脳味噌破裂するような(4)

 ”腐敗”が進められてゆく。――殺戮マシーンとなりゆくコスプレイヤー達、人ならぬ者としての装いをした子供達に、テロの”同志”達が大麻を配っていた。
 ……彼ら、”新しい者”達に麻薬を渡し、腐敗者を増やすことになる者達。
 恐れ懼(おのの)く者達に快楽の種を渡す者達……。
――いずれ芽吹く恐怖のシード

 自身らの親を殺し、兄弟を拐かし、知り合い達を持っていった筈のテロリスト達に子供達は近付いていった。
  おやつをあげておけば懐いてくれる、とあいつは言っていたけれども、実際、麻薬を配る役に自ら子供達はなりたがった。
 麻薬、麻薬、麻薬が欲しいと言っていた。
――それを自分達が使うのではなく、大人達に売っているようだった
 時折、一部をくすねてもいるようだったが……。
 彼ら子供達には時折、嘗ては成人向けとされていた同人誌やポルノが配られもし、欲しがる手にそれらは渡されていったのだった。
 荒廃した町を通っていると、瓦礫に腰掛けながら、集団でそれを読んでいる姿を見かけることも稀にあった。
 随分と愉しんでいるような野心を抱いているような、これを実現させるんだと欲望しているような目をしながら、ガキ大将らしき少年がそれを読んでいるのを、そして子分肌らしい者達が囲んで見ているといったような……。
 そういう様子からして、彼らにとってそれは随分と重宝されているらしいことが分かった。
――ただ、食事にはあまり関心を示さなかった
 既に調理されたものではなく、基本的にただ食糧を渡していくだけなのだが、時には配給のようなこともし、そういう場合には彼らは、大麻によって柔らかくなり崩れた歯によって、白米の飯を、器用に食べてゆくのだが、少ななそれを手早に嚥下し、摂取してしまうのだった。
 渡された以上は求めてこなかった。……少し、離れたところに行ってみると、奪い合いをしている姿を拝めることもあるが、実際のところテロリスト達を前には、そういった暴れるような姿を晒さなかった。
 しかし、それにしても、……随分と彼らは臭った。
 同志達の中には気に入った女子をずっと傍に置いている者もいたが、そうやって衣料品の宛がわれ、満足に食糧の与えられ、身体を綺麗に保つ嘗ての知り合い達のことを、彼らが見るときには、ほとんど表情を変えずにそうしていたのだった。
 一度、きっと好きだったのだろう、女子を連れて歩いていたテロの同志の背に向けて、少年達が石を投げつけているのを見掛けての他、……そういった例(ためし)はなかった。……その少年達は後日、”玩具”にされたらしかった。
 麻薬売りの子供達をテロリストならぬ大人が連れ去ることもよくあった。そういった子供達は後日、死骸となって発見されることが多かった。
 ただ、殴られて死ぬだけの者も結構いた。
 けれども概して大人達は麻薬売りの子供達にあまり手はかけなかった。
 そういう暴力や傷害行為のようなものが起こる頻度というのは時期によって上下するものだが、あるいは安全な時期、そういうときには夜中にランタンを掲げ仮装した子供達が廃墟と化した町を徘徊するのだった。
 少年兵として殺害行為をし、テロリストになる少年達もいた。そういった少年は自分達の出身地に戻ったとき、如何に自分が凄かったのか、誇張しながら成果を語るのだった。
 ……けれども、自慢をしても賞賛されるケースはあまりなかったようだった。
 妬み半分に誹りを受けてもいるようだった。
 果たして、自身等の親を殺した者達に加担し、また別の町で人を殺し、自分達のような子供を増やす知り合いの少年達について彼らはどう思っていたのだろう? そんなこと知ることが出来る訳なんてないけど。
 それから、自分達の好きな女子のその先がどうなったのかということについてどんな考えを膨らませていたのだろうか? 実際のところ、そういったものをテロリストになれば知ることが出来るのかも知れないが……。

 ”大災禍”以降に彷徨うようになった子供達にとってテロリストっていい奴なのか、何なのか、あいつに問い掛ける者がいたことがあった。
「うん? いい奴に決まってんだろ?」
と彼は言っていただろうか?
「飯くれてポルノくれたら、大体いい奴なんだよっ
 ……自分の親よりいいんじゃないか? 好きに出来るんだから」
それを聞いて、納得いかなげに質問者は首を傾げていたが、実際のところはどうか知らない。

 僕も、そういった子供らに薬を配る場に出向かされることがあった。……現場を見ておけ、ということらしい。
 身装も容姿も、珍しいと思ったのか、子供達は僕のことを囲んでいた。いつも見ているような、身体の大きな、柄の悪そうなお兄さんじゃないことが意外だったのだろうか……?

――彼らと関わりたくなんてなかったが、彼らは何がしかの興味を示してきた……

 しばらくそうやって接している内に、彼らが何かを聞きたがっていることに気付かされた。
 何かって何……? けれども、何かは何かだった。
 テロ組織について何か大切なことを知らせてくれると思ったのかも知れない。
 もしかしたらゴシップのようなものについて聞きたがっていたのかも知れない。
 ひょっとすると、こういった子供達の日常というのは変わり映えのしないものなんだろうか……?
 ともかく、退屈しているようにも思えた。

――僕はただ、薬を配り、その場で吸わせた

 そういった場には、テロリスト達のエピソードを聞かせる者もいた。
「ドローンを使って発電所を攻撃したんだ」
「発電所って何?」
――子供達はよく質問してきた
「電気を作るところだよ」
「電気って何?」
「物を動かすのに必要なエネルギーってものさ」
「エネルギー?」
「何かが動くにはエネルギーが必要なんだ」
「何で?」
「そういうものなんだよ」
あいつによると、子供達のほとんどは学習意欲というものをもたないそうだが、こういった物語については、よく聞きたがった。
 質問に答えるのが面倒になったからだろうか、神が創造したとか、テロリスト達は神に命じられるままに行動をしているのだとか、そういったことを言う者もいた。
 それで、テロリスト達のエピソードは地方ごとに異なることになったのだった。
 ただ、話の大筋はあまり変えないようだった。

――原発を占拠したときの話を、よく、そういった同志達は、語った
 電波妨害器を回避したこと、その為に画像認識技術を応用したこと。自分でターゲットをドローンが認識出来るのなら、電波で操作されなくても、自律的に攻撃を行えること……。
 電波妨害器さえあればドローンへの対策は充分だと思われていたのか、ドローンの対策が手薄だったこと。
 原発を爆破して世界中を攻撃するよりも寧ろ、いつでもそれを爆破出来るということ、抑止力を持つことが大切だということ……。そういったことも、彼らは語ってしまうようだった。
 子供達は詮索好きだったのだ。

 過去に実績を上げたテロリスト達の真似を、彼らはした。
 ごっこ遊びをしているようだったのだ。

――僕は薬物を摂取させていたのだが……

 そのまま、ごっこ遊びにのめり込むと、彼らの夢想に彼らは入り込んでしまうようだった。
 いきなり現われた公安への反撃、……撃退をする者、それがいかに勇敢だったのか、いかに正当なものだったのか、弱者を助け、強者を挫くのか、彼らは語りながら、半狂乱になって述べながら、空中にいるらしい何かと戦って見せていた。
 大体、そういうときは装いを変え、仮面を着けていた。
 それは彼らにとって正義の戦いであり、戦いごっこであるらしかった。

――人が死ぬことを彼らは求めていた……

 端的に、彼らは高揚しているらしかった。
 あるいは愉しんでいたのだろうと思う。

 面白がっていたのか、何なのか。

 特にラブロマンスの介入する余地は無かった筈だが、リーダー格らしい少年が、またマドンナ役らしい少女と結ばれる、というエンドが付け足されるというのも一つのパターンになっていた。

 そして、子分肌らしい少年達は、口々にそれを誉め讃える。
 時には、少年の中の一人が悪役とされ、その遊びの中で殺されることもあった。

 ……リーダー格の少年がそうやって戦っている間、他の男子達は手持無沙汰になったのか、また高揚を発散させようとしたのか、音を奏でるようになっていた。
 こうやってコミューンごとに発達をしているようだったが、他のコミューンの情報がテロの同志越しに齎されることもあるので、大凡発達レベルが等しくなっていた。

 こちらに話し掛けてくる者には薬物を摂取させた。また、酒や煙草を与える者もいた。
 関わりたくなかったのだろう。
 彼らは何を仕出かすか分からないのだから。

 そう、薬物を摂取すると半狂乱になって彼らは暴れ始めた。周りのことなんて何も気にしなくなった。
 いたずらに殴り合あったり、絡み合ったりするようにもなった。

 それに、不潔だった。
 そうして僕は、なるべく早く引き上げた。

――どこか遠くから、テロに加担しない大人達はそれを見ている様子だった

「子供達が羨ましいんだ」
といつかあいつが言っていたことがあった。
 そう言えば。

「それというのも、子供は子供というだけで売り子をやらせて貰えるし、その対価として食糧が得られるからなんだ
 ……あいつら疾しい大人はそれを羨んでいるんだよ」
椅子に凭れて、眠るような姿勢になって仮面の男は語るのだった。
「大体、子供に売り子をやらせるのも、……何だろう? あぁ、そうだ、……うん。何だ……?

 うん……?」
頭を抑えて、彼は項垂れるようになった。
「そうだ。あぁ、考えたくもないこと考えたくねぇ……。何で子供がどうとか言わなくちゃいけないんだ
 俺は殺しちゃおっかな、まぁ
 あっ」

「大人とか、好きにするしさ
 ……酒、煙草、薬物、そういったもので腐ってくじゃん」

 そうして、身を起こすと、
「そうだ、だって子供襲いたがる大人いたって、薬物使ったらお終いになっちゃうじゃん?
 一応、監視役もいるしさ、薬奪ってまた転売してとか、しないでしょ?」
それで充分だと言わんばかりに、彼は面倒臭そうに、宙空に向けて銃を放った。

 恐らく、空想上の子供を殺したのだろう。