ヤギだかヒツジだか:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、個人の住居が仕事場になっている家のトイレには行かない方がいいと思うのですよ、
 話を持ってきたのは当時漫画家志望の女性Aさんでして、私が書いた「ヤギのいる島」という話を読んで
「ヤギといえば」と話してくれたんです。

 プロの仕事場にアシスタントに行ったときの話なんです。
 一軒家で、高級住宅地の中にあって(売れっ子はいいなあ)と近づいたら、門があってその中の玄関両脇に、大きな馬くらいの像があったんですよ、驚いたんですけど、驚いてハッとした瞬間にいなくなってるんですよ。
(え?見間違い?幻覚?)と謎なんですけど、まぁ立派な邸宅だから頭が誤解して見えないものが見えた気がしたのかな?と呼び鈴を押しまして。
 先生も奥さんも歓迎してくれて嫌なことなんてなさそうだし、長期のアシスタントさんも感じのいい人ばかりで(よし頑張ろう!)と。

 先生はいい人なんですよ、怒鳴ったりプロ志望者を馬鹿にする人ではなく、お給料の額も払いも素晴らしい、それでずっとアシスタントをやる人がいるんですけど、やはり都合があって一回二回で来なくなる人もいたり、ごく少数ながら「あの家、なんかおかしいんだよ」と薄気味悪さを言う人もいて、さらに数が少ないのですが、どこに行ったか誰も知らない、行方が解らなくなった人もいるとか。
 もちろんそんな人は何十人に一人いるかどうかという感じなんですが、先生も長く活躍して代表作も複数あるわけですからアシスタントやった人も相当な数になって、ぽつりぽつりと名が挙げられて、それなりの人数になってしまうんですね。
 編集部から先生のアシスタント仕事を振られて周囲にそういう評判を聞いて実際家に来てみたら、中がなんかおかしいんです。
 仕事部屋は南に大きな窓があってちょっとしたパーティーも開ける大きさで快適なんですが、玄関から仕事部屋までが薄暗いし湿った空気を感じるし、廊下に世界中の土産物の民俗民芸品が並んでいてちょっと怖いんです。
 仕事をやっているときは集中して作業が出来るのですが、トイレに行くと一気にテンションが下がるんです。
 先輩達は「すぐ慣れるよ」と言ってくれるのですが、なんかちょっとなあと。

 日が沈んで、奥さんが夕食を作ってくれて、泊まり組と帰る組に分かれるのですが、泊まりますとね、
 夜中にトイレに行くと、ヤギを見るんです。
 トイレにもいろいろな部屋があるでしょうが先生の家のトイレは入り口から便器まで縦長の長方形で、用を足していると右の壁から左の壁に、また左の壁から右の壁に、ヤギが何匹も横断するんです。

 常識的に考えて幻のヤギでしょうけど触るなんて怖くて出来ないし、たまにヤギが座っている私を見るんです。でも見るだけで何もしてこないし近づいても来ないんでまあまあいいんですよ、幻想的というか特異な経験というか、仕事をしている毎晩(ほぇ~)って見ていたんですけどね、
 仕事期間中にみんなに言っても嫌な思いさせるだけだと思って言わなかったんですが、他には誰も言いませんから自分しか見てないのかな?と思ったり。
 で仕事が終わったら付き合ってた男性からプロポーズされて、もう漫画家としての将来もなさそうだから受けて、いろいろゴタゴタしてそんなことを話すこともなくて、
 もろもろ終わって落ち着いてから改めてお祝いに集まってくれた漫画家仲間にそれを言ったら、
「あー、それ言ってる人いた」
「古株の人が見たって言ってたよね」
 と、知る人ぞ知ることだったようです。
 私も
「あれ本当にヤギだったのかねー、見ていたはずなのに頭がよく解らなくて、実際ヤギだったのか解んないのよ、大きさ的にヤギかなーって思っただけで」
「ヒツジだって言われていたよね」
「育ったのかも」
「そっちの人はトイレでヒツジが一匹、ヒツジが二匹って数えて眠っちゃったとか?」
「でもさー、Aはそのときの仕事が終わってすぐ漫画から手を引いたんでしょ?いい機会だったんだよ」
 漫画を諦めたといっても、割り切れないところがあったから内心複雑な思いになったけど明るく
「そーかなー」って言いましたらね、
「そうだよ、アシやってた人で漫画家になれずに行方不明になった人って、夜に先生の家で寝ていたら、ヒツジみたいな奴大勢が、その人の体に頭突っ込んでもぐもぐしてたっていうんだもの、そりゃ行方不明にもなるでしょーって噂になってたのよ」
「先生の家のことだからあんまり広めるわけにもいかなくてねー」
「先生のアイディアって、そういうところから頭に浮かんでいたりしてってwww」

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