誰が建てたんだよって話:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

「トイレには行かない方がいいんじゃないかって話」なんですけど、全然禍々しい話ではないので「禍話」のタグは付けていません。

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、登山で有名でもない山の道にあるトイレには行かない方がいいんじゃないかと思うんですよ。

 話を持ってきたのはA君で、天体観測を趣味にしている人なんです。

 とあるパーティでたまたま知り合った人に世間話で天体観測をしていることを言いましたら、その人が幼い頃住んでいた村にとても見晴らしのいいところがあって、あそこだったら夜空も綺麗に見えるんじゃないかな、と教えてもらったんだそうです。
 話の流れで「どこです?」と教えてもらいまして、何県のなんていう山で、鉄道の駅からバスに乗ってどこで降りてと教えてもらいましてメモにとりましてね、家に帰ってからネットで調べて、おぉここかと。
 天体観測やってる人たちも全然そこを話題にしていなくて、本当に穴場なのか知ってる人はみんな秘密にしているのか解らないんですけど、その地名を検索しても普通に地名しかヒットしなくて、観光名所も歴史もヒットしないんです。
 やっぱり本当に穴場なのか、可能性は低いにしても嘘をつかれたのか、一通り考えて、行ってみることにしたんですって。
 行くとなると遠出になって覚悟も準備も必要なので、ナンタラ流星群が見込まれるときに行ってみようと。

 でその日になりまして、天気がいい、山で一泊する荷物をしょって、まだ暗いうちに出発し、電車に揺られバスに乗り、山の麓につきまして、てくてく歩き出したんですけどね、やっぱり現地に着いてみないと解らないことってのはあるもんで、三叉に行き当たって、どの道だろうと。
 右の道は上に向かっているけど急勾配で体力の消耗が激しそう、中の道はなだらかでちょうど良さそう、左の道は見える範囲では下に向かっている。
 でA君、家で調べていたときには見ていたのに気がつかなかったんですが、山に入ってから森の中を歩いているんです、パソコンでもスマホでも、地図サービスをみていて山道の表示がないのを見過ごしまして、無意識に一本道だと思い込んでいたのもあるんですけれど、航空地図モードにすると森の中ですから上からは森しか映ってなくて、道なんか解らないんですよ、
 さてどの道かと思案していましたら、ちょうど運良く、真ん中の道から人が歩いてきたんです。老人です。
「すいませーん」と声を掛けまして、これこれこういう者です、見晴らしのいいところがあると聞いて来てみたんですけど、三本の道のどれでしょう?と訊ねましたら地元の人ですぐ解るんですね、真ん中の道だよとすぐ教えてくれました。
 ありがとうございますと進もうとしましたら呼び止められまして、
「この道を歩いていくとね、途中でトイレがあるんだけどね、使っちゃだめだよ」って言うんです。
「はぁ、壊れてるんですか?」と聞きますと
「そのトイレを使うとお化けが出るんだよ」と直球で言ってくる。
「はぁ?!」と目を丸くするA君の反応を見て、
「いや、トイレを使わなければ出てこないよ。むしろあんたみたいにこの山を好きになってくれる人には何もしないよ、トイレを使うのがだめなんだよ」
「じゃ、トイレに行きたくなったらどうしたらいいんですか?」
「そりゃあんた、男だろ、その辺にすりゃぁいいよ」
「その辺にするのはいいけど、トイレにするのはだめなんですか?」
「うん、そう。トイレにすると、怒って出てくる」
 A君、はぁと、何を言ったらいいんだか解らなくなっているうちにおじいさん、行ってしまいましてね、お化けを見に行くのが目的な人だったら詳しく聞くんでしょうけど、A君は天体観測の人ですから、それもまだ明るいうちに現地に着いて、夜が明けたら下山する人ですから、怪談関係には詳しくないんで、聞けなかったんです。
 気を取り直して道を進みまして、三十分くらいしたら、確かにトイレがあるんです。
 一目見ておかしい、奇妙だと思うんです。
 トイレ自体は綺麗なんです、見た目、真新しいんです、しかしそのトイレを角にして、後ろが森じゃなくなってるんです。広い範囲に。
 ススキではない、セイタカアワダチソウというのかA君植物に詳しくないのでちゃんとした名前は解らないんですけど、木ではなく背の高い草がその区画にびっしり生えてまして、その際(きわ)が計ったようにまっすぐ揃っているんです。長方形だか正方形だかA君の位置からでは解らないんですけど、見えない線を引いた内側に密集して生えていて、外には一本も生えていない。
 そういうもんなの?と解らないまま近づいてみて、やっぱりトイレは新しい。
 使わなきゃいいだろうとさらに近寄ってみますと、やっぱりすごい綺麗で、目地も汚れてなくて、タイルもピカピカで、ただ人が来てないだけってだけじゃないんです、枯れ葉とか虫とかもないんです、誰かが掃除してるようなんです。
 中に入ってみますとやっぱりピカピカなんですけど、水洗じゃなんです。でも臭いなんて全くしない。
 水道引くのが大変なのかな?とも思うんですけど、ぼっとん便所だったら汲み取りをしないといけないわけで、誰かやってんのか?でも使う人が少なかったら効率が悪そうだなとか、A君違和感はバリバリ感じるんですけど、何がおかしいかの真ん中が解らないし、よそ者だし、公衆衛生も働いている人への賃金の相場も解りません、これだけ解らないともう考えるのも意味がないと、トイレを使わないまま先を進みまして、また数十分歩いて、教えられた高台に着きました。
 教えてもらったとおり、見晴らしは最高で、天気が良いのは運がよかったんでしょう、流星群もバッチリ見えてA君ご満悦です、頃合いを見て持ってった一人用テントの中で熟睡しまして、怖い事なんて全くないまま一夜を過ごしました。

 お日さまが登ってさぁ帰るかと。
 帰りのバスの時刻表は調べてありまして、来るときバス停からここまでどれくらい時間が掛かったか、帰りは下り坂なので時間を差し引いて、早いうちに出れば始発に乗れるなとさっさと片付けて、ゴミが落ちてない確認をして、もう一度見晴らしを見て降り始めましてね、一度だけ(ん?)というのがありまして、
 あのトイレが見えてきて近づくと、背の高い草の群生も見えるんですが、その草むらの中というか奥に何か見えるんです。
 なんだろ?とよく見てみますと、白い服なんじゃないかと。
 ん?と立ち止まって目をこらしますと、白い服の上に黒髪のようなものが見える、ん?とさらに凝視するんですが、草が群生しているのに、どう見ても人っぽいんですよ、その周囲に空間があるようではなく、そこら辺も草がびっしりのようで、あそこに行ったのか?と。
 いや、まぁ、いるってことは行ったんだろうな、とじっと見るんですけど、向こうは別にA君に気づいてないようで、髪だとしたら黒いものはなびかせているだけで動かないんです、A君の方に顔を向けたりしない、じっとそのままなので、A君も解らないまままた道を進みまして、しばらくして(あ、案山子かもしれないな)と気がつきました。
 A君の話はそこで終わり、
「まぁ案山子だとしても、案山子よりも背の高い草の中に立てて効果があるのかって話ですし、まだ草の背が低いうちに立ててそのままなんですかね。それともあれですかね、トイレを使ったら出てくるお化けって、あの案山子が襲ってくるってことなんですかね。なんか、もう行かない方がいいんじゃないかという気がして、もうそこには行ってないんですけど、誰もその山に言及する人がいないのって、それも関わってるんですかね」

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