禍話リライト「落下の動画」
この話自体は昔の話です。Aさんと私のやりとりも含めて、二十年?三十年?それくらい昔です。
インターネット老人会と言われる世代がありまして、そう言われる時代の話です。
ここで言う「インターネット」とは電脳空間全般のことでして、インターネットが普及する前にはパソコン通信、BBS 掲示板という、文字が主体の場所があったんです。今の@Nifty がニフティサーブという会社名で、Asahiネットでは「パスカル短篇文学新人賞」というのを開催しておりました。
個人でもKTBBS というプログラムを買い、アナログ電話回線に、基本的には2400bps のモデムを繋げて草の根BBS を開局する人も大勢いました。
もちろん普通の電話回線を使っていますので繋いでいる間は通常の電話は使えませんし、ホスト局がNTT と一回線しか契約していなければ他のユーザーは接続出来ません、お金を持っている人は二回線、四回線など複数回線NTT と契約し、KTBBS は十六回線まで接続出来るんだっけな?お金持ちは複数回線を持ち、繋がりやすさをアピールして会員の獲得をしておりました。
当時はBBS 電話帳という雑誌が販売されるくらい草の根BBS は人気だったのです。
この話はそこまで昔の話ではありませんが、インターネットが普及し始め、文字だけでなく画像や音楽のデータもやりとりされるようになり、まだ黎明期でマナーや発表された画像のモラルは、ユーザーや主催者の良識に委ねられていました。
エロ画像も残酷画像も、需要と供給が一致している場合には、まぁまぁまぁ問題はないのですが、悪い奴というのはいるものでして、全く関係ない題名でリンクをクリックさせて驚かせる輩もいたのです。
変な短い動画に通じるリンクがある、という噂がありまして、その中の一つの噂の話です。
その分野を何度も見ている人には、残酷動画は元ネタとなる地域が解ってきまして、まぁ東南アジアの某国で起こった事件を撮影した動画なんだろうな、と察するようになっていました。またヨーロッパでも本当に起こった事件ではなく、スプラッター、グロの特殊メイク、特殊造形の技術を持った人が、自分の名を上げるために動画をアップし、悪い奴がその動画を流用し、ということもありました。
さすがに現在はそうだった国々でも規制が張られるようになっていますが。
当然そういう動画を好んでみる人はいます、そういう人はより残酷な動画を、よりディープな、まだ知ってる人がいなさそうな動画を探してインターネットの奥底に潜っていくわけです。禍話「死んでいくビデオ」の先輩達もそういう人たちでしたが
https://note.com/tiltintinontun/n/n8b3e48c80929
あまりディープになると当時でも規制の判断をされ消されるようになります、その規制を回避するために、公開者は動画にたどり着くまでに何回もリンクをクリックして簡単には見られないようにする、そしてランダムにその経過ページを変えて、本当に好きな人以外には見られないようにするなどするようになりました。
見たい人も、公開者の癖や傾向を考え、隠しリンクを探し、同好の士と情報交換をし、と動画を探し、どんどん尖鋭化するディープな世界になっていきました。
そんな時代の話です。
そのサイトは、動画のページにたどりつくと、アクセスカウンターのようなものなのか、「あなたは○かいめです」と回数が表示されるのだそうです。
見る人も最初の内は(へぇ、何人目です、ではなく何回目ですってカウントしてるんだ)と思うのですが、何回か訪れるとそんな〝回数〟なんて気にしません。ただ惰性で、流れでその表示を目にするだけになります。
そのサイトには動画が一つだけあって、グロい動画ではありませんでした、気持ち悪い動画だ、と界隈で有名でした。
Aさんはグロ耐性があると自負して、その動画に興味を持ちました。
人から教えてもらってクリックして飛んで飛んで、とくに意味を持たない名前のサイトにたどり着き、移転が激しいので凝った名前にこそ意味がないのだろうと思えると同時に、サイトの作りが雑なんだけど、その雑さがこの手のアンダーグラウンドの特徴だよなと思えてくる。
紹介してくれた人の話では、人が死ぬ動画だとか、弱い人が虐げられる動画ではないそうです。
動画は全部で何分あるのか?……一時間以上あります。
当時は今のような常時接続ではありません、分ごとに電話料金がかかります、長いのはちょっとなぁ……と思いながらもAさん再生をクリックしました。
玄関の内側が映し出されまして、平均的な身長の人の目線あたりにカメラが固定されて置かれているようです、その構図で建物の中が映されています。
見た感じ、大きな旅館で撮影されたのではないかと思える、一般家庭には見えない内装です。
和風の大きな玄関、廊下がずっと奥まで続き、電気は点いてなく、昼間の陽の光が差し込んでいます。
映像の後ろから、撮影者なんでしょう、「すいませーん、すいませーん」という声が繰り返されます。
「すいませーん、誰かいらっしゃいますかー」
カメラも動かないどころか揺れもしないので、三脚で固定されているのでしょう、動かない映像のまま「すいませーん、誰かいらっしゃいますかー」が繰り返されます。
「え!まさかこれで一時間以上あるの?」
そんな馬鹿な、何が目的で撮ってるんだよ。
……ずっとこれなんです。
「すいませーん、すいませーん、誰かいらしゃいませんかー」
人を呼んでいる声も、ずっと同じトーンです。
いや、おかしいだろ、なんでずっと同じトーンなんだよ!一時間同じトーンで言い続けるのかよ!
頭を抱えながら建物の中に何か情報がないか集中して見てみると、廃墟ではなさそうです、とはいえ手入れがされているようでもなく、無人の大きな家かなぁと。
電話料金のプレッシャーに耐えながら、早送りをせず見続けていると、ときどき廊下の奥の方で何か音がしているのが聞こえているのに気がつきました。
スパッスパッスパッ
ふすまの開け閉めか?音量を大きくして、なんか聞こえるな、というくらいの音。
コトン
何かが落ちた音もする。
動きはあるようです。自然に起きる音ではなく、人為的に起こされたような音。
頻繁にではないですが、ちょくちょくそういう音がします。するとその度に「すいませーん、すいませーん、誰かいらしゃいませんかー」の人が
「やっぱり誰かいるんだな、俺の声聞いているんだな」。
そしてまた
「すいませーん、すいませーん、誰かいらしゃいませんかー」。
Aさん、最後まで見てしまい、気持ち悪くなったそうです。
「なにそれ、気持ち悪いね、アングラホラー?」
話を聞いた私がそう言うと、Aさん、ずっと気にしていて、考えていたんでしょう、
「途中で編集されてないし、演技であんなに続けられるとは思えない、建物も妙だし撮影者もおかしいし」
「一時間ワンカットか。で誰が見るか解らない、見る人がいるかも解らないのに撮影か。スポンサーがいるわけでもなさそうだしね」
訳の解らないことを長時間続けることの気味悪さ。
「でも興味はひかれるね。見てみたくはなるね」と言うと
「いや、止めた方がいいよ。そういうの好きな奴に言ったら、入り浸るようになって、ページが移転しても追っていて、ここに行ったって教えてくれるんだよ。中毒だね。
で、俺、長い廊下を夢に見るようになったんだよ。廊下を進んで、音が鳴るところを見てやろうって歩くんだけど、行っても行っても解らないんだよ、玄関からは「すいませーん」って声がずっと聞こえていて。毎日その夢を見て、眠るのが怖くなっちゃって、医者にいって薬をもらわないといけないのかな」
やっぱり見てみたい。
その追ってる人、Kさんといいまして、Aさんから言ってもらって、直接私に、リンクに継ぐリンクの開始ページである「和風の人形が怖い板」に貼られたリンクを教えてもらいました。
クリックを繰り返して到達すると、
「あなたは○かいめです」という文字が出ました。
大きさが不揃いで、ぐにゃりと怖くしたフォントで、○の部分が一番小さくて見えづらいんです、それがぱっと出てすぐ切り替わった、なんだ?失敗したサブリミナルか?と思える一秒に満たない時間で、パソコンが壊れたのか?と思ったほどなんですよ。
いやこれじゃ何回目か解らないけどな、と思いつつ、いくつかある動画の一つを適当に選びました。
動画は、高いところから映している団地から始まりました。山を切り崩して作った団地で、その山側、階段の上にカメラをセットして撮っています。
中央に長い一直線の階段があり、両脇に団地の棟、そして一番下に、なんとか公園が見えます。
途中に誰かがいます。
この映像で見るぶんには、この階段が正面入り口という感じです、この階段があまりに一直線過ぎで、途中に踊り場とか足を止めて休めるエリアもなく、足を滑らせて落ちたらもうお終い、一番下まで真っ逆さまに落ちていく、そんなことを思わせるほど急な階段が映ってるんです。映画「蒲田行進曲」の階段落ちと言って解りますでしょうか、その上側です。
ほれぼれするほどに途中に何にもない。
階段は結構幅があるんですよ、しかし手すりは階段の両端にだけあって中央にはないんです。だから転がって落ちているときに手すりを掴めるかどうか。
カメラが階段を降りていって、映っている誰かが女の子だと解ってきました。
小学生か中学生かは解らないんですが、だいたいそのくらいの女の子です、その女の子が大きい日本人形を階段に落としたんです。
実際落ちてみると重心の関係でまっすぐ下には落ちなくて、曲がって途中で止まるんですけどね、その人形の痛み具合が激しくて、何度も落としてるんじゃないかって思えるんですよ、結構高そうな日本人形なんですが。
女の子が止まった人形を取りに行って、手に取って動画が終了します。
なんだこれ。
女の子は終始無言で、笑い声でもあげていたら、人形に酷い女の子だなって思えるんですが、無言無表情なので何のつもりでやっているのかが解りません。
動画は他にもあって、たぶん別の日に、別の人形を落としている。無言で拾って終わり。
それだけと言えばそれだけの動画で、なんてこともないと言えばなんてこともないんですけど、やっぱり見ていて気持ちが悪い、もう止めておこうかなと見るのを止めました。
Kさんからメールが来まして「見ました?」
「うん、見たけど、気持ち悪いね、あれ。単純にグロいものがバン!とか怖いものがドーン!と出てくる映像かと思ってたけど、意味不明なのも怖いね」
「そうですよねぇ」。
その週末。
Kさんから「更新された」とメールが来まして、
「あの人形の動画、新しいのがアップされてるんで見てみてください」
わざわざ教えてくれなくてもな。
「また行き方が変わってるので直リン貼っておきます、ここから直接行ってください」
…あぁ、うん…
クリックすると、
すぐ始まって、今までは階段のてっぺんから始まっていたんですが、今回は違いました。最初から女の子を映しているんですが、
今まで女の子は断片しか映ってなかったんですよ、背中から映していたり人形を拾う手とか足下だけだったんですが、私服を着ている女の子がばっちり映っています、制服を着てないからはっきりとは解らないんですが、やっまり見た目で小学校高学年か中学生くらいで、階段の下に横たわっているんです。
横たわっていて、一瞬(え!)と思ったんですけど、血とかは出てなくて、横たわっているだけのようです、上から落ちて、途中で曲がって止まらなければここに来るよね、という場所に、横たわって手足をねじ曲げている、
目を閉じて横たわっている女の子を誰かが撮っている、撮影者の影がちょっと映っているんです。
撮影者は大人でしょうか、カメラはぐーっと女の子の顔に寄ります、女の子はパチッと目を開けてカメラを見て
「だいたいわかった。うん、うん、これでよくわかった。今晩決行するね」。
立ち上がり、動画は続きそうだったんですが、(あれ?)と思って停止しました。
怖いんです。
そんな小さい子供が「決行する」って、嫌じゃないですか。
絶対大人に聞いた言葉を言っている
怖い怖い怖い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
まだ動画は続いているようなんですが、続きは見ませんでした。
一時間くらいしてKさんから「どう?見た?」とメールが来ました。
返事はしませんでした。
しばらく他のサイトを巡りましたが気分が晴れず、寝ることにしました。するとまたKさんから「見ないの?」とメール。
無視。
「俺は見たよ」とまたメール。
無視。
パソコンの電源を切ろうとした瞬間、またメール。
「おれはみたよ」。
電源を落とし、嫌な気分が重なったのでテレビでアニメを見始めました。オープニングに合わせて主題歌を一緒に歌っていたら隣の部屋にいる妹が「うるさいんだけど!」とやって来ました。
「あぁ、ごめんごめん、こんな時間に大声出して、ごめん」
「ちがう!ちがう!」
ん?なんだ?
妹がケータイを出して、こっちに投げつけてきました。
「Kって人が見た見た見た見たお前は見ないのかってうるさいんだけど!」
んんん?
Kさんは妹のことなんて知るわけがないし、妹のケータイの番号もメルアドも知ってるわけがない、
「えぇ!お前、何言ってるんだ!いま、Kからお前に電話があったのか?」
妹、その場で泣き出してしまって、それも幼児のように号泣しだして、うぇーんと普段の様子では想像も出来ない泣き方です、両手を目に当てて泣く、マンガのような幼児の泣き方。
それもまた怖くてうろたえてしまって、
「え!なになになに!なんなの!」
うえーん
「だってさぁ、そのKさんがさぁ、俺は見たのに見てないのか見てないのかしつこくて、私はお兄ちゃんじゃないっていくら言っても聞いてくれなくてずっと言うからさー」
うえーん
「ごめんな!ごめんな!」
どうしたらいいんだと混乱していたら、妹も幼児化が極まったようで、泣きながらアイスが食べたいと言い出しました。
「ああ、食べよう食べよう」と台所に連れて行って、冷凍庫にあったんでアイスを出して二人で食べ始め、どうしたらいいんだと考えていたら、妹もだんだん落ち着いてきたようで、自分がなんで泣いているんだか、なんでアイスを食べているのかを不思議に思うようになっている、あぁ落ち着いてきたのかと話しかけたら、何も覚えてないって言うんです。
妹のケータイに履歴は残っているんですよ、固定電話から。でも私もKさんの固定電話の番号は知らないので、その番号がKさんからのものなのか解らないんです。かけて確認するわけにもいかないので、「消そう」と言って、消しました。
Kさんとはこの動画サイトだけの関係だったので、それっきりです。
しばらく経って、あれはなんだったんだろうなと落ち着いて思えるようになったとき、Aさんから連絡が来て、会うことになりました。
「いやー、正直、こんなこと言って信じてくれるか解らないけど、Kがおかしくなっちゃって、俺もあのサイト、二度と行ってないんだよ、あいつから来たメールも全部消したし、もう行き方も解らなくなったんだけど、お前ももう行かない方がいいよ。あれヤバいよ。俺、ショック療法じゃないけど、仲間にけしかけられて、もう一回だけ行ったんだよ。Kは自分から行ったんで自己責任でいいと思うけど、お前には本当に申し訳なかったな」
「いやいや、ぜんぜん構わないよ。そこまではヤバいもの見ないで済んだし」
「いやさぁ、あれさぁ、最初に「あなたは○かいめです」って一瞬出るじゃん」
「ああ、一瞬出るね、回数、本当かどうか解らないけど」
「あれ、あなたは何回目じゃないんだよ」
「え?なんで?どゆこと?」
「ぱっと出るから、俺達そういうふうに思ってただけなんだよ。ひらがなだったじゃん、あれ。「あなたは○かいめです」って。あれ、違うんだよ。俺の時、何故か止まって解ったんだよ。その、ばって消えるやつ、よーくみたら、「あなたはさかいめです」って書いてあるんだよ」
シン・禍話 第九夜
twitcasting版
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/681570930 の47:13から
230 シン・禍話 第九夜
YouTube版
https://youtu.be/3PUlcmbsY2U?t=2824 、47:04から