イスラエル首相ネタニエフ米国議会演説解説
報告されるガザでの犠牲者数はここ数ヶ月4万人辺りで止まっている。これはイスラエルの虐殺が終わったからでなく、医療従事者や報道が狙い撃ちにされ、もう死人を数える事ができなくなったからだ。「ハマスが牛耳っている」ガザ保健省の報告数は信じない!との政治家の発言とは裏腹に10/7以前のイスラエルの攻撃時も同省はかなり正確に死亡者数を確認しており定評ある機関だったが、もう機能していない。
イギリスの権威ある医療ジャーナル、Lancetが「死者は18万6千人かそれ以上の見込み」と発表したのが2週間前。
ガザから戻ったアメリカ人医師は「30年間世界の40箇所の災害最前線で活動してきました。それを全て足しても私がガザの1週間で見た凄惨さには及びません。」とインタビューで答えていたが、これはガザ入りした医療従事者全員が言っている事。「発表より大幅に犠牲者は多いだろう」。
そんな虐殺を今でも毎日続けるイスラエルの首相、国際刑事裁判所に逮捕状発行要求が出されているネタニエフがなんと堂々と米国にやって来て、演説をしたのだ。
怒れる米国民は彼の泊まるホテル、議事堂外でプロテストをしていた。その現場にいた団体の一つが「Veterans for Peace」。退役軍人の反戦活動家達。
その一人、元米国特別部隊、諜報作戦部だったグレッグ・ストーカー氏が噴飯もののこのスピーチを抜粋して解説していた。
余りの事にスピーチを見られなかった人は多かっただろう(私も)。でもこの解説を見ると少し心が落ち着くので共有したく、訳す事にした。
英語わかる人はこちらのリンクどうぞ。スピーチ解説以外にも色々興味深い事話しています。
背景
来米の目的:ネタニエフは過去に3度米議会に来て演説をしている。目的はアメリカの武器支援の継続を促すことと、これは前回来た時も同じだったが、
米国にイランと戦争して欲しい。
イスラエルを取り巻く中東各国で、IMFやワールドバンク(高利貸し、エジプトやヨルダン)やエネルギー資源売買(サウジ、カタール)、軍占領(シリアの油田は全て米軍占領下、、それをイスラエルに安価で流している)を介して欧米の影響下に無い強国はイラン一択。イランを攻略する事はサバイバー政治家ネタニエフのパイプドリームである。
国際的軍事情勢(中東各国は力を蓄え、米国の軍事影響力は下がっている)の現実を理解できず、イラク・アフガン戦争時の米軍イケイケどんどん脳のままのタカ派米国議員おじさん達は、80年代来のイラン敵視傾向もアプデできていない。
そのおじさん達に「ねーねー、私と付き合ったら軍産複合体が儲かってキックバックもらえるし、ユダヤ人助けてるポーズできるし、中東覇権を維持できるし、気持ちいことばかりよ?イラン、ボコってくれないかな?」と援助交際を仕掛けている。
新たな中東介入をできる軍力も世論支持も米国内には無い。アフガン、イラク、シリア、ソマリア、リビア、、、。「勝つため」でなく「とにかく実行して軍需がウハウハ」が目的のゴール無しの介入戦争に人々はうんざりしている。もちろんそんな大規模中東介入をまたやって犠牲になるのはそれを決める政治家では無く、現地の市民や米軍兵なのだ。
退役軍人反戦活動家集団のVeterans For Peaceは「我が国の政府は世界中を火事にする狂人の放火魔に牛耳られている。その放火魔が仕える企業君主はその業火により肥える。」と言うが正にそれを象徴している。
ロシア外相ラブロフが「イランが攻撃されれば中露も介入せざるを得ないだろう」と言うように、イランに手を出せば世界大戦になる可能性が高い。再度、7000マイル離れた中東で、そんな戦いをする力は$35Bの国債抱える米国には無い。その経済負担は食料やガソリンの高騰として市民に降りかかる。
ネタニエフはそのような事実をすっ飛ばせるように、「テロリストやばくね?」との恐怖をおじさん議員と国民に植え付けようとする。
負けるのが分かり切っているウクライナへの経済支援がどんどん膨らむのを見ても分かるように、
戦争を決める外交政策に置いて「損切り誤謬sunk cost fallacy」が起こりやすい。「ここまで支援してきたのだから、引き下がる訳にいかない、もっと金を送るんだ!」との傾向。失策である可能性のある政策を更に強化する。
再度、介入戦争は「勝利」や、「現地市民の生活向上」などのキッパリした目的がある訳でなく、軍需とそれにべったりのリーダー達を肥させるのが目的なので「とにかくやる」だけ。損切り誤謬が暴走する。
(この「失策を増幅して繰り返す傾向」は元米軍陸軍大佐、国務長官パウエルの補佐官で反戦活動家のローレンス・ウィルキンソ氏が「帝国が没落時にやりがち」とピーター・フランコパンの「シルクロード全史」を引用して説明していた。このビデオも素晴らしかったので英語分かる方は是非。)
(その「イランと喧嘩して欲しい♩」文脈を含む彼の発言はこのビデオでは余り取り上げていないけど、スピーチ全体見るとしつこくイラン要らん言ってる)
60分で58回のスタンディングオベーションを受けた歯が浮きすぎて天井に刺さりそうなおべっか茶番劇。辛いが、見ておいた方が良い。なぜなら、このスピーチの意図やトーキングポイントはそのままAIPAC(イスラエルロビー)を介して、米国議員に受け継がれるからだ。
解説
間違いない。
ここでいう「アラブの友人」とは全てのアラブ国家でなく「欧米の影響下にある」アラブ国家のこと。
「ジャングル・ブック」でも知られるキップリングが1899、米国のフィリピン占領を正当化するために書いた詩、「白人の責務」と全く同じレトリック。
植民地主義が正当だった時代の価値観で、「白人文化に俗していない野蛮な国々は我々(白人)文明国が植民地化して近代化してあげるのが我々白人の使命」といった差別・蔑視的なもの。さすがに高らかにこれを謳う人は今はいないだろうが、この感傷は私たちの文化に常駐している。インドやアフリカ各国など多くの植民地が60−70年代に独立を遂げ、植民地主義は終わったと私達は教わる。しかし、介入戦争やプロキシ戦争、IMF/世界銀行経由の債務支配などに姿を変え現在も生き生きと植民地主義2.0として実行されている。欧米議会でこの価値観をアプデできていない議員は多数いる。彼らに語りかけているのだ。
18万6千人のガザ市民が殺されているのだが。(死を美化しているのはどちらだ)
政策もビジョンも提示されない気持ちが良くなるだけの政治劇場。中東の介入戦争で米国が「勝った」ことなど一度もない。大衆用の自画自賛。
アメリカ人が共感できるイベントを引き合いに出す。米国とイスラエルは同じ痛みを持った「同志」との感傷を誘発させるのだが、国際政治的にどのような友好国なのか、具体案は言及されない。ずっとされなかったしこれからもそう。
アパルトヘイト、西岸違法占拠などそれ以前のパレスチナ人の体験はすっ飛ばして、10・7から話を始めるいつものスタイル。いきなり叙情的で気色悪い。
殆ど大多数は外交的交渉により解放されたと言っている。(本当に人質奪還が目的なら交渉するのが順当だろう。それを頑なに何度も拒んでいるのはイスラエルの方で、実は人質などどうでもいいと思っているのは明らか)
IDFに殺された3名は言及無し。
10・7をネタニアフが語る時、忘れてはならないのは彼がウルトラタカ派「国防」をメインの公約として首相に返り咲いたと言う事だ。10・7はイスラエル史上最悪の国防侵害であり彼が能無しであることを物語る事象なのだが、それは語らない。
人質や兵士を親近感を感じさせるように個々のストーリーを固有名詞を踏まえて紹介する。一人の「勇敢に戦って散った」兵士を紹介し、IDF全体の印象を操作する。
昔からあるプロパガンダ文脈である。イスラエルのプロパガンダレトリックは特に洗練されていない。ベーシックなものばかりだ。洗練されているのはそれを拡散するからくりや機構だ。イスラエルロビー、バイトを雇ってウィキペディアをイスラエル寄りに編集させたり、その規模は半端ない。しかしその内容は画一的で、それはネタニエフ演説に凝縮されている。
残忍な敵!世界の人々はガザで何が起こってるか、見ているのだが。残忍なのは誰だ。
ハアレツ紙(イスラエルのリベラル系紙)が当局警察レポートを確認したが、この「二人の赤ん坊」は存在しない。完全に捏造されたストーリーだ。
しかもアメリカ人が誰でも知ってる「アンネの日記」に出て来るストーリーとパラレルの物語を捏造している。ここでまた共感を得ようとしている訳だ。こんな完全に嘘のストーリーを堂々と話す。狂ってる。
10・7に「ハマスが起こした戦犯行為」として語られる多くのストーリーは完全に嘘なものが多く、これもその一つ。これらの嘘はイスラエル国内含む様々な報道機関が嘘だと確認した後もこうやって無批判に拡散され続け、大衆の戦争への「同意の製作(manufacturing conscent)」が進む。
「アメリカを混乱させたい」とはその通り。特に「アメリカ政府」を妨害するのが目的だった。それで要求を提示する訳だが、それは具体的に決まっており「イスラエルへの武器支援の停止」であった。かなり控えめな要求で停戦要求ですらない。ICJが「イスラエルのアパルトヘイト・占領(ガザ含む)は国際法違反であり、国連各国はそれを幇助すべきで無い」と明確に勧告意見を出した事に呼応している。
「平和を妨害するプロテスト」と呼ばれるが、自分たちがしていたのは「戦争の妨害」である。
しかしその事はスルーする。
数ヶ月前、米政権が武器支援輸送船を一隻だけ保留した。一隻だけ。
これは国内外からの批判に対応した単なる政治ポーズであるのだが、その時ネタニアフは怒り狂った。それが2度と起こらないように議員達に今回面通ししている。あの茶番武器輸送保留はネタニアフがここにいる理由の一つ。
個人的にはプロテストで米国旗を燃やすパフォーマンスはリスクの方が大きいので、余り好きでは無い。しかし言及しておく。国旗焼却は言論の自由として憲法で守られている。
そして、現場の声を聞くと(自分はそこにはいなかった)国旗を燃やしたのは白人の二人組で、オーガナイザー達が誰も知らない人物だったとの事。潜入扇動分子の可能性も十分にある。
(反ジェノサイドプロテストはよくこのような輩に潜入される。例えばシオニストが親パレスチナ活動家のふりをして潜入し、鎌と槌や「ユダヤ人を駆逐しろ」などの文言を掲げたりして「共産主義や反ユダヤ主義の親パレスチナ活動家」を演出する。オーガナイザー達はこのような者を見つけたら早急に追い出す。しかしそれが間に合わ無い時もある)
今回のプロテストは2万人の動員。マーチの前には、交差点に座り込んで参加議員のモーターケードを妨害した。それにより演説が遅れて開始した。それくらい影響出せるほどの動員数だった。
どうぞ
これが「ピンクウォッシング」。戦争や虐殺の正当化にLGBTQ権利や女性権利を引き合いに出す事。ヒジャブを着用していること(ムスリムである)でガザの女性を大量に殺害しているのはイスラエル。スナイパーが女性を撃っている。ガザだけでなく西岸で。イスラエルは人権問題を語れる立場にない。
WW2を出して来るのは米国戦争擁護派の常套手段。米国人はWW2を「俺たちがナチスを倒したヒーロー伝説」と理解している。「ファシストと戦った!」(から「いい戦争」もある!)と反ファシストのストーリーを使って自らのファシスト傾向を正当化する。「イスラエルの難民キャンプ爆破?第二次大戦中にはカナダがドレズデンで難民キャンプ爆破したぞ!」。
第二次世界大戦の未曾有の暴力があったから、ジュネーブ条約 、ICC、ICJが作られた。もちろん対ロシアの西側の覇権維持ツールの意図もあるが、本来の目的はあの暴力が2度と起こらないようにするためだ。その過去を経た現在、第二次大戦を使って新たな戦争を正当化するとは皮肉である。
再度しつこい「文明vs野蛮」レトリック。植民地主義をうっすら継承している高齢議員へのラブコール。ネタニアフが終わらせたい「仕事」がなんなのかは我々はもう知っている(民族浄化)。
そしてこの後、全く具体的でないフワッとした「戦争後のガザ構想」を話し出す。人質が帰国し、ハマスを活動不能にしたのち、どのような予定があるのか、米国議員やイスラエル議員が明確に言及する事は無い。
このスピーチでネタニエフは「ガザの”占領”をするつもりはない」と言うが、同時に「なんらかの治安部隊の常駐は絶対だ」とも言う。停戦後もイスラエル軍をガザ に留める意向はバリバリで、それはハマスにとってレッドラインなので、このスピーチの内容では停戦交渉は絶対に進まない。
「非過激化」が必要なのはイスラエル。
フロイト的失言Floydian Slip、フォー!これだよこれ。
Victory over liberty!思ってることが出ちゃったな。(パレスチナ人の自由を奪うのが勝利だから)
結局このスピーチでは何も新しい事は言ってないし、いつもの使い古された嘘とプロパガンダのストーリー。そして底辺の文脈は完全に「イランボコって欲しい」。具体的な政策やビジョンは提示されず、叙情的主観的な単語で感情を煽るだけの政治劇場。
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