3章(3);少し昔の話


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「じゃあ、行ってきます」

「お邪魔しました。また伺います!」

揃えたように言って、若い2人は連れ立って出て行った。
ドアベルが小さな音をたてる。

「いやぁ……なんだ、青春?」

つい零してしまった言葉に、しろが笑った。

「本当にねぇ。
 あの子たち見てると、やっぱり思うわよねぇ」

年寄りみたいなことを言ってしまったな、と思ったのだけれど、
まぁいい。
しろもくろも、どうせ同年代だ。今さら若ぶることもない。

「あれだな、あの美咲って子は、こう、残念なくらい可愛いな」

「残念?」

「なんかこう、剛胆な感じの子なのになぁ。
 あの外見じゃそれが相殺されちまう」

あぁなるほどね、と食器を磨きながらしろが言う。

「いいんじゃない?
 きっと毒吐かれた時の威力は倍増よ?」

たしかに。
少し話しただけだけれど、あの子なら随分な一撃を放ってきそうだ。

「まぁ、何より、坊主だな。
 なぁおい、あいつ変わったなぁ!」

「そうなのよ」

ふふふ、としろが嬉しそうに笑う。
どれだけ嬉しそうなのか、あの坊主にもこのまま見せてやりたい。
くろは裏で調理にかかっているらしいが、下手な鼻歌が聞こえて来た。
こっちの声が聞こえていたのだろう。
この鼻歌も、あの坊主に聞かせてやりたいと思う。


最初にあの坊主を見たときは、
まさか、こんな風に
女の子と連れ立って、照れたように出掛けて行く様を見られるとは思っていなかった。

だって最初に見かけたアイツは、
もっとずっと、大人みたいな顔をしていたんだ。
それこそ、自分らと同年代の年寄りか! ってくらいのものだった。


初めてアイツを見かけたのは、
彼がまだ中学を卒業したてのころだ。
ここに住み始めて数週間、くらいの時期だったと思う。
しろとくろが
「見知らぬ子どもを拾った」「一緒に住むことにした」なんて便りを寄越すから、
意味もわからず、ともかく心配になった。
何か問題があったり凶暴だったりするヤツを引き込んじまってるんならどうしようかと、
2人の底なしのようなお人好しさを思って、いてもたってもいられなくなったのだ。

ともかくはその子どもとやらを実際に見て、
少しでも何かありそうであれば、すぐにでも追い出してやる。
そう思っていた。
子どもの家出なのだ、よくある親との喧嘩だろう。
第一未成年の、何の縁もない子どもを住まわせたりなんかしたら、
もし保護者にクレームでもつけられようものなら、
2人は誘拐罪で捕まってしまう。
子どものワガママなんかで、2人をそんな目に遭わせてしまうわけにはいかない。
だから急いで帰国したのだ。

けれど一目その子どもを見て、それまでに抱いていた予想が覆された。

随分と枯れたガキだと思った。
子どもっぽいどころか、
そこらの大人より、むしろ自分なんかよりもずっとしっかりしたヤツだろうと。
この年でこれは逆に問題だらけなのでは、とも思ったけれど、
行動やら仕草やら言葉尻やらに問題がなさすぎて、
どこからどう突っ込んでいいのか、その隙さえ見つけられなかった。

挨拶はしっかりしていたけれど、極度の人見知りだということはすぐにわかった。
しろとくろじゃなきゃ、きっと住みつくなんてことにはならなかっただろう。

年相応のあけすけさのようなものが皆無だった。
だからと言って、歪んだりへしゃげたりしているわけでもなく、
荒んでいるわけでもなく、
ただ「いろいろどうでもいいんだろうな」という印象が強かった。

詳しくは知らないが、
聞けば、なんだか事情があって、取る物も取り敢えず家を出て来たのだという。
そうして、保護者が自分を探しにくることは「絶対にない」と。
ガキの言うそんな言葉、普段なら「信じられるかよ」と突っぱねるところだが、
おそらく本当にそうなのだろうと、どうしてだか、思わされてしまった。

この時勢に、高校にも進学せずに家を出ると決めるなんてよっぽどのことだろうに、
坊主からはその「よっぽど感」が感じられない。
若いくせに、諦めた進路分の、うちひしがれた様子もひねくれた様子も見せなかった。
可愛くないガキだと思った。
素直にその状況やら環境を悲しんでみせたり、怒りに変えて暴れてみたりしてくれれば、
こっちも相応の対応をできただろうに。
そんな態度を欠片も見せてくれないから、
どうしたらいいのやら、戸惑ってしまったのだ。

「……いい子なんだよ」

ガキが2階にあてがわれた自室に戻ってしばらくしてから、くろが言った。
「そうだろうな」としか言えなかった。


知らせを受けて『カフェR』にかけこんだのは、帰国してすぐ、朝一番の時間。
ガキとは、それから夜まで、大して喋りもせずに過ごしただけだったけれど、
ガキ自体にはなんら問題があるわけではない、ということがわかってしまった。
詳しくは知らなくても。
少し無口なだけで、本当にしっかりしたガキだった。
だからこそ、むしろ「問題」を相当に抱えたヤツなのではないかという不安が増してしまった。
少なくとも自分が知っている限りでの「子ども」は、
表に出そうが隠そうが、もっとワガママだったり、自意識過剰だったりしていた。
悩んだり迷ったりして、
暗くなったり明るくなったりしていた。
弱気になったり、
暴力に訴えてみたりいじめの加害者になってみたりだのの、最低な行為に走ってみたりしていた。
少なくとも、何かしらの「サイン」や「目印」のようなモノを発していた。
そう思っていた。

けれど、違った。
まっとうな人間だった。
それはおそらく、
逆にとても不健全で、
とても失礼な話だが、不憫だとも思った。

だから言えなかったのだ。
「ガキなんて追い出しちまえ」とか、「アイツはやめとけ」とか、
言いたいことも言おうと思っていたこともたくさんあったのに、何一つ。

何も言えないまま、
翌日にはまた飛行機に飛び乗って、当時滞在していた国に戻った。
出立の日の朝、ガキは丁寧な仕草で2人の仕事を手伝っていて、
見送ってくれる言葉もしっかりとしたものだった。

滞在する国を変えても、しろとくろに連絡はしていたから
それからもたびたび、便りは受け取っていた。
2人の近況に加えて、
坊主がどうしたのこうしたのといちいち知らせて来ていて、
便りを見る限りでは、楽しそうにやっているようで安心した。
坊主の保護者は、本当にガキを探しに来ることもなかったようで、
半年が過ぎ、1年が過ぎても、彼は2人と暮らしていた。

帰国のたびに店にも顔を出していた。
人見知りの坊主も、次第に慣れた様子で話しかけて来るようになっていた。

坊主が店に住むようになってどれくらいだったかは、もう覚えていないけれど、
ヒロキとかいう友人ができたあたりから、坊主の様子が変わって来たらしい。
次第に言葉を交わすことが増え、
自分の思っていることや考えていることを伝えてくれることも出て来たという。
一緒に住んでいるしろとくろにもそんなんなのかよ、と思ったけれど、
帰国して坊主の顔を見て、2人の言いたかったことが少し、わかったような気がした。
ただ「会話が増えた」というだけではおそらくない。
坊主の顔つきが変わっていた。
それはもう、随分と子どもっぽく。

「……坊主、お前子どもだったんだな」

言うと坊主は、何を今さら、という顔で見返して来た。
「初めて会ったときから今だってずっと未成年ですよ」などと言われる。
そういうことではないのだ。
けれどこういう変化は、自分ではわからないものなのかもしれない。

枯れたヤツだと思っていた。
けれど、ちゃんと育っていた。
育った結果が「子どもっぽくなる」というのがどこか間違っているような気もしたけれど、
まぁ、それが坊主の、坊主なりの成長の仕方なのだろう。
だから、仕方がないのだろう。

年を経るごとに、坊主は「子どもらしい」顔を見せるようになった。
彼がおそらく、これまで持っていなかったのだろう「子どもっぽい顔つき」に。
その成長を見るのは、いつしか自分にとっても楽しみにもなった。


これなら、きっと大丈夫だろう。
どんどんと「子どもっぽく」成長していく坊主も、
いつになるかはわからないけれど
きっといつか、どこかで、何かのキッカケで、
本当に「大人」に向かってのびていけるだろう。
そう思えた。


そんな風に、坊主を見る楽しみと言えば
年々「子どもっぽく」成長していく様子だけだと思っていたのに。

あのガキがまさか、知らぬ間に彼女を作っていて、
それで照れた様子だったりなんだりを見せてくれるだなんて。
想像もできなかった。
嬉しい変化だ。


「あのね、この前わたし、怒られちゃったの」

また嬉しそうにしろが言う。

「美咲ちゃんにいろいろ話そうとしたら、
 余計なことは言わないでくれーって。怒られちゃったのよ」

「おぉ、それはすごいな」

出会った頃の坊主だったら、きっとそんなことはしなかった。
怒ることも、止めることもせず、きっと諦めていた。
そうして、本当は不本意なのだろうことをただ受け入れて、
それすらも「どうでもいい」と判断していただろう。

しろに坊主が怒ったのなら、
それはきっと、信頼の証だ。


「で、あんた、またもうすぐどっか行っちゃうんだっけ?
 今度はどこ行くのよ」

「あぁ、とりあえず西だな」

「西?」

「今度は国内だよ。
 もうすぐ桜の季節だからな。
 どっか適当に西の方行って、前線にぶち当たったら一緒に北上しようかと思ってる」

「あらいいわねそれ」

「だろ?」


このあたりではまだ蕾は固いからわかりにくいけれど、
でも、もうもうすぐだ。


「ま、今度はそう間をあけずにまた来るよ」

「お土産楽しみにしてるわね」

相変わらず、しろはちゃっかりしている。


あと、もう少し。
春が来るのだ。


(to be continued...)

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佐原チハル@趣味小説置き場
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