リアルってすごい

 僕の部屋は右の角部屋で、ベッドは左の壁にくっ付けて配置しています。

 ある日、いつものように仕事が終わって仮眠をしていた時です。隣から(私側の壁に)何か物をぶつける音がして目が覚めました。

 眠い目を擦りながら起き、壁に耳を澄ませると隣から「なんで俺だけ…」「なんで上手くいかないんだ…」と(断片的に)呟く声が聞こえます。

 最初はテレビか何かの声かと思ったのですが、似たような内容が何度も続いたり、その後には必ず何かを投げつける音が聞こえたので「あ、これは隣人の声だ」と確信しました。

 僕は隣人を数回しか見たことがありません。

 それもチラッとですが、その時はスーツ姿の社会人の様な見た目(多分、様なではなく社会人)で、こういっては何ですが普通の人のように感じました。

 そんな人が夜中に発狂して部屋の中にも関わらず物を投げている。

 いつの間にか、僕は眠いのも忘れて何十分も壁に耳を押し付けていました。

 

 何も聞こえなくなり数時間、僕は付けっぱなしだったパソコンで適当なバラエティー番組を再生します。

 ですが、その数十分後にまた隣から物を投げる音と何か叫ぶような声が聞こえました。

 ヘットフォンをするなりして無視すればいいのに、僕は素早くパソコンを落とすと、先ほどと同じように壁に耳を押し付けながら聴覚を研ぎ澄ますために目まで閉じていたのです。

 物をぶつける音、何かに長々と文句をいう声は薄い壁とはいえ聞き取れないことが多く、稀に聞き取れても「もう嫌だ…」といった抽象的なもので、はっきり言ってつまらない内容のはず。

 にも関わらず、僕はバラエティー番組を閉じてまで耳を澄まして聞いていたのです。

 だってそれは、完全なリアルだったのですから。

 作られたものではない。100%純粋なリアル。

 面白いとか面白くないとか、そういったベクトルとは違う。

 そしてここからはノーリアル、妄想。

 もしかすると隣人は会社で何か嫌なことがあって発狂しているのかもしれない。もしかすると隣人は自暴自棄になって窓ガラスを割りながら襲ったり、このアパートを燃やすかもしれない。前者の場合、僕は震えずに包丁の場所へ行かなくてはいけない。そもそも相手は窓ガラスを割るわけだからハンマーやバットである可能性が高い。リーチに差があるが大丈夫なのか? 後者の場合、タオルケットを水に浸して被れば炎の中でも脱出できるだろうか? そんな経験がないから分からない。

 そんなことが頭をぐるぐると回り続ける中、僕は今朝なにかに挟んで生まれた内出血の跡を押し付けて我に返った。


 「くだらないこと考えてないで仕事しよう」

 リアルってクソだ。

 

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