“彩”の池で溺れたい。「モネ 睡蓮のとき」
今回は上野の国立西洋美術館で開催中の展覧会「モネ 睡蓮のとき」について書きたいと思います。
実は……実際に行ったのは去年、展覧会が開催してすぐだったのですが、モネが好き過ぎてなかなかまとまらず、だいぶ温めてしまいました。
1. 展覧会概要
今回の展覧会『モネ 睡蓮のとき』は、印象派の巨匠クロード・モネが晩年に到達した「睡蓮」の世界を中心に、その芸術の核心に触れる貴重な機会です。モネは自然の一瞬の輝きや移ろいゆく時間、そして光が織りなす色彩を追い求め続けました。
本展では、彼が愛したジヴェルニーの庭園や睡蓮の池を描いた名作群が展示され、まるで絵画の中に入り込んだかのような没入感を体験できます。特に、パリのマルモッタン・モネ美術館をモデルにした展示空間は、本展最大の見どころの一つです。
また、モネが視力の衰えや病と闘いながらも筆を取り続けた晩年の作品群も展示されており、色彩が激しく渦巻き、まるで感情そのものがキャンバスに溢れ出ているかのようです。
この展覧会は、単なる美術鑑賞にとどまらず、モネという一人の画家が見つめた「美しさ」と、彼の人生の軌跡をたどる旅でもあります。
ぜひ、時間の流れや季節の移ろい、そしてモネの静かな情熱を感じながら、一枚一枚の作品に向き合ってみてください。
2.展示を見る前に:モネの世界により浸るための「おすすめポイント」
モネの世界をぐっと深く、豊かに感じるためのおすすめポイントです。
① まずは5分間の映像を観る
会場では、モネという人物像や彼の作品に込められた思いを短い映像で紹介しています。モネがどんな人だったのか、彼が何を大切に描いていたのか――その背景を知ることで、展示されている一枚一枚の絵がまったく違った意味を持ち始めます。彼の「光」や「色彩」に込められた感情を感じ取るための、最高の準備運動になるでしょう(因みに筆者はこの映像を見た時点で号泣)。
② 音声ガイドをレンタルする
音声ガイドのナビゲーターは俳優の石田ゆり子さん。彼女の柔らかく落ち着いた声が、モネの作品とその背景に込められた物語を丁寧に伝えてくれます。
モネの作品は見るだけでも十分美しいですが、そこに隠された背景やエピソードを知ることで、より深く作品に没入することができます。耳から知識を得ながら絵と向き合うことで、まるでモネの庭に自分自身が立っているような、特別な体験になるはずです。
3. 印象に残った作品など:感想まとめ
① 『ジヴェルニー近くのセーヌ河支流、日の出』 1897年|油彩・カンヴァス
淡いブルーと紫が広がるこの作品は、朝のひんやりとした静けさや透明感がそのままキャンバスに閉じ込められているようです。水面には木々が柔らかく映り込み、世界がまだ目覚めきっていないような穏やかさを感じます。モネがこれを描くために、夜明け前に目を覚まし、静寂の中で筆を動かしていたのかと思うと、その姿が目に浮かぶようです。息を潜めるようにして、この一瞬を逃さずに描いたのでしょう。その時間の美しさと儚さが、絵を通して静かに伝わってきます。
② 『黄色いアイリス』 1924-1925年頃|油彩・カンヴァス
この絵は水面を見下ろす構図で描かれていますが、視点を少し変えるだけで、まるでアイリスの隙間から空を見上げているような錯覚を覚えます。印象派ならではの自由な視点が、この作品には息づいています。葉や花の間から差し込む光、揺らめく色彩は、どこか夢の中の景色のようでもあり、見る人を絵の中へと優しく誘います。固定された視点ではなく、見る人それぞれの視線で完成するこの絵には、モネの豊かな感性と、自然への深い愛情が込められているように感じられます。
③ 『睡蓮』シリーズ(展示空間) 1914〜1919年頃|油彩・カンヴァス
パリのマルモッタン・モネ美術館をモデルにした展示空間は、まるで睡蓮の絵の中に入り込んだかのような没入感を味わえる特別な場所です。それぞれの絵に描かれた時間帯や季節、光の違いが並ぶことで、一つの流れが生まれ、時間を旅しているような感覚に包まれます。空間全体に広がる睡蓮の池は、どこまでも静かで穏やかで、それでいて光と色が絶えず揺れ動いています。池のほとりに立ち、時間が止まったような感覚に浸ることで、モネが追い求めた「一瞬の永遠」に触れられる気がしました。
▲『睡蓮』シリーズの中でも異才を放つこの一枚。
「睡蓮、柳の反映(Les Nymphéas, Reflets de Saule)」のうちのひとつであり、国外に作品を出すことを嫌がったモネが、唯一日本人(松方幸次郎)に託した一枚――その背景だけでも、この絵が特別な存在に思えます。
長い年月の中で行方不明になり、保存状態が悪化してしまったキャンバス。しかし、その剥がれや傷さえも、この絵の歴史や旅路を物語っているかのよう。モネが描いた当時の輝きや色彩は、時間の流れとともに少しずつ変化したかもしれませんが、それは「劣化」ではなく「変化」――まるで絵自体が生き物のように、時間と共に姿を変えて今ここに存在しているようです。
キャンバスのひび割れや剥がれが、睡蓮の葉の影や水面の揺らぎにさえ見えてきます。モネの絵はただ美しいだけでなく、時間や人の手を超えて「今」を生き続けているんですね。
④ 『日本の橋』シリーズ 1918-1924年頃|油彩・カンヴァス
目の病に苦しみながらも、モネが描き続けた「日本の橋」のシリーズ。視力の低下や色彩感覚の変化にも負けず、彼は筆を手放さず、自らの見た世界をキャンバスに残しました。激しい色彩の渦や、重なるような筆跡には、モネの葛藤や情熱、そして静かな意志の強さが刻まれているようです。彼は描けなくなることへの恐れを抱えながらも、それでも「描きたい」という思いに突き動かされていたのでしょう。晩年の彼が、この絵を手元に残したという事実にも胸が熱くなります。
⑤ 『バラの小径』 『庭から見た家』 1920-1924年頃|油彩・カンヴァス
▲こちらは『庭から見た家』
晩年のモネが繰り返し描いたのは、自分の庭や家でした。バラの小径は、まるで彼自身の人生の道のりを表すかのように、色彩が揺らめき、深みを増しています。そして、庭から見た家の絵には、どこか静かで温かな安心感が漂っています。これらの作品は、ただの風景画ではなく、モネ自身の人生そのものが映し出されているように感じられます。彼は小径を描きながら、自らの人生を振り返り、家を描きながら、その場所で過ごした時間に感謝していたのかもしれません。その切なさと美しさが、観る者の心に深く響いてきます。
4. これから行く人へ:展覧会のおすすめの見方
モネ展は、ただ絵を鑑賞するだけの場所ではありません。時間の流れ、光の移ろい、そしてモネ自身の人生を旅するような特別な体験ができる空間です。せっかく訪れるなら、ぜひ以下のポイントを心に留めて、モネの世界を存分に味わってください。
① 余裕を持った時間配分
モネの作品は一枚一枚が時間とともに表情を変えるような深さがあります。展示室を急いで回るのではなく、一つひとつの絵とゆっくり向き合う時間を確保することをおすすめします。金曜日と土曜日は21時まで開館しているので、ゆっくり鑑賞して、いつもとは違う夜の美術館の雰囲気を味わってみるのもいいかもしれません。常設展もモネ展のチケットで入場できます。モネの作品も何点か収蔵されていてとても素敵だったので、お時間に余裕があったら是非探してみてください(他の作品も大変見応えがあり良かったです)。
② 作品を「時間の旅」として眺める
モネの絵は、同じ風景でも時間帯や季節によってまったく違う表情を見せます。例えば、朝焼けの水面、夜の静寂、そして夕暮れの穏やかな光。それぞれの絵が一つの物語のように繋がっているので、「時間を旅する」ように一枚ずつ見つめてみてください。
③ 心に残った作品の前で立ち止まる
展覧会を回っていると、ふと足が止まる作品や、心を揺さぶられる瞬間があるはずです。その時は、少し立ち止まって、静かにその絵と向き合ってみてください。そこには、モネが描いた「一瞬の永遠」が宿っているはずです。
④ 作品の「音」に耳を澄ませる
静かな水面の音、葉が風に揺れる音、遠くから聞こえる虫の声…。モネの作品には、目で見るだけではなく、絵から聞こえてくる「音」も含まれています。絵の前で目を閉じ、静かに想像してみると、新しい世界が広がるかもしれません。
⑤ 最後は余韻に浸る時間を
展覧会を見終わった後、カフェで休んだり、図録をパラパラとめくったりして、感じたことや心に残った瞬間を振り返る時間を作ってみてください。きっと、モネが見た「光」や「色」が心の中に優しく残り続けるはずです。
音声ガイドをレンタルされた方はぜひ、展示室内の休憩スペースに座ってボーナストラックを聴いてみてください。
5. あとがき
私がモネの絵を好きになったきっかけは、直島の地中美術館で「睡蓮」の絵を見たことでした。壁の3面(中央と左右)に掛けられた大きな睡蓮の絵。その前に立った瞬間、深い没入感に包まれ、まるで花の香りさえ漂ってくるような錯覚を覚えたのです。
それ以来、都内や旅行先でモネの絵に触れる機会があれば、必ず足を運ぶようになりました。そんな中、「モネ 睡蓮のとき」という展示のニュースを目にしました。私の好きな「睡蓮」を中心とした展示と聞き、これは絶対に行かなければと思いました。そして実際に足を運んでみると、期待を遥かに上回る満足感を得ることができました。
私には「モネの絵に飛び込んで、睡蓮の池で溺れたい」という願望があるですが、今回の展示はまさにその願いが叶ったような空間でした。睡蓮以外の作品も素晴らしく、モネが愛する妻や息子を失い、さらに視力を失いつつある絶望の中で再び立ち上がり、作品と向き合い続けた情熱が伝わってくる展示でした。そのストーリーに触れる中で、自然と目頭が熱くなる瞬間が何度もありました。
行こうか迷われている方がいれば、ぜひ訪れてみてください。「睡蓮」シリーズがこれだけ揃う機会が日本で再び訪れるかはわかりません。絵そのものの美しさを楽しむだけでなく、モネがその一枚一枚に込めた物語や感情に思いを馳せることで、より深い感動を得られるはずです。
おまけ①: 買ったものたち
いつもポストカードくらいしか買わない私ですが……今回は開催2日目にグッズだけ買いに走り、モネ破産。こちらは氷山の一角です。
ここには写っていませんが、図録はモネ好きならマストバイだと思います。
おまけ②: コラボメニュー
アトレ上野では各店舗でコラボメニューを提供中です。
こちらはアフタヌーンティー・ティールームでいただいたバタフライピーのスパークリングジュレッティー。
おまけ③:夜のミュージアム
この日は夜間開放日でした。普段は見られない夜の美術館、神秘的で好きです。
ここまで読んでくださってありがとうございました!(感謝)
▶︎ 開催概要
「モネ 睡蓮のとき」
会期:2024年10月5日~2025年2月11日
会場:国立西洋美術館
開館時間:09:30~17:30(金・土~21:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(ただし、2025年1月13日、2月10日、2月11日は開館)、1月14日
※確実な情報は公式HPを見てみてください。
料金:一般 2300円 / 大学生 1400円 / 高校生 1000円 / 中学生以下 無料
写真撮影:一部スペースを除き撮影禁止