脳味噌破裂するような

"The Period!!"

 火を前にして彼は語る。 
 彼自身が一つの影となっているかのように踊りくねりながら。
 何かと何かとつなげ合わせようとするように、偉大な何かになろうとしているかのように。
 交信……。

"It was the best of times,
 it was the worst of times,
 it was the age of wisdom,
 it was the age of foolishness,
 it was the epoch of belief,
 it was the epoch of incredulity,
 it was the season of Light,
 it was the season of Darkness,
 it was the spring of hope,
 it was the winter of despair,

 we had everything before us, we had nothing before us, we were all going direct to Heaven, we were all going direct the other way— in short, the period was so far like the present period, that some of its noisiest authorities insisted on its being received, for good or for evil, in the superlative degree of comparison only."

 火に煽られた彼は一枚の影となり揺れ、立体物としてはひどく脆弱な様子だ……。
 それは既に地と同化しているようにも思われる。

――それが遠くから言葉を響かせるっ

 風が吹き上がり、それを掻き消そうとしていた。

 この破壊された閉塞を言祝ごう、閉塞が破壊されたことではなく、破壊された閉塞を、その残骸とも言い得る跡どもを……。
 壊れたものばかりが、朽ち果てゆくのを待つものばかりが、この平面上においては実在なのだと、そう思えないか……?

――俺は、そういう平面空間を作り上げたつもりだったんだがなぁ

 何も、無くなっていた。何も、そこには廃墟の跡ばかりが広がっていた。しかし、誰もそれを愛でるものはいなかった。荒廃した世界ばかりが僕のセンスに訴えるものであったのにも関わらず、どこにも誰もいないのだった。
 それは美しい、そこには何もない、何も無い……、ただコンクリートの残骸、平面とその向こうにある海ばかりが見える景色なのだった。
 僕には……理解出来ない、しかし、この光景を作り上げた彼の言うことなど。

――あれはそう、少し前のこと

「世界には理不尽と閉塞とが存在するよ、両方が手を取り合っていることもあれば、分裂しているときもある
 そういったものなのだろうと思う」
山上の展望台から町や海の方を望みながら、彼は言ったのだった。
 一瞬、何らかの天体的現象のためか弾ける陽光に、燦と照らされ、未だ健全であった頃のあの町が蜃気楼のように立ち上がる。
「世の中は不条理だとか、理不尽ばかりだと言う輩がいるけれどもさぁ、実際のところ、そういうこと言う奴らって理不尽を押し売りしたがっている、理不尽の元凶のパターンが多いんだよなぁ……」
可笑しげに、屈託のないgiggilingをする、喉の奥で立てる笑い、罪を責め立てる気などないといった風にしながら。
 俺は無害なんだとでも言いたげに、媚びを売るにように笑みながら。
 ……こちらを振り返る彼は逆光になり、シルエットと化して、一枚の平面となっている。
 ただ、歯ばかりが日を跳ね返していた。
 そこに鈍い光が一条、閃く。
 俺には、俺の罪なんてものが分からないんだが、そう言いつつ銃を手に取ったのだ。
――そうして、顳顬に当てる
 それが脈動するのに合わせて、その先も揺れた。
  目が血走っていた。
 きっと寝ていないからだろう。
 ……そのときは仕事をしていると言っていた筈だった。しかしながら、それが一体全体どういった仕事なのか、僕は聞いていなかった。
 彼は話し続ける。
 それを遮ると怒り出すので、そのままにするに越したことはないのだろうと思い、そのようにしていた。
 どこか、どこからか何かを燃やした煙の臭いが漂っていた、きっとどこかのおじいさんが、伐採した木材や廃棄物を不法に燃やしていたのだろう……、そんな場所だった。
 山の木々が葉を擦り合わせる。
 けど、俺は罪人のように責め立てられたよ、と彼は続ける。
 銃が火花を散らす、……硝煙を上げるそれは既に町の方へと向けられていた。
 ターゲットを示すように。
 しかしながら、一線、血が迸ることに気付かされる。
 まるで、わざとスカしたとでも言いたげに、血が流れてゆく。

 頭皮はその一撃で裂けていったらしく、流血がひどくなってゆく。……容易に柔らかに彼のそれは破れていったのだ。
 段々、赤色の量が夥しいとも言える程になりゆく。
 銃声のせいだろう、彼の耳は機能しなくなったのか、彼の言葉は発音がひどいものになっていた。
 イントネーションのおかしな言葉が紡がれてゆく。
「世界は不条理と理不尽とに埋め尽くされているだなんて思わないなぁ、どちらかと言えば、可能性とかそういったものに満ち溢れている気がするよっ
――実際、俺は何だって出来る
 でも、それが問題じゃない、そういった可能性を閉塞化させることが問題なんだよ
 世の中にはそういった人がたくさんいるじゃないか、既得権益を保持しようと他者がのし上がるのを手で抑えつけるような人間が。
  絶対に浮き上がらせないようにしている金持ちやその他が。
 しかし、実際のところただひたすらにそれらが疲弊してゆくという問題を除けば、いずれは確率的に発生することになる有能な存在をそれら、詰まり組織や集団から、排除してゆくことは可能だよ。
 間接的にその集団を殺してゆくことになり、ある層や特定の人達ばかりが富や権力、知や技術を独占することになるのだから。
 彼らが旨い物を食っていようとそれ以外の人達には知ったことじゃないんだ、だって旨い物って何?
 そもそもそういったものを思い描く想像力すら奪われて、下位層同士のヒエラルキー争いに意識が向くようにさせられているんだからね。しかし、想像力もテクノロジーも奪われた者達が最後に行き着く娯楽とは肉体によるものでしかない、いや、こんな話をするべきじゃなかった、でも、そうじゃないか……?
 あぁ……。そう、そうだ、そう。
 より、よく支配された、被支配者足る被支配者の方が上位カーストになれるのだと、ha,ha.
 そこでは〈彼らの〉障害者言説や優生思想といったものが差別意識やそれに反対する思想と間違って取り違えられることになるよ。
  ……でも、どうだっていいことだって思っているんだろうね。

――あぁ、原発だって壊すしね……
 彼ら、無知性であることを誇らしげに他者に振り翳していた者達は何を思うだろうよ、支配者達が彼を切り捨てると知ったなら
 しかしだね……。

 神様はCOINを振らないとアインシュタインは言ったらしいがね、詰まりは世界は決定論的なものなんだと……、如何にも物理学者らしい言葉じゃないか? しかしそれなら人間そのものは一つのコインであり、意思決定の主体だということになりはしないかね?
 我々がコインであり、時には如何様をしそれを引っ繰り返すことが出来るなんてことを彼はどう考えていたんだろう?
 しかし、そんなこと、天下のアインシュタインが考えた筈もないか……」

――あるいは、と彼は続ける

 俺が間違っているのかも知れないな。

 彼の言葉を理解し得る者は甚だしく少ないのだと、いつか彼が嘆いてみせたことがあったが、そんなこと、知ったことじゃない。
 影は血を止める。
 流れる、……血。
 何となく、ある単語が頭に思い浮かび、舌打ちをした。

”しかし、想像力もテクノロジーも奪われた者達が最後に行き着く娯楽とは肉体によるものでしかない、いや、こんな話をするべきじゃなかった、でも、そうじゃないか……?”

 そう、彼は言っていたが、その言葉を聞いている間眉を顰めていた僕に、弁解するようにして、
”あぁ……。そう、そうだ、そう。”
と言葉を濁すようにしていたのだった。
 それが……?
  と言いたくなった。けれども実際、それは確かなものなのかも知れなかった。
 荒廃した町には子が溢れていた。どこからかやってきたのか、生まれてからそれほど年数を経ていないといった幼い子供ら。
 想像力もテクノロジーも奪われた、被支配者らは、エリートでない、同じ下位層同士で競争を繰り広げている、らしい、……彼によればだが。それなら、彼ら子供達は、恐らくは殺戮マシーンとしてこの荒廃町(ファベーラ)を生きることになる者達は、その残滓とも言い得るだろうか?
 どうでもいいと思いながら、物品を提供してくれる筈の者の下へと赴く。
  いつか彼が言っていた言葉がまた再生される。そうなるくらいに至近距離で彼はがなり立てるのだった。
 あれは会って間も無い頃のことだった。
 しかし、そのことはいい、首を振り、彼の言葉を払った。

 どこからか醤油の臭いが漂ってきていた、どこか生臭さを残した、安物特有の、テロがあって以降流行るようになった調味料のそれが。
 一杯百円もしないそれが“御馳走”だという空気が流れるなんて、あいつがディケンズを引用するときになるまでは誰も思わなかったし、許したくなかったことだろう、いや、そう問いかけたなら、許してないと言うだろうか?
 ……子供達がすれ違い越しに眼差しによって、それのみによって苦痛を訴えかけていてた。

 何もすることなく、ただ物品を提供してくれる者のところへとゆく。

 どうしてかは知らないが、テロリスト達には子供を観察する趣味を持つ者が多いと聞く。