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dely新規上場から紐解く、DXが変える「小売×デジタルマーケ×人材」の新時代

序章:dely上場という転換点

2024年12月、レシピ動画プラットフォーム「クラシル」を擁するdely株式会社が新規上場を果たしました。多くの方は「クラシル」でdelyを知り、「いまや大手レシピ動画メディア」という認識を持っているかもしれません。しかし、この上場は単なるレシピ動画企業の成功談にとどまりません。delyは、メディア領域を皮切りに購買(販促)領域へ大胆に舵を切り、さらにHR(採用)領域へと拡張する「リテールデジタルプラットフォーム」を構築しようとしています。

DXコンサルタントとして、この出来事を「小売・流通・人材のDX進化」を示す大きなマイルストーンと捉えたいと思います。消費者行動や購買プロセスがデジタル起点で再定義され、企業間のバリューチェーンが解体・再編されていくなか、delyの台頭は「点的なDX」から「経済圏的DX」への移行を象徴します。本記事ではdely新規上場を手がかりに、その戦略的意義と、IT企業勤務者やDXコンサルタントが学ぶべきポイントを整理します。

参考:dely「事業計画及び成長可能性に関する事項 2024.12.19」


第1章:メディア(認知)から「経済圏」への拡張――DXで生まれる新たな接点

delyは当初、レシピ動画メディアとしてスタートし、「クラシル」という看板ブランドを通じて着実なユーザー基盤を獲得しました。ユーザー数は4,100万MAU(ウェブ・アプリ合算)にも及び、認知率は20~50代で58.1%、女性ユーザー認知率は76.4%と圧倒的なプレゼンスを示しています。この「認知」がDX戦略の起点となっている点は見逃せません。

なぜなら、単なるレシピメディアでは収益の拡大に限界があるからです。delyはここに「リテールデジタルプラットフォーム」の発想を持ち込みました。メディアでユーザーの注意・興味を引き寄せた後、購買行動へつなげる「購買(販促)」領域、さらには人材不足に悩む小売現場や飲食店向けに人材紹介を行う「HR(採用)」領域へと進出することで、ユーザーの生活行動を一気通貫で捉える新たなエコシステムを形成しています。

この過程で重要なのは、「ユーザー行動をデータ化し、複数のサービス領域にわたって展開する」ことです。レシピの閲覧から購買意思決定、店舗での商品購入、さらにキャリア形成までを見通し、そこで生成されるデータを相互活用することが、次世代DXの肝となっています。


第2章:巨大な販促市場への参入――「クラシルリワード」で購買行動を可視化・誘導

DX時代において、企業が目指すべきはより直接的な購買行動へのアプローチです。delyは「クラシルリワード」というお買い物サポートアプリを立ち上げました。このアプリは、ユーザーがチラシ閲覧、対象商品の購入、移動などの日常行動に応じてポイントを付与する仕組みを提供。これによりユーザーは「日常を少しオトクに」過ごすことができ、ブランドや小売企業はデジタル販促を精緻化する手がかりを得ます。

注目すべきは、このポイント還元が「オフライン購買行動」をデータ化し、それをオンラインで分析可能にしている点です。スーパーやドラッグストアなど約3万店舗と提携し、食品・飲料ナショナルブランド企業の90%をカバーしていることで、delyはオフライン購買データの宝庫を築き上げました。

この動きは、従来のインターネット広告がオンライン行動に依存していたモデルからさらに一歩進んでいます。オフラインという「最後の一マイル」をデジタルでトレースし、ユーザー行動を360度囲い込むことで、販促活動のROI向上が期待されます。インフレや物価高騰が進み、消費者が節約志向を高める中で、ポイント還元やマストバイ型プロモーションが消費行動を誘導しやすくなっていることも、この戦略の優位性を増幅しています。


第3章:人材領域への波及――ノンデスクワーカー向けHRマッチングのポテンシャル

小売・外食・流通などの現場では人材不足が深刻化しています。特にノンデスクワーカー領域は、国内労働者の過半数を占めながら、給与水準や仕事環境の理由から流動性が低く、ミスマッチが起こりがちです。delyはこのHR(採用)領域への参入を「クラシルジョブ」によって実現しようとしています。

ここで活きてくるのがdelyの強固なユーザー基盤とポイント還元施策です。購買行動やライフスタイルデータが蓄積されたユーザーは、必ずしも「求職サイトで仕事探し中」というわけではないかもしれません。しかし、日常的にポイントを貯め、商品選択やチラシ閲覧でアプリを活用する中で、自然と潜在的な転職・就業ニーズにリーチできるのです。「就職活動」そのものが明確化していない潜在層に対し、ポイントによるインセンティブやスカウト手法を用いることで、ノンデスクワーカーの流動性を高める余地があります。

これは単なる「人材紹介」とは異なり、DX的な発想に基づく新たな人材流通モデルです。小売企業が「購買データに基づき潜在的人材にアプローチできる」時代が到来すれば、人材市場そのものの構造変革が進行するでしょう。


第4章:M&Aによるスピーディーなポートフォリオ拡大とPMIノウハウ

delyはメディアからスタートし、購買・HR領域へ拡大する過程でM&Aを巧みに活用しています。過去4件のM&Aを通じて、ライフスタイルメディア「TRILL」やクリエイターマネジメント事務所「LIVEwith」など、関連サービスを自社経済圏に取り込みました。M&A後のPMI(Post Merger Integration)では、KPI管理の徹底や広告運用の内製化、トップライン拡大施策など、オペレーショナルエクセレンスを発揮しています。

このM&A戦略は、DX時代における自社リソース不足の迅速な補完手段です。delyは自社単独での開発に時間を費やすのではなく、シナジーが期待できる企業を獲得し、自社のデータ活用基盤に組み込むことで、経済圏拡大を加速しています。PMIを成功させるには、買収先の既存サービスをいかに自社のデータエコシステムに統合し、明確な指標で成果を測定するかが鍵となります。この手腕はDXコンサルタントにとっても大いなる示唆をもたらします。


第5章:データ駆動型DXの本質――生活全体を統合する経済圏モデルへ

ここまで見てきたように、delyはユーザーの「食(レシピ・食材選定)」「買い物」「就業」という日常行動を一元管理可能なデータ生態系の構築を目指しています。これは、従来のビジネスが「単一領域での最適化」に注力していた状況から、「複数領域を跨いだ包括的な価値創造」への転換点を示しています。

DXとは、デジタル技術を用いて業務効率化を図ることに留まらず、市場構造そのものを再定義することです。delyはメディア領域で確立した顧客接点を購買領域に展開し、購買領域で取得したデータをHR領域で活用するという「転用可能なデータ基盤」を手中に収めつつあります。将来的にはFintech分野への進出なども示唆されていますが、実現すればさらに「生活経済圏」全体を覆うような存在へ拡張する可能性もあります。

これはDXコンサルタントにとって、既存クライアント企業にも示唆的です。「自社データはどこまで活用可能なのか?」「別領域との連携で新たな価値は創出できないか?」といった問いを立て、バリューチェーンを見直し、顧客接点を再定義することが求められます。


第6章:コスト構造から顧客ロイヤリティまで――データが生む持続的価値

delyは高成長かつ高収益率を保ちながら拡大しています。その裏にはデータドリブンな投資規律と顧客体験価値の向上があります。単なる広告費依存ではなく、ポイント還元やストック型収益モデルへと収益基盤を転換することで、中長期的な顧客ロイヤリティを獲得しています。

特に、クラシルリワードは「ユーザーが日常生活で自然にアプリを使い続ける」仕組みを提供します。これにより継続的なデータ収集が可能となり、ブランドや小売からのプロモーション施策も洗練されます。一度この循環が確立されれば、ユーザーは離脱しにくくなり、まさに「経済圏」内に閉じ込められた強固なロイヤリティ基盤が生まれます。DXの成功は、データに基づく顧客体験価値の最大化が支えることをdelyは示しているのです。


終章:delyから学ぶアクション指針――DXコンサルタントへの示唆

delyの新規上場と、その背後にあるビジネスモデル変革は、IT企業勤務者やDXコンサルタントにとって学ぶべきポイントに満ちています。

  1. データポイントの再評価
    自社やクライアント企業が持つデータの接点を洗い出し、購買データや閲覧データ、地理情報など、これまで点在していた情報の連携余地を探ることが重要です。delyがクラシルユーザーの食行動データを購買や人材へと展開したように、異なる領域との接続による新価値創出が可能かを検討しましょう。

  2. 複数領域統合による経済圏的発想
    これからのDXは、単一サービス最適化ではなく、複数のサービスや業種を横断する「経済圏」創造へと向かいます。クライアントビジネスの価値提供範囲を広げ、顧客の日常生活により深く関わるサービス設計を考えることで、長期的な競争優位を獲得できるでしょう。

  3. M&A戦略とPMIの実行力強化
    DX推進は内製開発だけでは追いつかないケースも多々あります。M&Aを活用し、短時間で新領域進出や機能補完を実現する戦略が求められます。ただし、買収後はKPI駆動型でPDCAを回し、データ統合による相乗効果を逃さないPMIが必要です。

  4. ユーザー還元を通じた長期ロイヤリティ確立
    DXは一度の導入で終わりではなく、ユーザーとの継続的な関係構築が欠かせません。ポイントやクーポン、パーソナライズドな情報提供など、ユーザーエンゲージメントを高める仕組みを組み込むことで、長期的なデータ取得とサービス改善が可能となります。

最後に、delyの新規上場は「データ駆動型DX」が生み出す新しい産業構造の萌芽といえます。小売・メーカー・人材市場といった従来分断されていた領域をデータで接続し、社会的課題である人材不足や販促コスト高止まりに応える動きは、単なる一企業の成功を超え、DXの理想像を具現化したものです。
この事例を糧に、私たちはクライアント企業の事業モデルを再考し、より大きな経済圏構想の中でイノベーションを起こす道筋を描くことができます。delyの挑戦は、DXコンサルタントやIT企業に勤める方々にとって、ビジネス変革の新たな羅針盤になりうるでしょう。

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