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おひとり様で よろしいでしょうか

 皆さんは、一人で喫茶店に行ったことがあるだろうか。

 喫茶店とカフェの違いについては、調べてみると見分けが難しいようで、店主の好みによってどうとでも言えると書かれているサイトもあった。とりあえずここでは、喫茶店とは「スタバやドトールより本格的な感じのところ」としておこう。カウンターで出来上がるのを待って机に自分で持っていくのではなく、机で注文して奥で作られたものを店員が持ってきてくれるっていう感じの。

 僕は横浜にいた時、珈琲館というチェーン展開している喫茶店に一人で二回だけ行ったことがある。一回目は、帰宅中にマンションの鍵を部屋に置いてきてしまったのに気づき、一緒に住んでいた鍵を持っている弟が帰ってくるのを待たなければならなかった時。二回目は、部活の追いコンまでに時間が余っていてやることがなかった時。

 喫茶店には一度は行ってみたいとかねてから思っていた。それも一人で。入口のドアについている鈴をカランと鳴らしながら入り、洋菓子か何かをチマチマ味わいながら一人でゆっくりと、時には店員さんと「今日は暑いですなあ」とか話しながら、ココアやカフェオレ(ブラックコーヒーは飲めないんです僕)を飲んでみたかった。喫茶店に入れば、自然とそういうことができるような気がしていた。

 しかし、それがどうも、思っていたのと違ったという話をしたい。というより、可能であったのに僕がそうできなかったというべきでしょうか。店のせいではなく、完全に僕の性分の問題であったと思う。

 初めて一人で喫茶店に行ったのは、さっき話した珈琲館への一回目の訪問である。鍵を忘れちまったな、どっかで時間を潰さなきゃ、と思っていた時、近くに喫茶店があることを思い出し、よし行ってみるかということになったのだった。

 店に入った。思った通りと言うべきか、カウンターも厨房もかなりおしゃれだ。薄暗くはなく、明るかった。

 席に案内され、座った。まずはメニューだ。どんなものがあるんだろう。やっぱ本格的でお高いメニューがあるんだろうか。おお、ココアにはクリームが入っているのか。パフェもある。ココアとパフェ、甘いものだらけになるけどいいか。あれ、パスタもあるのか。

 そんな風にメニューを見ていると、突然、

 「何になさいますか。」

 ふと顔を上げると、店員のお姉さんが僕の注文を待っていた。

 あれ?俺、まだ呼んでないぞ?そう思った僕は、すぐに「このお姉さん、俺を別の客と間違えているんだ」と悟った。

 しかし、同時に僕はちょっと焦っていた。なぜなら、頼んでいないものが来るようなことは経験したことがあっても、呼んでもいないうちに店員が来るという事態は経験したことがなかったからだ。しかもその店員さんは、「もし既にお決まりでしたらお伺いします」という態度ではなく、明らかに「どれにしましたか」みたいな態度で僕の前に現れた。

 その結果、僕は焦って、「いや、あのまだ、まだ呼んでないんですが、・・・まだ呼んでないんですが・・・」と、大人との話し方が分からない小学生みたいに訴えた。

 すると店員さんは、なんと親指を立てて「また来ます☆」と言って去っていった。

 その瞬間、僕は全てを理解した。ああ、そうか、ここはそういう店なんだ。あまりにも気の利く店ってことだ。俺はメニューを長いこと見ていた。それでそろそろ決まっていてもいい頃だと見計らって、自分から聞きに来てくれたんだ。ここはスタバでも、ドトールでもない。喫茶店なんだ。

 そう感心していると今度はすぐに、さっきの自分の「いや、あのまだ、まだ呼んでないんですが、・・・まだ呼んでないんですが・・・」を思い出して、すごく恥ずかしくなってきた。なんだ、「まだ呼んでないんですが、・・・まだ呼んでないんですが・・・」って。Siriとかアレクサの方がまだマシな受け答えをする。ふつう、「すみません、まだ決まってないんです」だろうが。なんなんだ、「まだ呼んでないんですが、・・・まだ呼んでないんですが・・・」って。

 そのうち、店員さんが来て、机にナプキンとスプーンとココアを注意深く置いた。後になってパフェも来た。どれも美味しかったのだが、あんな一件があっては、気持ちが全く落ち着かなかったのだった。

 とまあ、一回目の喫茶店はこんな感じだったのだが、気を取り直して二回目の話をしよう。二回目に行ったのは、卒業式が終わって夕方から始まる部活の追いコンまで時間があった時である。

 もちろん、もう二度とSiriやアレクサに笑われるようなことはしないよう気を付けていた。店に入り、厨房が見えるテーブル席に座った。その時は、ココアとチーズケーキを頼んだ。店員は自分で呼んだ。

 僕の両隣にテーブル席があり、どちらにも客がいた。左には普通の親子二人がいたが、右にいた客はどうやら常連らしく、習い事を終えた女の子とお母さんがいた。女の子が店員さんに「今日〇〇ができるようになったよ~!」と楽しそうに話しており、店員さんも「すごいね~!」と、まるで親戚のように話していた。お母さんと店員さんも仲がよさそうだった。僕はというと当然一人で、しかも卒業式が終わってすぐだったので、卒業証書などが入っている手さげ袋と部員からもらった花束を持ち、スーツで来店していた。

 両隣に人がいると、どうも落ち着けない。僕も誰かと一緒に来て喋っていれば別に気にならないだろうが、一人だとどうもこの状況で落ち着いていられない。具体的に言えば、どこを見ていればいいのか分からなかったりする。スマホばかり見ているのも目が疲れていやだし、ココアやチーズケーキを凝視していたら変人である。一人で飲みに行ったときは目線に困ると東海林さだおが本で言っていたが、その気持ちがすごく分かる。また、もし何かしら本を持ってきていたとしても、両隣に客がいては落ち着いて読んでいられなかったと思う。

 もし隣の客と話せたとしたら、いくらか楽しい時間になっただろう。僕は雑談は結構好きだ。塾講師のバイトでも勉強と関係ない話を生徒とたくさんするし、就活でも会社説明会で社長とたくさん雑談をした。しかし、さすがに全く関わりのない他の客に自分から突然話しかける勇気はない。向こうが僕の花束を見て「大学卒業ですか?」とか、「どこの大学?」と話しかけてきてくれるのを期待しないでもなかった。こっちから「あの、僕卒業するんす」と言うのも、なんか変な気がするしなあ。

 そんなこんなで、結局のところ、店員さんや他の客と「今日は暑いですなあ」という話はできずに終わった。言ったのはせいぜい「ココアとチョコレートパフェ、以上でお願いします」と、「ココアとチーズケーキでお願いします」と、「いや、あのまだ、まだ呼んでないんですが、・・・まだ呼んでないんですが・・・」であった。

 僕はどちらかと言えば一人で気ままに行動する方が好きなので、喫茶店では一人でゆっくりできていいだろうと思っていた。しかし、案外そうでもなく、ひとり喫茶店というのは結構レベルが高いことなんだと痛感した。やはり、自分の家で音楽を聴きながら本やゲームとともにブレンディ・スティックのインスタントをたしなむ方が性に合っているのだな、俺は。

 あと余談だが、僕はひとりバーも行ったことがある。これもまたすごく落ち着かなかった。これについてはまたの機会に話そうと思う。

 思えば、一人でも落ち着いて気ままにやれることって何なんだろう。意外と難しい。

 

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