自分は人生でも「伏線回収」が好きなんだと思う
ときどき、好きな洋楽の歌詞を和訳することがある。
と言っても単語力は限りなく低いので、ググりながら少しずつ進めている。 つい数日前、その過程で知った単語がスマホで暇つぶしに遊んでいる"WORD TRAIL(英語版クロスワード)"に登場して小躍りした。単語自体は"poet(詩人)"というなかなか単純で使いどころの少なそうなものだったが。
自分は「伏線回収」が好きなのだと思う。
小学生の頃からミステリ小説ばかり読んでいるし、最近は「大どんでん返し!」「ラスト〇〇ページで怒涛の展開!」と銘打たれている作品にばかり目が行ってしまう。数年前はその叙述トリックに惹かれて知念実希人さんの小説を読み漁っていた。最初に読んだ著作が「リアルフェイス」で、あまりの爽快感に耐えられず周りの人に薦めまくっていた記憶がある。
では、なぜ自分が伏線回収を好むのか?
今までは、自分の理解力が低いからだと思っていた。いや、今も一つの見解として確かにある。※なぜ伏線回収が好きなのかは別記事に分けて掘り下げないと自分の頭がパンクしそうなのでまた今度。
ただ冒頭に書いたpoetの件を受けて、
「伏線回収が好き」ということ自体を一つの特性として捉えられるのでは?という考えが頭によぎったのである。
伏線回収は誰でも好きだろ!という声が聞こえるような気もするが、私は特にそれが好きだと思う。伏線回収によって得られる喜びが他人よりも大きい気がするのだ。具体例を挙げていないのでまるで説得力が無いが、正直そろそろ書くのに疲れてきた。Twitterは何時間でもできるのに。
とにかく、「理解力が低い」という自分の短所からくるものだと思っていた私の伏線回収好きをもっとポジティブに捉えられるかもしれない、という可能性に気付いたのである。自身へのネガキャンが癖になっている人間にとってはかなりの朗報だ。また今度、この記事のことを思い出したらもう少し考えてみたい。