デレック・ショービン元警官裁判
NYタイムズ紙ポッドキャストで、今行われているデレック・ショービン元警察官の裁判の途中経過(始まって1週間程)レポートが凄く良くまとまっていて分かりやすかったので、抄訳します。
デレック・ショービンは、去年の5月に手錠をかけられ道路に倒された状態のジョージ・フロイドの首に膝を9分以上押しつけた警官です。この事件がきっかけで、反人種差別運動が全米で、世界で大きく活気づいたのは皆さんご存知の通り。
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裁判の間はあのビデオが何度も、何度も、何度も、流される。あの時のトラウマを再び生きることになる。感情はやはり揺さぶられる。
それと同時に裁判であるから論理的に事実を切り刻み医学、警察の職務としての妥当性、その他の様々な見地から検討してく過程もある。
大きく括ると
検事側は「全てはあのビデオにある。」
弁護側は「他にも検討すべきことがある。」
と言う主張の対立。
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ジョージ・フロイドがどうやって亡くなったか。その死因についての医学的な検証。検察は、ショービン氏の行為が直接の死因だったと証明すべく、当時ER勤務、フロイド氏の死亡宣告をしたランゲンフェルド医師を呼んだ。
検察:フロイド氏が運ばれて来た時、緊急事態でしたか?
ランゲンフェルド:その通りです。
検察:彼の心臓はどういった状況でしたか。
ラ:心停止でした。
ランゲンフェルド医師はフロイド氏が病院に着いたときには既に心停止していた、と言う。
ラ:停止してから60分は経っていたかと思います。蘇生の可能性は1%にも満たないと判断、死亡宣告をしました。
そして、心停止の原因は酸欠だと医師は言う。酸欠からの心停止。窒息死だと。
この証言はとても重要。検死では「窒息死」とは書かれず「心停止」を死因としている。検察側はその「心停止」は窒息によって起こったことをこの証言で証明する。
弁護側は、フロイド氏のドラッグ使用の記録を示し、窒息だけではなく彼のドラッグ使用や現場でのアドレナリンなど他にも死因があるはず、との主張をするのだが、検察側はこの証言で死因が窒息である事を強調し、それに反論する。
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次はショービン氏の行動の正当性。警察官はもちろん時には死に至る力を行使して良い。彼がとった行動がそのケースに当たるのか、との検証。警察内部の声を聞く。
まずはミネアポリス警察、最長勤務のリチャード・ジマーマン氏。
検察:あの段階でのあの力の行使はどう思いますか。
ジマーマン:全くもって不必要です。
検察:どういう意味でしょうか。
ジ:フロイド氏の顔を道路につける形で倒した上に、首にあの長い間膝を押し込むことは全く必要のない事です。あの行為は身に危険を感じなければやらなくていい事ですが、彼らがそう感じるに値する理由もありません。
弁護側は、「それでもいきなり起き上がるかも知れない。危険が全くない訳ではない。」と反論したが、ジマーマン氏は手錠をかけているのだから、リスクはかなり低いと証言。
検察:ボディーカメラの記録から、ショービン氏が9分29秒膝をフロイド氏に膝を押し込む理由は見てとれましたか。
ジ:いいえ。
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そして検察はミネアポリス警察署長、メダリア・アラドンドを呼ぶ。
アラドンド氏はミネアポリス市警史上初の黒人の署長。彼はショービンの行為が警察の法規に沿っていないだけでなく、署としての倫理観・価値観に反する、と発言。
検察:被告人はde-escalationに関する警察法規5ー304に則っていましたか。
アランドンド:全く違います。既に反応がなく、動いてもいない、地面に押しつけられ、背中で手錠をかけられた人間に、あそこまでの力をかける事は私たちのポリシーのどこにも、絶対に、ありません。そのような訓練は受けません。そしてこれは確実に我が署の倫理と価値観に反するものです。
ショービン氏が道徳的、倫理的なミネアポリス市警警官として落第だという厳しい批判。
警察官は普通同じ警察官を庇う。このような証言が現職警察官から出たり、警察署長が自分の署の警察官を叱責するというのは極めて稀な事。あんなのを見るのは新鮮だったとの現場の声。この署長の証言は他の警察官が明らかにおかしな事をしたら同僚だろうと部下だろうと糾弾するべきだ、と言うメッセージ。他署の署長や警察官への。
陪審員にもこれは印象に残る重い証言だったはず。警察を愛す警察官達でさえ、ショービン氏の擁護はしなかったのだから。
ミネアポリスでは警察の市民に対する暴力は今に始まった問題じゃない。ショービン氏が起こしたこの事件はもっと大きな構造的な問題の氷山の一角でしかない、というのが市民の認識。この署長の証言はそんなコミュニティーにも大きく響いただろう。
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傍観者たちの証言。
クリストファー・マーティン氏。フロイド氏が偽札を(知ってか知らずか)使った商店の店員。19歳。フロイド氏にタバコを売って20ドル札を受け取った。それが偽札だと分かってボスに報告、フロイド氏を追いかけた。店に戻るよう言うがフロイド氏は拒否。もう一人店員が呼び戻そうとするが拒否。マネージャーが警察を呼ぶ。
マーティン氏からはヒリヒリとした後悔の念が感じられた。監視カメラの映像では、フロイド氏が警察にのしかかられている最中、手を頭に当て右に左と(なんてこった、と言うように)歩き回るマーティン氏が写っている。
検察:手を頭に当てていましたね。
マーティン:そうです。
検察:何が頭に浮かんでいましたか。
マ:(起こっていることが)信じられなかった。それと罪悪感です。
検察:罪悪感。なぜ?
マ:私があのお札を受けとらなければ、あんな事にはならなかった。
彼は自分の行動がフロイド氏の死を招いたと言う罪悪感を抱えている。彼の証言が検察にもたらす効果は二つ。一つは、生前のフロイド氏の描写。生きている彼の様子を語らせることでフロイド氏が血の通った人間であった事を陪審員に印象付ける。
マ:凄くフレンドリーでした。気さくで。メモリアル・デーの休日を謳歌してた。少し、ハイ(薬物使用をしている)には見えたけど。
もう一つ。彼や他の傍観者の鋭い後悔の念を自分達の声で語らせる事は、ショービン氏の対応がどれだけ異様だったか、と言う事を知らしめることでもある。当時18歳のマーティン氏は、フロイド氏が偽札を使った事を良からぬことだと判断したものの、警察が銃を抜いてやって来て、最後はフロイド氏が死んでしまう結果を招くほどの事とは全く思っていなかった。
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ダーネラ・フレージャー氏。当時17歳。あのビデオを撮った女性だ。9歳の従兄弟と一緒に買い物をしていた。車道で警官が騒いでいるのを目にした。
検察:SWATの車を見た時、地面に何があるか見えましたか。
フレージャー:はい。男性と彼に膝を押し込む警官が見えました。
検察:従兄弟に見せたくない光景でしたか?
フ:はい。
検察:どの部分?
フ:恐怖に怯え、命乞いをする人間です。
従兄弟を商店の中に入らせ、録画を始めた。
検察:何が見えましたか。何が聞こえましたか。
フ:ジョージ・フロイドが言っていました。息ができない。お願いだ、どいてくれ。息ができない、と。母親を呼んでいました。痛そうでした。分かっていたみたい。彼は、分かっていたみたいでした、ここでお終いだ、って事が。
そして彼女もまた罪悪感と悲壮感を語った。
フ:ジョージ・フロイドの姿は、私の父、弟、従兄弟、伯父と同じ姿です。皆黒人です。誰かが、ジョージ・フロイドの代わりになっていたかも知れない。幾度も寝れない夜を過ごしました。どうして他に何もできなかったのだろう。割って入って行って彼を救えたかも知れないのに、って。
この罪悪感は完全に彼女の一部になった。彼女の撮ったビデオはもちろん一大事だった訳だが、フロイド氏の命を救った訳ではない。しかし実際の話、傍観者達が割って入ったりしたら、彼らだって逮捕されるのだ。フロイド氏の命が消えて行くのを止める事は彼らにはできるはずがなかった。その悲壮感は甚大。
誰が法執行人である警察を監督できると言うのか。悪が、警察によってなされた時、一般人がそれを止める事はできない。そのジレンマから生まれる傍観者の罪悪感は彼らに一生のしかかる重荷となる。
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ドナルド・ウイリアムズ氏。武道家。当時同じ商店で買い物をしていた。監視カメラには大きなそぶりで事態に対するフラストレーションを表すウイリアムズ氏が映っている。
(ビデオ)ウイリアムズ:柔術で使うやつだ。横から当ててる!
彼は現場でショービン氏に向かってそれはblood chokeだと叫んだ。
ウ:blood choke 首の横から膝を当てて、動脈を遮断する技です。
相手を気絶させるためのもの。
検察:訓練を受けたあなたの目にはblood chokeに見えたと。
ウ:そうです
(ビデオ)ウ:彼は息をしてるのか!?脈を測れよ!
ウイリアムズ氏は数回歩道から車道に出て、警察に近づいた。
(ビデオ)ウ:彼は大丈夫なのか!?
(ビデオ)警察官:(歩道に)戻れ!
警察は彼に下がるよう命じる。
(ビデオ)ウ:反応してないじゃないか!
(ビデオ)女性:脈は?脈は!?
同時に現場には非番でたまたま通りかかった消防救急隊員もいた。
(ビデオ)警察:消防隊員だと言うのか?
(ビデオ)女性:そうです!ミネアポリス勤務!
(ビデオ)警察:そうか!下がれ!
(ビデオ)女性:脈見せて!!脈はあるんですか!?
(ビデオ)ウ:見なよ!反応してない!!
彼女はミネアポリス消防隊員である事を告げ、フロイド氏を見せて下さいと懇願。他の警官に歩道に連れ戻された。
(ビデオ)警察:歩道に戻れ!
(ビデオ)ウ:彼、動いてないじゃないか!
誰も、近づけない状態だった。警察と仲間であるはずの消防隊員でも近づけないのだ。
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チャールズ・マクミラン氏。61歳。パニック状態のジョージ・フロイドに語りかけ、落ち着かせようとしていた。
落ち着け。手錠もかけられてる。平伏してるし。できる事はない。と。
(ビデオ)マクミラン:勝てないよ。
(ビデオ)フロイド:勝とうとしてない!(言われることは)なんだってやる!!
彼は警察がやるべきde-escalationをしようとしていた。
(ビデオ)マ:あの車に入れば話ができるよ。
(ビデオ)フロイド:分かってる、でも閉所恐怖症なんだ!!
(ビデオ)マ:協力してくれ!
(ビデオ)フロイド:できない。息が!息ができない!お願いだ!お願いだ!母さん!母さん!
フロイド氏が母親を呼んでいる段階になると、マクミラン氏は完全に泣き崩れた。
マ(泣きながら):助けられなかった。無力だった。自分も母親を失っている。彼の気持ちが分かる。
彼も他のすべての傍観者と同じく「自分の行いは正しかったろうか、他にできる事は無かったか」と言う質問を頭から払拭できないでいる。
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すべての傍観者の罪悪感から浮かび上がるのは、彼ら全員の目にショービンの行いが「悪」であった事が曇りなくはっきりと映ったと言う事実。
弁護側はこの傍観者達を「警察を脅迫する怒れる集団」と印象付けようとする。
先ほどの消防隊員ジェネヴィーブ・ハンセンに、どうしてあなたはあんなに怒っていたのか、と聞く。
弁護士:あなたがより声だかに、苛立ったっていったのは確かですね。
ハンセン:苛立った、と言うのが適切かどうかは。。。
弁護士:怒り?
ハンセン:必死でした。
弁護士:そうですか。でも、警察官達の事をbitchと呼びましたね?
ハンセン:そうですね。フロイド氏が救急車に乗せられてから、怒りがこみ上げました。
弁護士:人々も大声で怒鳴っていましたね。
ハンセン:そうです。
弁護士:集まっていた人たちの様子は?動揺している?怒っている?
ハンセン:人が殺されるのを見たことありますか?動揺しますよ。
弁護側は集まった傍観者達の態度や声がショービン氏を脅し、それのせいで彼は自分がフロイド氏にしている事に注意を払えなかった、と主張。今回ショービン氏は第2級殺人罪、第3級殺人罪、過失致死で起訴されているが、弁護側は一番軽い過失致死を目指している。傍観者の騒ぎのせいで、危機を感じ、判断が狂った、と持って行こうとしてるようだ、とタイムズの記者。
記者の裁判ここまでの見解:
傍観者達の痛々しい証言を見れば誰だって心を動かさずにはいられない。傍観者の証言者は他にもたくさんいたが、証言中に泣かなかったのは二人だけ。陪審員の一人は一度席を外さなければならず、寝られない夜があると言っている。ここまで心に刺さる傍観者の証言があったのだから、検察側の思う通りだったろうと言わざるを得ない。
ただ、弁護側も「そこまで白黒ついてない」と議論を濁す事にはある程度成功している。これからどうなるかは分からない。
どちらにしても、この事件が多くの人にトラウマを残し、それがまだ解消されていない、と言う事だけは確かだ。
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