に聞こえているんでしょうけど、二階の人もAくんの生活音がうるさいって言ってきたことはないから、全く意識せず暮らしているんです。でAくんも上の人がトイレを使って、それがうるさくて困るってこともなく過ごしているんですけど、
Aくんが実家から帰って何日かして、夜中に目が覚めてトイレに行って、トイレのドアを開けたら、上の階でジャーって流す音が聞こえてきまして、え?と。
え?いま何時だ?夜中の三時?え?上に人いるの?
今までも夜中に目が覚めてトイレに行くことは何度もありましたが、こんな時間にトイレを流す音なんて聞いたことがない。
今までは、深夜に目が覚めて、上の部屋でゴンゴンと音がするのはしょっちゅうなんですが、アパートは各階A号室B号室C号室の三部屋ある、ですからBかCの住人の音が響いているのかも知れないんですよ、足音とか作業音はどこから聞こえてくるのか微妙なんです、
それでも真上の人が、真夜中にトイレを流すことは一度もなかったってのが今までなんですが、今回は逆で、足音とか作業音は一切しないのにトイレを流す音だけがする。
誰かいるのかな?とは思うものの、まぁ、別にいちゃ駄目ってことはありませんし、足音がうるさくて眠れないってわけでもない、変だなぁと思いつつ、ふぅんて程度に収めて寝るしかない。
それが毎晩続くようになりまして、AくんはAくんで、体の生理現象がそういうローテーションになったようで、夜中の三時頃トイレに起きて、トイレのドアを開けたら上から水が流れる音がして、上の部屋でトイレのタンクに水が溜まる音がしているのを聞きながらAくんがトイレを出て寝る毎日になりました。
そんな毎日が続いたある日、突然なんですけれど、
いつものように深夜トイレに起きて、トイレのドアを開けたときに上で水を流す音がしたんですけど、その夜はいつまでたっても水の流れる音が止まらないんです。
タンク式水洗トイレを知らない人がいるかもしれませんので説明しますと、
レバーを廻すとタンクの栓をしていたゴムが持ち上がりまして、貯まっていた水の圧力で流れるんです、それでタンクの中の水がなくなると、持ち上がっていたゴム栓が閉まり、今度はタンクに水を貯める水道の音がするんです。でタンクに水が貯まりますと、今度は水を入れていた水道の栓が閉まって終わるんですけど、そのさいにキュッと金属がこすれる音がすることがありましてね、さまざまな音がするんです。
しかしその晩は、水がザァって流れる音が止まらない。
いやいやそれはおかしいだろうと。
水が流れる量ってタンクの分しかありませんし、水が貯まる水道の量の方が少ないんです。タンクの栓になってるゴムが降りなくなっているにしても、こんな圧力は続かないでしょう。バケツに水を貯めていてそれを流しているにしたって、バケツ何杯用意してんだよ、ユニットバスだからシャワーノズルで水を入れにしてももっと水は少ないはずで、こんな五分も十分も同じ勢いで水が流れているなんて、そんなデタラメなことがあるもんか、と呆れるんですが、実際に水の音は止まらず続いている。
いや水が漏れて落ちてこなければ、上の階の水道料金が跳ね上がるだけでAくんには関係ないんだけど、にしてもどういう理屈で水が止まらないんだよ、と気になって布団に戻ることができない。
よし、と決めて、椅子を持って来て、ユニットバス、トイレの天井の蓋を開けて、見えるところだけでも見てみようと天井に頭を入れてみると
そこに老人の顔があったんですって。
驚いて逃げようとして椅子を蹴ってしまい、椅子が倒れてAくん下に落ちる。
洗面台に後頭をぶつけ、椅子で腰を打ち、便器が背中に当たる。
背面全体が痛いのだけど怖さから逃げようともがいて這ってトイレの外に出ると
水の音が止まっている。
廊下に出てトイレを見つめて、息を整え、なんとか痛みがこらえられるまでになって、覚悟を決めてまた椅子に立って、乗って天井の裏を覗いてみる。
何もいない。
その夜を最後に、深夜に上の階のトイレで水が流れる音はしなくなったんですが、Aくん今までの流れを思い返しまして、
音がし始めたのは実家から帰ってきてからだ、実家に行く前と帰ってきてからで違う一番のは、あの文庫本だ、つまりあの本を持って来たから不思議なことが始まったんで、あれを返せばちゃんと終わるんだろうか。
そう考えまして、週末にまた村に行くことにしました。
村に着いて入ってすぐBくんが立っているのを見て、
「おう」と。
BくんもAくんに気がついて挨拶をしてきて、Aくん
「あの家ってさぁ、まだあのまま?」
「え?そうだよ、あのままだよ」
「大学でさ、こんなことがあったって言ったら、写真を見せてくれって頼まれたんだけどさ、俺あんときカメラ持ってかなかったから、撮しに戻ってきたんだよ」
「ふーん」
Bくんすぐに
「じゃ、ちょっと来いよ。あんとき家を探しながら行ったから結構回り道したろ、でも今はもう事件だからさ、まっすぐ行けるよう行き方を見つけたんだよ。描いてやるから来いよ」
「おお」
二人して歩くんですけど、お互い無言で、Aくんもいろいろあって気が疲れているんだけど、Bくんもなんだか疲れているようで、仕事が大変なのかなぁと。
Bくんの家の方が近いから、Bくんの家に行くんだと思っていたら、役場に連れて行かれる。土曜日で役場は休みなんですけど、Bくんは働いているから鍵を持っていて、なんでもないように中に入って、行き方を描いてくれて、鍵まで渡してくれる。
「あの家の鍵だよ。落とすなよ」
「おお、あんがと」
受け取るとき、Bくんが下に視線をずらして、
「やっぱりなぁ」って言うんです。
「なにが?」と聞くんですけどそれにはBくん答えずに、Aくんを見て
「ま、自業自得だ」。
「なんのことだよ」って重ねて聞くんですけどBくんやっぱり答えずに、
「じゃぁな」って手を振るんです。目の前のAくんに。
うん…って鍵を受け取って、それ以上何も言えずに一人で役場を出て、あの家に行って、本を戻して。
帰るときBくんと会わないから鍵どうしようと思ったんだけど、そういや今日来てから今まで、B以外誰にも会ってねぇなって気がついて、今さら実家に顔出すのもなんかなぁと思って、役場のポストにメモ用紙に「ありがとうございます、A」と書いて鍵と一緒に入れて、それでアパートに帰ったんですって。
以来変な水の音もしなくなったし、実家にも村にも帰る気がしなくなって帰らなくなって、で今に至ってるそうです。
Aくん、
「やっぱりトイレには行かない方がいいんでしょうけどね、上から何が覗いているか解りませんし。でも行かないわけにもいかないから、上を見ずにさっさと出ることにしています」
そう言ってました。
トイレと読書の関係、という話でした。
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