「絹ネコ物語」ー着物のサスティナブル
2021年、庭子75歳「絹ネコ物語]ー着物が猫になる日ープロジェクト始動しました。
絹の着物を通アップサイクルして、作り手と使い手が心通い合う場にしていくプロジェクトです。
絹を触っていると、この感触はどこかで・・・
そうだわ、猫を撫でているときと同じだわ。
私は猫を飼ったことはないですが、お友達やお知り合いのおうちで猫を飼っているので猫に触れることが多いです。「猫が私の布団の中に入ってきて温かいのよ」など、猫の話をよく聞きます.
タンスの中に眠っている絹の着物をアップサイクル(リフォーム)して、陽の目に当てたいと着物を解き、軽く水洗いしてアイロンをかけていると絹が息づいてくるのです。
それはまるで猫を撫でているような錯覚するかのような感触です。
生絹を無心に縫っているときは、瞑想しているようで至福な時間です。
絹の長襦袢をアップサイクルして作った絹のパジャマを着て寝ました。心地よく眠りました。暖かくて軽やかで猫を抱いているような気分です。
一日24時間の内の3分の1の8時間は寝る時間です。その8時間を絹で優しい肌さわりに包まれて寝るのは、まるでネコと一緒に寝て愛撫しているような気分でです。
今年75歳になる私がが出来ることはと、
コロンビアで生活していたときからずっと考えていました。
絹に魅せらている私は、タンスの中に眠っている着物や長襦袢をアップサイクルしてサスティナブル(人間・社会地域・環境の持続可能な循環型リサイクル)をしていきたいと思いました。命のバトンになること、引き継いてつないでいくことだと。
あなたの思い出の絹の着物・長襦袢をアップサイクルしませんか。あなたが手作りするときはお手伝いします。私が手縫いでお作りもします。
コロナで外出もままならない今だからこそ、
日本の誇りである絹の着物を日常使いにアップサイクルして、まるでネコと一緒にいるような感覚・感触でサスティナブルな魅力を発信していくことかと。手でシクシクと縫うことが好きなおばあちゃまたちに声かけして一緒に作り、私がバイヤーになってオバアちゃまたちが作った作品を世界に発信しく。そんなプロジェクトを準備しています。
ただいま「仲間を募集中」です。時代を超えて着物のアップサイクルで、おばあちゃんの手縫いが喜ばれ、着る人も喜ぶそんな関係が生まれる“寄り合い”の場にしたいのです。そして賛同してくれる人と、知恵を出し合ってプロジェクトをすすめていきたいとおもいます。応援おねがいします。
庭子75歳「絹ネコ物語」は、絹の着物を通してサスティナブルな出会いを絹ネコの出会いとして、たのしいな・うれしいなと今後も綴っていきたいと思います。
目次
1.私の正月~
2・「捨てれば」。イエイエ、捨てられません。
3.75歳のわたしができること、命のバトン~引き継いてつなげていく~
4・閃いた。おばあちゃんの手縫いプロジェクト
5.手仕事こそ人生百年時代のヒント
6.先ずは、自分で縫ってみる。
7.へえ、今どき洋裁を習いたい人がいるのね-78歳の洋裁の先生との出会い
8.作って、着てみた。自己自賛、惚れます。
9.「庭子の部屋」で仲間を募集中
―縫い手さん、着る人、プロジェクトに賛同してくれる人ー
1.―私のお正月―
2021年(令和3年)元旦、無事に新しい年を迎えることが出来ましたこと皆様のおかげと感謝します。健康でポジティブに過ごすことを願います。
私のお正月は、
年末に大好きな黒豆と田作りからはじまり、
花を活けて、お飾りを玄関につけます。
今年はお花代を節約しゴミとなるお飾りも止めようかと
世知辛いこと思いましたが、
文化をつなげていく大切さ、神様をお迎えする行事はやはり大事だと考えを新たにして、
いつもの通り支度を整え、
心置きなく心豊かに新しい年を迎えることができました。
丹波の黒豆は
南部鉄鍋を使って炭火で3日間がかりで炊きます。
田作りは
南部鉄鍋に半紙を3枚引いて縁側の日向ぼっこのような弱火で1時間ほど煎ります。
写真に載っているお箸は、
毎日使って40年のお付き合いです。
40年ほど前に若狭に行ったとき若狭塗のお箸を求めたものです。
使わせていただいておりますという気持ちです。
私は大切にしたくなるものとのご縁に、末永くおつきあいさせて頂く暮らしです。
「喫茶去」
私の好きな正月料理も出来、花も活けました。
火鉢に火を入れて、まずは一服。
鉄瓶も火鉢も要らないいという人からの譲りものです。
この抹茶茶碗は、
かれこれ55年程使わせて頂いています。
昭和40年の歌会始めのお題は「鳥」でそのお題にちなんだ茶碗です。
故人になりましたが、お稽古をつけていただいた先生から頂いた茶碗です。
ヒビが入ってしまった時、
私のお気に入り茶碗がと、友人に話すと
「金継ぎ」というやり方で金細工してくれました。
おかげさまで茶碗のいのちがつながりました。使わせていただいてます。
正月の花は、馥郁とした蝋梅と優しい色合いの薔薇とのハーモニーに、青々とした若松で長寿と健康のシンボルで神が降りてくる依代の松をたて、玄関に飾りました。
リビングルームには香り立つ水仙と千両で。
火鉢の暖かさは
日向ぼっこしているような柔らかさで優しい。
私はコロンビアのアパートでひとり暮らしをしていたとき、ややもすると寂しくなりがちです。コロンビアの花は安いのでうれしいです。薔薇の花でも茎がとても太くて強いです。花の茎が持つ強さ優しさはコロンビアの女性のようだとおもいました。
なにはともあれ、花が寂しさから私を遠ざけてくれました。
花のない生活は私には出来ないなあ。
2.「捨てれば」。イエイエ捨てられません
お尻のところが、擦り切れて穴が!
大島紬の残り布で補強していると、
「もういい加減に捨てれば!」娘は言いました。イヤイヤ捨てられません。
膝にも、大島紬の切れ端で補強して、ネコと一緒にいるような気分です。
補強はなにか新しいファッションになったような。
継当てもアップサイクルというのかしら。
スカートからスカーフに命をつないで、
アップサイクルされた生地はうれしいそうです。
40年前からずっと現役だった絹のスカートは私のお気に入りでした。
とうとう継ぎ当てしてもしきれないくらいボロボロに筋切してきました。
もういよいよだめだわというとき、「長い間ありがとうと」声掛けして、
良いところだけを切りとり、スカーフにしました。
「流行は50年ごとにやってくる」ですかね。
洋装道行きは、大正元年生まれの亡くなった母のものでした。
生地が好きで何かに役に立つかもと、
ずっとタンスの中に。
私は2019年9月から2020年8月末までコロンビア・ボゴタにいました。
私のアパートのご近所さんのカロリナと友だちになりました。
彼女はデザイナーでLEDAというブランドでアルパカを中心に製品を扱っていました。
私は白のアルパカのセーターを買いました。日本円で3万円ほど。
アルパカのセーターのデザインは袖ぐりが大きくゆったりとしています。
広い袖ぐりが入る羽織るものがほしいが・・・
タンスから取り出して着てみました。
あらまあ、今風のファッションじゃない!
3.75歳のわたしができること、命のバトン~引き継いてつないでいく
昔の人はみなそうしていたと思いますが、私の母も着古した着物でふとんを包む大型の風呂敷にしたり、着物の腰紐や雑巾などを作って使い切ってました。
この精神は「もったいない」とは違うな気がします。
100円ショップやユニクロのように手軽に買える価格も断捨離という言葉も出てきて、
捨てることが美徳とされ、罪悪感がない昨今です。
日本は1万7千年まえの縄文時代から神から頂いたものという考えでリサイクルし最後は土に返してきました。私は伊勢神宮の稲刈りのボランティをさせていただいた時、刈り取った稲は縄にし最後は土に返して土の肥やしとしてきた長い歴史があり、ものにも人にも「恩返し」でいのちをつないできた話を伺いました。日本は昔からリサイクルで生活の場も清潔でした。母の時代までは、太陽に手を合わせるのと同じで当たり前の世界だったとおもうのです。
そして今、再びそのことに気づいた人々がそれぞれにサスティナブルの考えで、
「命のバトン」をつないでいること知りました。
ならば、75歳の私に
今できることは何か?そんなことを常々考え続けていました。
4. 閃いた!あばあちゃんの手縫いプロジェクト
先程も少し触れましたが、私は2019年9月から2020年8月末までコロンビア・ボゴタで生活していました。日本には「四十九日」という法事がありますが、日本と真反対のコロンビアから帰国すると気候・標高の大きな違いが身体に堪えました。身体が慣れるのに49日が境目でした。また1年間コロンビアに住むと気質までがコロンビア人ぽくなって、日本人でありながら日本人に戻るのに3ヶ月ほどかかりました。
年齢を考慮して、無理せず環境になれるのに身を任せました。
その間、
眠っている絹の着物を解き絹のパジャマやインナーにしようと、
チクチクと手縫いで縫いました。
絹の滑らかな優しい肌さわりは、まるで猫をなでているような感覚です。
生地を無心に縫っていると瞑想しているような時間に、
至福な時間になっていたのでした。
そうだ!閃きました。
閃きは足元にありました。
閃きはやっていたことでした。
。 繭から糸にして縦糸と横糸を紡いで布に織り着物になったいのちです。それが現代の生活様式が変わり着物はタンスの中に眠っています。私はそのタンスの中に眠っている着物にアップサイクルして、再びいのちを吹き込み陽の目にあて、
「命のバトン」を手渡してしていきたいとおもいました。
手でシクシクと縫うことが好きなおばあちゃまに声かけて一緒に作り、
私がバイヤーになっておばあちゃまが作った作品を
世界にサスティナブルな日本の着物の魅力を発信していく。
私は日本から持っていった着物を、巻きスカートやベストにアップサイクルして
コロンビアのご近所さんにプレゼントしたことがあり、
大変喜んでいただけました。
おばあちゃまたちの作品を私が売って、
おばあちゃまが手縫いで作った作品は
運営費等の手数料を引いた金額を支払う仕組みを作ります。
タンスの中で眠っている着物に命を吹き込むサスティナブルの考えです。
三方良しの考え方で喜んでもらう事業をすることで恩返しができると、
浜辺で太陽に手を合わせているときに閃きました。
5.手仕事こそ、人生百年時代のヒント
私を始め今は人生百年時代に戸惑っているのではとおもうのです。
亡くなった母が腹をくくったとき「それが因果よ」と潔く言ってました。大正・昭和初期に生まれたおばあちゃまたちは、戦後の自由民主主義に「それが因果よ」と受け入れてきたとおもうのです。子どもが結婚してやれやれで子どもの孫と少し遊んでいるうちに寿命になる時代ではなくなりました。以前から言われてはいましたが現実になると、
いきなりという感じです。
人生百年時代に、神様が100歳まで生きろと言われたら生きてしまう時代です。
私の母は潔い人でした。魚屋をしていました。サラリーマンの長男から「もう歳だから辞めてくれ」の言葉に息子に迷惑はかけられないと潔く市場の権利も捨てました。
魚屋をしているときはにっこりほっこりした顔で女布袋さんのようだと、
私は惚れてました。
母は離れの部屋でボケないようにと雑巾など縫ってました。
でも、魚屋を閉めて2年もするとボケて、半年ほど嫁さんを困らせて亡くなりました。
人間は必要とされないようになるとボケてしまうのだなあと母を見ていて思いました。周りのおばあちゃまたちも、
家族に迷惑かけないようにボケないで元気に過ごせるようにと、
願掛け慈童にいったり、小さくなって生きている人を身近に見かけます。
もちろん、スポーツセンターに行きオシャレして、
芸術に旅行にお食事会にと勤しんでいる方も居るのも確かです。
私は考えました。
手仕事こそ百年時代のヒントに。
サスティナブルの考えで着物をアップサイクルして、
指先を使って縫って、お金になって、ひとさまが喜んでもらえる場を提供しする。
おばあちゃまたちが必要とされて
活き活きと楽しく生きられる場を作る
そんなプロジェクトを考えました。
6.先ずは、自分で縫ってみる
ネコのように冬暖かい。夏も涼しい。しかもゲドックスの効果もある絹です。
絹の肌さわりは幸せ気分です。
私の時代はお茶とお花と和裁が花嫁修業でした。私は勤め帰りに和裁学校に行き、結納から式まで間の1年間も和裁学校で1日中縫ってました。喪服まで一応縫いました。
小学校も中学校も家庭科の時間に運針の授業が有りました。
私はミシンは苦手ですが、運針はできます。
絹の長襦袢を解いて着物と同じように直線裁ちで四角と長四角をつなげて縫い、
裾とウェストにゴムを入れてパジャマのズボンをつくりました。
同じように四角と長四角をつなげて縫いブラウスになりました。
〈作品1,絹の長襦袢をワイドパンツとフリーブラウスにアップサイクル〉
フリーブラウスのようにして着てみました。
スカーフは着物の八掛を利用。
暖かくて、蝶の羽根のように軽やかです。天使の羽根のようです。
〈作品1,色違い、絹の長襦袢をアップサイクル〉
上の梅花柄とデザインは一緒です。
手縫いで作った作品は柔らかな雰囲気が出ます。
7.へえ、今どき洋裁を習いたい人がいるのね-78歳の洋裁の先生との出会い
洋裁の先生との出会いは
湯河原の和菓子「扇屋」さんのつながりでした。
この店のこし餡のおはぎは1個140円で安くて美味しくて、私のお気に入りです。
2年ほど前に、ガラス戸に紙の周りは日に焼けて茶けている古びた張り紙に「洋裁教えます」という張り紙を記憶していたので「今も教えてますか」と尋ねました。
電話すると「へえ、いまどき洋裁を習いたいという人がいるのね」。
12月13日、はじめての洋裁です。プロジェクトのためにまず私が習う。
「ごめんください」。猫が4匹いました。先生は78歳。
12月14日2回目、私の手作りのお弁当持参で
先生の分も持って、一日仕事で教えていただきました。
先生は「立体裁断」に出会ったら、面白くて・面白くてハマりましたと。
無駄を省いた断捨離の考え方で裁断していくやりかたを見ていると
裁断士のプロフェショナルだなあと思いました。
8.作った。着た。自画自賛、惚れます。
〈作品2、絹の袷の着物の白無垢の裏地をインナーとワイドパンツにアップサイクル〉
手縫いで、ひとつ出来ました。
下着として着て肌さわりが良くとても暖かいです。
生地は着物の裏生地の白無垢の羽二重です。
洗うときはヘアーシャンプーで洗います。
でも、絹は不思議と汚れないです。
友達は留め袖に挑戦です。
友達はもともと洋裁ができますが、
立体裁断にあこがれて先生に習い始めました。
すごいんです。
なにがというと朝8時から5時までみっちり先生に教えを頂いてます。
立体裁断しているところです。
〈作品3,留め袖を繭型ドレスにアップサイクル〉
繭型ドレス、出来ました。
新年会に着て行きたいと、頑張ってました。
〈作品4,私の二十歳のお祝いの振り袖を「花柄インナー」にアップサイル〉手書きの花柄は、インナーにアップサイクル。
親から娘にサスティナブルファッションで大切なものを伝えたい。
娘に着てもらえたらうれしいな。
私達日本人は食事の時「いただきます」と手を合わせます。その「いただきます」はお百姓さんや、料理をしてくれた人に対して感謝の気持ちが「いただきます」と
手を合わせると同様に、
着物のいのちを「使わせていただきます」と大切に使わせていただきます。
ひいてはこどもたちにも伝わっていくことを祈ります。
このつぎは、この子どもの七つの祝いの着物を、アップサイクルします。
9.「庭子の部屋」で仲間を募集中
―縫い手さん、着る人、プロジェクトに賛同してくれる人ー
「庭子の部屋」をちょこっと紹介します。
写真の机は樹齢600年のタモの樹です。
オーストラリアの沼地に巨大な鉱山が埋まっていると、
衛生が見つけたそうです。
掘り出したら巨大なタモの樹だったと。
日本に運ばれて
家具作家さんが作ったもので長さ3メートルあります。
大正ロマンが漂う私の部屋に、この机が縁あってきました。
この机が取り持つ縁で、
“寄り合い”の場にも使ってもらえるのもありかな。
“寄り合い”知恵を出し合い
おあばあちゃまたちも活き活きとし、
嬉しいな楽しいなという場所に。
祖母のものです。母のものですとタンスの中で時代を超えてきた着物や長襦袢をアップサイクルで、おばあちゃんたちの手縫いで
着物たちが生まれ変わっていくお雑巾を手縫いできる人も一緒に縫っていると上手になります。
好きこそです。
着る人も喜ぶ
つながりができる
仲間を募集中です。
ネット販売も取り持つ縁でご意見を聞かせていただきたいです。
写真は湯河原中央温泉です。
私が住む湯河原は良質の温泉が出てます。
多くの文豪たちが訪れ常連になり湯河原に居を移された方々がいます。
温泉に入りながら私の家に泊まって
作品をつくることもありかなとも考えます。
庭子75歳「絹ネコ物語」プロジェクトを
一緒に作っていきたいというひと、
縫い手さん、
着てくださるお客様、
仲間を募集してます。
また、教えていただきたいです。
あなたの声をお待ちしてます。
ご連絡先は池田庭子
tibitaka2014@gmail.com
FBメッセージ: 池田庭子(Teiko Ikeda)