永遠のマングル

―必ず貴女を見つけ出す。この身は今世限りのものであろうとも、我が魂は貴女を永久に刻み続けよう。―

―ええ、きっと見つけ出して。また会いましょう。今度は平和な時代で。―


 昔から不思議な夢をよく見る。戦士のような男と姫のような女が出てくるのだが、細かいことはあまりよく分からない。多分子供の時に見たテレビアニメとか絵本なんかじゃないかと思う。部活や塾なんかの帰りにはとっくにくたくたで、いつの間にか毎週同じ時間にアニメを見ることはなくなっていた。もちろん絵本はもう読むことはない。別にそれは特別不思議なことでもないし、かつて慣れ親しんだものであっても、誰だっていつかは別れていくものだと思う。

「へえ、君は案外ロマンチストだったんだね」

聞き出しておきながらのこの物言いに、眉間がピクリと反応した。

「はあ?お前が最近見た夢を聞かせろとか言い出すからぁ」

さらに奴は隙を挟まず続けた。

「でもね、こんなのはどうかな。君はその夢の中の男で、お姫様を迎えるために転生してきたのだとしたら。どうする?」

「どうって、別にどうもしねえよ。そいつはそいつ、俺は俺だろ」

現代社会において家のしきたりだとか、地域社会だとか、ましてや前世のとんだ置き土産なんぞに縛られたくはない。

「はは、羨ましいよ。その心意気見習いたいね。君はいつもその調子で、地域の教室中で最下位だしね」

などとほざきながら、奴は教室に張り出された実力テストの結果を見やり、せせら笑う。この塾独自のテストで、周辺地域内の教室合同の順位付けになっている。奴はいつも通りに上位十位以内くらいだと思うが、どうでもいい。俺はというと、順当に最下位だ。ほっとけ。

「ハイハイ、すごいよお前は。そんじゃ俺は最下位維持で忙しいから、またな」


 返事は聞かずに、さっさと教室から出た。足早に次の時間の教室に向かいながら、後方を確認する。うるさい奴は撒いたようだった。ただ、奴の顔が少しこわばっていたのが今になって気にかかった。

後ろから小走りの女子がやってきたので、気持ち程度に道の端に寄る。だが、女子は俺を前にして止まった。なんだか相手の様相がおかしい。

思わず後ずさると、女子はにじり寄ってきた。よく見ると彼女は塾で同じクラスでもあり、同じ学校の同級生だ。しかし、あまりよく知らない子でもある。

たったの数十秒のことであったかもしれないが、あまりにも気まずい無言の応酬が続く。

「な…ん…ですか?」と、先に沈黙を破ったのは俺だった。

「あのっ…」

「アノ?」

「…は…い。さっきしてた…夢の話が聞こえちゃって。私も見たんです。そういうのを」

確かに彼女は俺たちの後ろの方に座っていた。昔から俺は声が馬鹿でかいし、周りに駄々洩れているのも無理はない。それにしても、いつもひとりで黙りこくっている彼女が話している姿は、なかなかに珍しい。

「男の…あっ…いや、王子様が女の子に誓いを立てるところで。なんだか王子様はあなたに似ていて…っあっ。もしかしたらその女の子は私かも…って」顔を真っ赤にしながら、一生懸命になって伝えてくる。なんだか必死になりすぎて、変な汗までかいていた。

「はあ~?そんな…こともある?のか」と独り言ちると、さっきの会話を振り返っていた。つまり、彼女が夢の中に出てきたお姫様で、俺が戦士の男?いや、彼女は王子と言っていたから、王子なのかも。

しかし、例え前世がそうだったとして、今の俺に何のメリットがあるのだろうか。前世が王子だったとして、俺のテストの点数は王子パワーで、もりもりと上がってしまうのか。俺んちのかび臭いボロアパートは、大豪邸へと変貌するのか。

こうして女の子に言い寄られるのは悪い気はしないが、”奴”の言う通りになるのはなんだか癪だった。

「それで、君は俺とどうしたい?別にこのまま、前世の運命の人はただのクラスメートの一人でしたーって終わってもよくない?無理してデートだの結婚だのするのは、君も辛く…ない?」

すると彼女は目でこちらに訴えながらかぶりを振った。また言葉に詰まっているようで、小さい顔をしわしわにして唸っている。

「よくっ、ない…の。…ずっとあなたのことが好きで…前から…」

「えっ…へええええ?!」予想外の言葉に、俺ながらあまりにも情けない声が漏れた。

場を選ばない爆弾発言に、頭が真っ白だ。呆然と彼女の顔を見ていると、実はかなりかわいい部類であることに気が付く。…アリかもしれない。正気を取り戻すと、周りにそこそこの数の人が、足を止めてこちらを見ていることに気が付いた。

「…ッ!教室まで逃げよう」

彼女の腕を掴むと、短く悲鳴が上がった。ともかく、授業時間も迫っていたし引っ張りながら走る。肩で呼吸をしながら二人で教室に突撃すると、隣り合った二つの席が空けられていた。他は埋まっていたので仕方ない、ぎこちなく二人でそこに座る。どこで聞いていたのやら。クスクスと辺りから聞こえるのが、居心地悪くさせた。

「引っ張っちゃってごめんな。痛くない?そんで…」

俺まで顔が熱くなってしまった。気恥ずかしくて、彼女の方をまっすぐに向き直ることができない。顔は正面を向けたまま、目だけを動かしてちらちらと様子を伺う。

「その…ありがとう。でも俺たちそもそも、初めてさっきちゃんと喋ったしさ…」

言葉に迷っている間に、彼女の顔はみるみる曇っていく。まずい。

「友達から…ってのはさ?」と言いながら彼女の方を伺う。

「はいっ」と彼女は食い気味に即答した。思っていたよりも明るい調子であることに両眉が上がる。

***

僕の前世はおそらく鳥類だった。己の身体を覆う白い羽、わずかながらに飛行できたことが記憶の片隅にある。
なにより視界が人間のそれよりも優れており、色彩豊かで、明瞭だった。そう、僕はそれ以前にも別の生物であったり、はたまた人間であったことも何度かある。

生まれ変わった時に必ずしも記憶が鮮明に蘇るというわけでもなく、少しずつ過去に何かを取り残したまま、今の今まで進んできた。
その中でも無意識の中に、ある悲願は残り続け、もはやそれは本能と呼べるようにもなっているのかもしれない。これまで何度も転生を繰り返す中でも、それに縛られ続けた。

 
今世では秀才少年の僕だが、前世はおそらく鳥類で、それより前には蝉だったと思しき記憶がある。
その時の記憶が全編に渡って、ひたすらに暗く、土の匂いがした。その間中はジッと動かなかった気がする。
こうした過去の記憶は、たまに夢となって脳裏に蘇ることもある。

それ以前からも転生のリレーは続いているが、この永遠とも思える時間の旅路の始まりは一人の男からだった。
“彼“の一生限りでは遂げられなかったこと。それはある身分の違う女と添い遂げることだった。
傭兵であったその男は、雇われ先のさる貴族の令嬢と想いを通わせた。

二人は終ぞ結ばれることはなかったが、お互いがお互いの生を望み、心中などしなかった。しかし、男は愛する人に看取られることもなく、戦場の中で独り息を引き取った。

既に原初の記憶は失われつつある。それでも悲願が果たされるまで、転生を繰り返し続けるのだろう。なんと途方もない話であろうか。

以前僕が蝉だった時、君もおそらく蝉だった。直感だが、間違いなかったと思う。長い地中生活の果てに、地上で君と再会した時には、既に君はこと切れていた。その時の僕に残された時間は短かったが、朽ちていく君の隣に寄り添い、ただ死を待った。

それよりかなり古い記憶に、人間だったことがある。まだ庶民には夜間の照明は高価で普及せず、夜の町は闇の中だった時代だった。その時の僕は故郷を捨てて、各地を行脚しあてどなく君を探した。結局は君を見つけ出すことなく一生を閉じたが、その時の僕が残した詩は現代にも伝わっていたりする。

現世に生まれ変わった“かつての女”と結ばれさえすれば、“彼”の想いは遂げられるのか。僕は解放されるのだろうか。
しかしそれはもはや今世ではかなわない。


“かつての男”は僕で、“彼女”は君だった。


前世の因縁などに縛られず、己の一生を遂げるんだと何度も心を固めた。
しかし生まれ変わってきた“君”と出会う度に、恋をした。

この因縁が僕らの友情を歪めたのだろうか、いや分からない。先の質問で確信に至るまでにも、僕は君を好いていた。それがどの分類に当たるものなのか、考えたことなどない。

例え僕が君に友愛ではなく性愛を求めたとして、君は応えてくれるのだろうか。

あの女が適当に話を合わせていることは、僕にとっては明け透けな噓だった。けれども、こういう一幕は珍しくもない。だが、僕が本当のことを君に語ったとして、義務感や憐れみから結ばれたくなかった。

“君”自身に、もう一度選ばれたかった。

「どうした。なんでそんなに顔が真っ赤なんだ。なんだか珍しく弱ってないか?」
不意に背後から“君”はやってきて、身構える間もない。

「君には、見られたくなかったよ」

「なっ、お前。泣いて…」

「なんでもないから。みるなよ…」本人の顔が目に入ると、なおさら涙が止まらなくなる。たまらなく彼のことが好きだった。
「ったく…どうしてここに。あの娘と、一緒に帰れよ」

「いやあ、お前も見てたのか。…はあ。」頭をボリボリ搔きながら彼は続けた。
「なぜだか知らんがかわいい子に好かれてて、しかも告白までされちまうってのは嬉しかった。嬉しかったけどよ、やっぱ前世がどうとかってのはよくわからんし、俺は俺だ」

「はあ…」

「まあ、俺の頭は今も混乱しているし、一度冷やすためにここまで来たんだが、お前もここにいたんだ」

「じゃあ、邪魔したね。行くよ」


「待てって!」

僕の心内など知るはずもないが、彼は僕を引き留めようとする。制止を振り切って、走り抜けた。今はただ一人になりたかった。

***

(知らん女の子より、お前の方が……チョット大事に決まってるだろ)

奴をここで放っておいたら一生後悔する気がした。なんだか顔中が熱い。俺の心が猛烈に反応している感じがする。とにかくこのままでは居れないもどかしさが、俺を突き動かす!

「さっき、言うだけ言っといて、逃げんな!俺の話も聞けーーーっ!」

全力で追いかけた。かけがえのない何かを手離してしまわないように。