浜辺のトイレ:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話
トイレには行かない方がいいと思うんですけどね、プライベートビーチで宿泊した人だけが入れるトイレなんて、行かない方がいいと思うんですよ。
話を持ってきてくれたのはA君で、旅行に行ったときの話なんだそうです。
コンピュータでとある観光地の海沿いを検索していると、ずいぶんオシャレなホテルがあって、宿泊費もそんなに高くないんです。
普通ですと二人からって宿が多いんですけどここはそんなこともなく、全部屋オーシャンビューが最高ですと説明書きがあって、よさそうだなと。
しかし旅行サービスのサイトにはそのホテル載ってないんです。まぁ運営会社に手数料払いたくないんだろうなとは思うのですが、そのぶん口コミがないんです。となると客観的な評価がないので保留にしたんですが、そっち方面に行きたくなって、旅程を立ててみると、日にちも交通もそのホテルを組み込んだらとても具合がいい、その周辺の宿は少ないし、もう満室になって申し込めなくなっているところもあるので、まぁいっかとそのホテルに予約を入れることにしました。
一泊目二泊目を廻りましてとうとう三泊目、そのホテルに向かうのですが、バス停から歩いて数十分かかります。ホテルからの送迎はなし。歩くのが嫌いではないA君、リュックを背負って舗装された道を上ります。ちょくちょく車が追い抜いていきます。気にせず歩いていまして、ようやく道路からホテルへの分岐点に到着しました。
そこはしっかりした検問所になってまして、係の人がA君を不審げに見ます。A君も一瞬たじろぐのですが、予約のプリントを見せまして、係の人がホテルに問い合わせをしてゲートを開けてもらいます。
「車で来なかったのは君が初めてだよ」
まぁいいんですけど。
検問所を通りまして道を下ること二十分、海が見えてきます。蛇行する道を下りながら、砂浜があって目印のような小さな建物が見えてきました。辿り着いて、歩いてきた側からは普通に壁なんですけど、海側に廻ってみるとトイレだと解ります。
ここまで一時間以上歩いてきたA君、トイレがあるのなら用を足すかとドアを開けようとすると、開かないんです。鍵が掛かっている。
なんだ入れないのか、とまたホテルに向かいます。
ホテルに着くまでに駐車場があるわけですが、駐車場満杯なんです。県外のナンバー多く、流行ってるのかと。
自動ではないドアを開けて中に入るとロビーに人が大勢いて談笑しています。
フロントで手続きをして部屋の鍵を渡され、
「今晩夕食の後、浜辺でイベントがありますので、よろしければどうぞ。食べ物も出ますので夕食は少なめに」と言われました。
A君部屋に荷物を置いて、また談笑している人たちをかき分けて外に出るのですが、来た道は一本道、砂浜は横に長くて両端が岩場になっていて、外界と隔離されているのが解りました。このホテルのプライベートビーチなのかと。もう夏も終わりなので泳いでる人はいなくて、今は散歩してるのもA君だけで他の人は皆ホテルでくつろいでいるのかと。
岩場に打ち付ける波が結構強くて撮影したり、登れるところまで登ってみたりと時間を過ごしまして、ここら辺は特筆すべき事もありません。
夕方になって食事を終えて外に出てみますと、砂浜に舞台だのキャンプファイヤーだの屋台だのベンチだの並べられてるんですよ。他の宿泊客も出てきて夕日を見たり風を楽しんでいるんですけど、一人で来ているのはA君だけみたいで(みんな幸せそうだな)と、それはいいんですけど、キャンプファイヤーに火がともされて、太陽が落ちて夜のパーティーです。スピーカーの音楽も流されず、楽団もおらず、波の音と話し声だけで静かなもので、屋台の食べ物も無料なんですが、夕食食べた人はそんなに食べられませんからね、質素というか落ち着いているというか、都会の喧噪とは別世界なんです。この雰囲気を保つためにあの検問所が作られたのかなと思うのですが、話し相手のいないA君にはちょっと厳しい。屋台の肉をもぐもぐ食べて、ビールを飲んでぼーっとしていたんですが、妙なことに気がつきました。
パーティーが始まって時間が経って、あのトイレに行く人がでてきます。
あぁ扉の鍵、開けたのかと思ったんですが、会話をする相手もいないA君、ぼーっとしていると、またトイレに入る人がいて、ボーッとしていると、またトイレに入る人がいて、…トイレから出てくる人がいない。
ん?と不思議に思って集中して見ていると、ぞろぞろとトイレに入るのに、出てくる人がいない。
お皿をテーブルに置いてトイレに行って中を覗いてみると、男子用しか見ることはできませんが、中を覗いてみると結構人がいて、いくつかある個室の前に並んで、順番を待っている。
を、をう…と思いながらテーブルに戻り、ぽつんぽつんとトイレに入っていく人を見るのですが、やはり誰も出てこない。
なんだ?と思っていると海で打ち上げ花火が始まってそっちを向いて、ちょっと花火を見てからまたトイレを見ると、やっぱり誰も出てこないんですけど、しばらくしてもう一度覗きに行くと、もう誰もいない。
さっき花火を見ているうちにみんな出たのかな?そんなことなさそうだけどな、とは思うのですが、見てなかったんだからよく解りません。
こんどはマイクとスピーカーで声がして、ビンゴ大会が始まって、もう誰もトイレに来なくなったんでA君もみんなのところに行ったんですけど、トイレのことを言ったり聞いたりすることもできず、もうしばらくそこにいて、あとは部屋に戻りました。
翌朝、朝食を食べにレストランに行きますと、宿泊客は誰もいません。ホテルの人はいます、A君に朝食を運んできますが、A君が食べている間も宿泊客は誰もレストランに入ってきませんでした。
帰りのバスの時間と、バス停までかかる時間を計算したホテルを出る時間になりましたが、宿泊客は誰もロビーに来ません。
精算を終えて外に出ると、駐車場にはまだ車一杯です。
検問所にも誰もおらず、ゲートは開け放しになっています。
精算したときフロントの人は
「またのお越しをお待ちしております」と言っていたのですが、四泊目五泊目を終えて帰ってサイトを見ると、もう閉館したとの告知がありました。
うむ、この話にはコメントのしようがない。
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