2020、夜


夜、数ヶ月住んだ街を離れた。
終点までは夜通しバスで走らなければならないから、外はずっと暗闇だ。ふと反対側の窓を見ると、外がぼんやり明るい。月だった。等間隔の街灯もないだだっ広い荒野を、白く月明かりが照らしているのだ。今夜は満月に近いだろうか。雲の輪郭がはっきり見て取れ、木々の形が黒い影として流れていく。初めてだと思った。月がこんなにも世界を照らしているのだと、初めて知った気がした。

あの街で何度も月を眺めた。星も飽きずに見上げたものだ。東京ではなかなかお目にかかれないくらいの月の輝きと星の数。何もなくて暗い夜を、それらが照らしていたのを思い出した。ひとりだと思った夜でも、それらはわたしを照らしていたのだった。月の光だけで街頭のまばらな夜道を歩いて行けたし、不思議と怖さが薄れていた。わたしが何度も同じことを考えて、堂々巡りしていた時も、それらはそこにあって変わらなかった。変わったのはわたしだけで、でもそれは必然だったかもしれないと思う。もう戻れない日々を悲しんで悔やんでいた時も、それまでのわたしなら必ず泣いていたできごとも泣かずにいられたのは、それらがそこにあって、ただ静かに輝いていたからだった。救われていたのだ、世界にあるどんな悲しみも、それらに救われていたはずだ。

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