脳味噌破裂するような(7)

 朝、起きると、メイドさんが食事を運んできてくれていた。
「……おはようございます」
こちらを振り向かないまま彼女は言う。せめてもの反抗、なのだろうか?
 スカートから伸びる彼女の足が朝日を反射していた。
「おはよう」
と僕も答えておいた。
 ロールパン、野菜、牛乳、そういったものを口にすると、彼女が背中をさすってくれた。
 ……部屋の中でストーブが焚かれており、それによって部屋の温度が調節されていた。
 低血圧な僕を、彼女は立たせ、半ば抱えるようにしてバスルームへと連れていってくれる。
 そこでシャワーを浴び、顔を洗い、湯船に浸かっている内に、目が醒めていった。
 随分、時間が経ったものだと思う。
――歯を磨いて着替えると、彼女が水差しとビタミン剤、薬剤を僕に渡してきた
 ありがとう、という声は声にならなかった。
 大丈夫、すべて分かっているからと言うように彼女は微笑で応えた。
――まるで、表情や仕草だけで意思伝達が出来るみたいだ……
 渡されていたそれらを飲んで、廊下に出ることにする。
 そこには掃除をしているメイドさん達がいた。……そうか、いつもより早い時間に目が醒めたんだ、と思う。
 彼のいる間の扉を開けた。
 ちょうど、別のところから彼は登場してきた。……しかし、いつも暗い上にある程度以上近付いたことはないので、奥の構造はどうなっているのか実のところよく分かってない。為に、どこからどう彼が入ってきたのかもよく分からない。
 血みどろの男達を彼は引き摺っていた。
 そのまま座り、いつものように姿勢良く僕の方を見ていたが、ふと気が付いたように、あぁ、これ、とそれ、恐らくは死体に目を遣り、視線を戻した。
 右手を上下させながら、
「偶にいるんだよ、大規模テロをしろ、大量殺戮をしろってうるさい奴らが」
と言い、それだけで充分だと言わんばかりに一瞬黙る。
 仮面が無ければ閉ざされた口が見えただろうか?
 それから、片手だけで屍体の内一体を半分抛るように棄て、捲し立ててくる。
 いつもはしていない筈の腕時計、無暗に大きなそれがきらめいたのはきっと、……その男から奪ったからだろう。
「――大きな力によって物を破壊しようなんて考えるのが俺には分からないよ。結局のところ、テロなんて非対称戦争の手段、ゲリラ的な攻撃に過ぎないのだからね。……もし、大国並みの軍事力を持てるのなら、正面切って戦争を仕掛けても誰も文句を言わないだろう。戦争ではなく、侵略行為に留めておくべきか。……仮に国際法で訴えられたとしても、賠償金を払えば済む話だ
 例えばどこかの島に勝手に乗り込んでいって施設を建築しても、誰も文句を言えないんだよ。法とは蜘蛛の巣のようなものであり、またそれ自体非-権力者の権力者達への抵抗力と解されるものなんだ
 どこかの国の島を占領しても、歴史や、昔結んだ国際法を根拠に権利を主張されたらそれでお終い、……それ以降はあくまで法律や裁判の話になる
 国同士の裁判なんてそれ自体、諸国の力が均衡しているからこそ成り立っているものなんだろうがね、裁判が保障され、法が執行されるとすれば、それは契約に同意している国々の力があるからなんだ」
息を吐く音が聞こえた。
 ……疲れているのか?
 いいや、コー、ホー、と特徴的な呼吸音を繰り返している。
「ダースベイダーキット、作った」
それからスイッチらしいものを投げて寄越してきた。
「要らない」
「だと思った」
日が差し込んできた。
「臭いやツイッターによるデマの拡散の方がある意味では効果的なんだよ、特にこの国ではね……
――結果から言えば人を殺してしまっているが、殺人なんてしない方がテロ手段としては効果的なんだ
 そうして殺人をせずに時間損失と経済的ロスを狙う、……人間の動きを封じる、これがテロの手段だよ、大まかには
 まぁ、食糧補給路を断つとかしたんだけどね」
引き攣るかのような笑いを彼は立てる。
 服越しに横隔膜が震えているのが分かる。
 のけぞるようにしていた彼が、その体勢を戻した。
「輸送船のスクリュープロペラ、破壊して使えなくしたからな」
そのまま身を揺らすようにして喋り続ける。
「発電所だって、自律型ドローンを使って電線をカットしてやれば、勝手に出火したものな
 強アルカリ性の業務用洗剤とアルミ缶の水素爆弾で連鎖反応的に火が起こるのだもの
 ……それだけで日本の電力が大幅に減少したらしいね、政府はどの程度か公表してないが」
肘掛けを指でコツコツと叩く。
「暴れる電線、発火する山、燃える発電所」
声が空気を震わせている。
「広告会社、テレビ局、医療品工場も、燃やしてやったよ……
 そうだろう? 経済やインフラの要が襲われたら日本円が暴落する
 日本政府への信頼も下がる」
それから、立ち上がると椅子の横から何かを漁り始めた。……その椅子は収納具としての機能も併せ持っているのだ。
「それと、超々々高度からの質量攻撃……、その高さまで質量物体を運ぶにはどうすればいいのか? 人工衛星? はっ、技術的に難しい、それに人工衛星を落下させる攻撃なんて実際のところあり得ない
 あれは大気圏に突入すると燃えるように出来ているし、事前に検査を受けるからね
 況して質量兵器などあり得る筈がない。人工衛星を射出するのは許可が必要だし、軌道に乗せるのも技術が必要だ
 未だ大気圏外へ脱けるのは民間人には厳しい……、そこでバルーンを使った」
――彼が取り出したのは、玩具の人工衛星と電車と、金属球だった
それを振って見せている。
「そもそも、何か、大きな機械が上の上まで上がってくればすぐに発見されるし、手を打たれるだろうからね
 そのまま隠し兵器を使われて墜落させられることだってあり得ただろう
 国の人工衛星ってのは実のところ何を装備しているのか分からないんだから」
また椅子に座ると、人工衛星を上下に振った。
「そうだろう? バルーンなら大気圏外ギリギリのラインまで浮き上がるし、それに、多くの質量物体、鉄の塊を運び出せるから
 実際、どこに落ちるか、浮上している間いつ落下させるのかタイミングを見計らうことさえ出来れば、計算して精密にコントロールすることさえ出来れば、日本の局所的地域に鉄の雨を降らすことは可能だよ、……そうして実行した
 どうだろう? テレビ局や送信機といったものが占拠されるのではなく、破壊されるなんて、あいつらは考えてもみないみたいだったじゃないか
 実際のところネットメディアがありさえすればいいのだから、テレビジャックをするより破壊した方が効果的だったんじゃないか……? ツイッターでもトレンドに入って盛り上がっていたみたいだし、グーグルやヤフーの検索ランキングでも上位に来ていたみたいだから
 それどころかフェイスブックや微博でも。全世界的な話題になっていたみたいだよ?」
呻くようにして笑い声を上げる。
――彼の傍らの死体が少しだけ、動いた……
 おや?
――いいぞ、意識を取り戻せ、殺せ
「某国の独裁者なんてのはご満悦の笑みを浮かべていたそうじゃないか……、実際、派遣されてきたよ、諜報員
 日本語話せるの、驚きだったな
 どちからと言えば別の組織、――所謂反社会的勢力の、アウトローな方々と仲良くしたいようだったけど
 若造達とは話す必要すら無しという訳だ、まぁ、いいだろう
 恐らく、日本海側にあった原発や、テレビ局がジャックされた件については彼らの仕業だろうね
 他にも、ハッキングなんてのもしているみたいだったな」
それに彼は気付いていないようだった。
「ジョーク半分に匿名のダークハッカー達が攻撃を仕掛けてきたときは驚いたな
 それにしても、ただ笑っている骸骨をパソコンの画面に表示させるだけのトラップを省庁や首相達のそれに仕掛けておくって言うんだもん
 ……あれで少しだけ時間が稼げたよ
 というか、サイバーテロって少し仕掛けるだけで随分混乱が起きるんだな
 実際対処出来るかどうかよりも、知識不足から起きる混乱の方が効果が大きかった……、そうだろうか?」
身を乗り出すようにして彼は、言う。
 死んでいるかに思えた男の手に何かがきらめく、刃物だった……。
――刺す、のか?
「あのさ、電車の線路に火災起こしたのも、シミュレーション出来るからなんだぜっ? 物理エンジン使ってさ、熱微分方程式解かせて、現実の町や地形をリアルに再現させるソフト利用して、……日本の電車の発着時間には誤差がほとんどないから、事前にシミュレート出来たんだよ
 この国は管理しやす過ぎる
 大体、一つのものに集中させ過ぎる、学校で言えば名札だとか、体操服とか、画一的なものにし過ぎ、東京に機能が集まり過ぎているのもそう、空気がどうとか言って集団の意見を一つ限りのものにしようとするのもそう、何もかも一つにまとめようとし過ぎている
 それだからツイテロの扇動がうまくゆき、電車の線路火災がシミュレートも実行も可能なものとなり、東京の機能を停止させられることにもなる、……そういったことが日本国の重傷となり得る
 ダイバーシティー、反-差別、聞こえはいいが、結局のところ生存戦略だよ、何でも分散化しよう、脱-中央集権化しようなんて言い出すことになる
 あるいは奇形化だね」
ずるり、と血みどろの男が立ち上がってきていた。
――口が動く……、渇いた、擦れた音を立てるようだ
 な、め、ん、じゃ、ねぇ……。
 それに、仮面の男は気付かない。
 電車の玩具を振りながら話し続ける。
「生物というのは奇形的進化を遂げるんだ
 しかし、一個体しかいない種族の進化なんて後がないし、控えもないから……、そうだ、奇形化するってのは死を意味することになるのかも知れないな
 進化の樹形図の分岐点に刃を突き立てる、ここが弱点……、今が急所」
仮面の男は、ポケットを漁っている。
 それは金属の棒のようなものだった。
 いつぞやのレールの破片のあまり?
「俺はナイフを突き立てる、……」
そうして、それを空中に差し込んだ。
 そのまま動かなくなっている。
 血みどろの男は立ち上がりつつある。
「そうだ、言ったかな? 大阪は局所的に機能を残すようにしか、詰まり、辺縁部のみしか破壊してないんだ……
 あそこは独立しているようなところがあったからね」
 僕は黙っておくことにする。
「既に大阪は別の国として機能しつつあるよ、そこではヤクザが王様なんだ
  横浜も茨城も独自機能しつつある、国家元首達は北海道に退避としたとか……、国の機能の中心はあちらに移行しつつあるようだな、北海道か……
――大麻の自生地域なんだけどな、ややもするとこちらよりマシか?
 中心を作るという発想がそもそも時代遅れなんだよ、それでも、あいつらは旭日や札幌でどうやらいい飯食ってるみたいだ、それはそうとロシアあたりのテロリストから連絡があったよ、どうやら提携したいと言っているらしい
 まぁ、あの政府達にしてみてもロシアに攻められるよりはいいんじゃないか? あちらのテロリストが攻撃してきたとなれば、反撃しても、一応、言い訳は立つし
 そうだとしてもこれは話が上手過ぎするな、どこかの国の後ろ盾があるのかも知れん
 そうだとすると、あれか? これ……
 矢張り、……」
ゆっくりと、大男が、彼の背後に回ってゆく。
 殺す……、のか?
 やってしまえ。
「大阪、福岡、名古屋、まぁ、五大都市だな、そういったものが中心となって立て直しをはかっているみたいだ、地方毎に随分と色が違うみたいだけどな
 というか移住が起きてるな」
彼の背後には、遂に大きな影が立ち上がろうとしているのだった。
 まるで、何か背景が用意されているかのようでもある。
「無領土国家なんて言うけど、実際起こるのはギュンター・グラスの文化国民じゃないが、思想的な類似性を通してまとまり、仮想的な国を作るとかいうより、実際の地、国や民族といったものに近親的になるかどうかの差じゃないかな……
 ネットを介して国が興るというより、別の国と連帯を結ぶかどうかといったことだと思う、思想的連帯、民族性への深い共感、といったようなね、それに、移住も容易になっているから
  市区町村クラスではもう起きていたことだよ、移住が容易になれば、人々はより福祉が充実している地方へと引っ越してしまう
 各自治体からすれば、どれだけ福祉を充実させられるかが人口を増やすのに一つの問題になっていたみたいだったもん……
 実のところ、経済的にダメージを与え、”大災禍”なんて呼ばれる爆撃を敢行してから、一番儲かったのは、人を国に送るビジネスだよ
 その為に各国が宣伝しまくっているんだ
 日米安保、集団的自衛権、各国協力、テロ被害援助なんて言ってるけど
  世知辛いね、けど、それでも自分だけは生きたいって言ってこの国を出てゆく人が後を絶たないんだよな、これが
 ハンバーガーの一つも食べられない国から、物の溢れた国へってね
 あと、コンドームビジネスか……」
――大きな影が、ナイフを振り降ろす

「”大災禍”、ね」
突き刺さった。
  血が漏れていった。
 振り返りざま、彼は銃を取り出し、撃った。
 それで大男は斃れた。
 彼が何かのスイッチを押すと、数瞬アラームが鳴り響く。
――止血する為かナイフを抑えたまま、立ち上がり、部屋の外へと彼は這うようにして歩き出ようとする
 他の死体に見えた男達も生きていたのか、立ち上がろうとするが、彼に殺されてゆく……。
 躊躇の無い死体製造行為。 
「大体、それを災害としているのがどうかしているんだよ
 日本人はそういったものに強いのかも知れないが、そういったのと同じ括りに入れようとしている訳……
 それを乗り越えていける、みたいな、今ニュースやワイドショーで会議がどうとかうるさいけど、要するに責任が誰にあるのかといった問題が騒がれているんだよ
 責任の押し付け合いだよ、テロを有事と見做すかどうか、その発言は誰がしたのか、決定権は誰にあるのか、あったのか、もうずっと前から押し付け合いが始まっているんだよ
 それで誰かが物を言ったり実行したりすると自殺まで追い込もうとする、……そういったことばかりをしようとしているんだ」
声が随分、小さくなっていた。
 医者に行くよ、と言い残していったように思う。
――メイドさん達は来なかった

 僕は立っていたと思う。
 いつの間にか、傍らにいつも給仕をしてくれる彼女がいた。
――殺さないんですか?
 と口だけで伝えてきていた。

 歩き出すことにする。