僕が犬を大嫌いな理由
私は犬が嫌いです。
実家で犬が虐待死しました。
犬は何も悪くありません。
犬に罪は全くありません。
そもそも、小さい頃、団地で大型犬を飼っている人がいて、その犬に追いかけられた時点から犬は苦手でした。
追いかけられてるのに、誰も助けてくれない。
転んで覆いかぶされているのに、大人たちは可愛いねーとこちらを指差して笑う。
助けて、と何度も叫んで泣いているのに、誰も。
子どもは怖がって近寄らないし、大人は笑っているかこちらを見ていないかしかなかった。
小学校5年生の時に、引っ越しをした。
その時に、また母のあの「教育熱心」が顔を出し、情操教育のために犬を飼うことになった。
私は犬が苦手だったけれど、子犬だったし、大きくならない、と親犬の飼い主に聞いていたので、私なりに丁寧に犬に接した。
犬のこと、可愛がった。
シャンプーもしたし、散歩もした。
でも、中学校にあがって、部活で遅くなるようになってから、散歩にはほとんど行けなくなった。
部活から帰ったら自分たちのご飯を作らないといけなかったし、時間がないことを言い訳に、私は犬の世話の一任者から降りた。
でも、妹が犬にご飯をあげていたし、散歩は誰か行っているのだろうと思っていた。
そんな冬、犬が出産をした。
誰も犬が妊娠していたことに気づいていなかった。
飼っていた犬は、気持ちが高貴で、それまでオス犬を寄せ付けなかったからだ。
犬の避妊手術をしていなかった、という知識は、その時に得た。
犬は、暗い汚い庭の隅でこっそり出産した。
胎盤は全部食べられて、子犬も母犬も凍えていた。
私は自分の使っていたブランケットを、犬にあげた。
しかし、母犬はもたなかった。
栄養失調と、冬の寒さで、ブランケットに子犬たちを守るように死んでいた。
死んでいることにすらしばらく誰も気づかなかった。
犬は火葬された。
猫と一緒の集団墓地に入った。
残されたのは、里子に出せなかった二匹の犬。
犬二匹は実家でそのまま飼うことになった。
犬二匹が少し大きくなってきた頃、二匹は庭に移された。
痩せていた。
私は高校に入り、さらに帰りが遅くなった。
私の部屋からは、犬は見えなかった。
だが、痩せていた。
なぜならご飯をもらえていなかったから。
犬二匹は、いつも自分の糞を食べて生きていた。
たまに私がご飯をやった。
でも、その時には目も当てられないほど痩せていて、当時30キロしかなかった自分を見ているようで、怖くなって、ご飯をあげられなくなった。
予防接種には行っていたようだ。
たまに父が珍しく帰ると、犬を解き放ち、普段散歩してもらえない犬はものすごく喜んで興奮して、住宅街の一角を走り回った。
そんなタイミングで私が帰宅することも多く、興奮した犬に毎回襲われて、私の犬への恐怖心はさらに固くなった。
犬は、そんな状態だったのに、それなりに長生きした。
私が結婚して、離婚して戻ったときも、犬は骨と皮だけになりながら、二匹で励まし合って生きていた。
離婚して戻ったとき、私に割り当てられた部屋は犬の横だった。
ご飯をもらえず、鳴くと叩かれ、散歩にも行けず、ただ二匹、糞を食べるか、お互いを舐め合う姿だけを見て、私はしょっちゅうフラッシュバックを起こして暴れた。
犬は、私がされてきたことを、そのままされていた。
母は、自分が虐待しているという認識はなかった。
私は犬が怖くて、可哀想なのにご飯をあげることができなかった。
かろうじてご飯をあげようとすると、母がやってきて、量のチェックをされる。
「そんなにあげたら犬が太る!減らしなさい!」
こんなに、痩せているのに?
こんなに、ご飯を食べたいと言っているのに?
そう、私も、ご飯が食べたくても与えてもらえなかった。
私の脛も腕も、骨と皮一枚だけだった。
私と、一緒。
犬は、結局私が家を出て行ってからもしばらく生きた。
でも、私は犬が触れない。
近くにも寄れない。
犬が怖いと言うより、犬が嫌い。
私は、犬が嫌いなんです。
そして、今実家には、猫が一匹います。
可哀想に。