赤頭巾ちゃんの訪問。そして黒頭巾ちゃんとおおかみの電話
黒頭巾ちゃんのところに、赤頭巾ちゃんがやってきました。
「あら、お久しぶり。どうしたの?」
「そ、それが……。緑頭巾さん、お願いだから聞いてください。わたし、わたし……」
赤頭巾ちゃんは泣き出してしまいました。
ちなみに『緑頭巾さん』というのは、黒頭巾ちゃんのことです。黒頭巾ちゃんは、普段は緑の頭巾をつけているのです。黒頭巾ちゃんはいちおう主婦なので、黒頭巾は隠しておかなければならないのです。
黒頭巾ちゃんは、ピンときました。
(あいつね! だから、言わんこっちゃない)
そうですあいつです。これは、おおかみの仕業に違いありません。
先日二人は、黒頭巾ちゃんを介し知り合いました。もちろん、わざわざ紹介したわけではありませんが、おおかみに若くて可愛い女の子を見せてしまったのですから、ろくなことが起こっていないのは考えなくても想像がつきます。
「一体どうしたの? とりあえず、中に入ってちょうだい。温かい紅茶でも淹れるわ。さっき、庭で取れたローズヒップでジャムを作ったの。ロシアンティーにしましょうね」
温かい紅茶を前にしても赤頭巾ちゃんは手をつけず泣いていましたが、しばらくして少し落ち着いたようでした。
「緑頭巾さん、ありがとうございます……。この紅茶、とても美味しいです」
「それは良かった。昨日焼いたパウンドケーキがあるから、それも持って来るわ。ちょっと待っていてね」
黒頭巾ちゃんはさりげなくリビングを離れました。そして、素早くキッチンの側で充電していた携帯電話の表示を見ました。やっぱり着信有りになっています。相手はおおかみでした。
用事は大体見当がつきます。
(まったく! あのバカ!)
黒頭巾ちゃんはお皿にパウンドケーキを盛り付け、目を赤く腫らした赤頭巾ちゃんのところへ持っていきました。
「このケーキ、ちょっとお砂糖が足りなかったかもしれないんだけど、良かったら食べてみてちょうだい」
「ありがとうございます……」
黒頭巾ちゃんは自分も紅茶を飲みながら、一体どうしたものかしばし考えました。
まぁでも、これは赤頭巾ちゃんの出方にもよりますから、とりあえず何も言わずに様子を見ることにしました。
ローズヒップのジャムはまぁまぁ良く出来ています。
(今度は、もう少し、蜂蜜を多めにしてもいいかなぁ……)
テラスのほうに目をやると、コスモスが花盛りになっています。そして、そのそばでロサ・カニナが赤い実をつけているのがわかります。ロサ・カニナはヨーロッパの野生種、いわゆる「野ばら」なので枝が暴れやすいのですが、黒頭巾ちゃんは好きです。棘はあまり多くないのに、刺されるとすごく痛いところもお気に入りです。
「実は……お話したいことがあって。先日紹介していただいた、おおかみさんのことなんですけど」
紹介なんかしてないけど、と思いながらも黒頭巾ちゃんはうなずきました。
「ああ、おおかみさんのことね。あの方が、どうかしたの?」
「あの……。お話していなかったんですけど、実はあのあと、わたしたち、お付き合いしていたんです」
「あら、そうなの。それは知らなかったわ」
「それで、あの……。最近わかったんですけど、おおかみさんは、わたしの他にも付き合っている人がいたんです。それも、たくさん。わたしが泣いて怒ったら、実は結婚してるって言い出して。素敵な人だと思ったのに、ひどい……」
言い終えて、さめざめと泣き続ける赤ずきんちゃんを目の前にしながら、黒頭巾ちゃんはこっそりと溜息をつき……。一呼吸置いて、話し始めました。
「あのね、最初に大事なことを聞くけど、いいかしら?」
「はい。なんですか?」
「赤頭巾ちゃん、体のほうは大丈夫? 避妊はちゃんとしてた? 避妊って言うのは、コンドームをしてもらっていたかってことよ。もしもしていなかったとしたら、妊娠の検査はもちろん、性病の検査にも行ったほうがいいわ。放っておくと、将来、赤ちゃんが産めなくなるかもしれない」
「えっ。妊娠は大丈夫だと思うんですけど……。危険日じゃなかったので……。でも……。不安になってきました」
(うんうん、だよね。あいつは生が好きなんだよね)
黒頭巾ちゃんは悲しい気持ちになりながら、話を続けました。
「あのね、赤頭巾ちゃん。おおかみは確かにちょっと素敵よね。お金も持ってるし、毛並みはいいし、連れて歩いて見劣りしない美男だもの。でもね、あのおおかみと付き合うのは、赤頭巾ちゃんにはムリ。赤頭巾ちゃんは純粋すぎるの。おおかみには悪気はないのよ。あれはもう仕方ないの、ほうっておくしかないの。上手く防御できない赤頭巾ちゃんが悪かったのでもない。仕方なかったの。今後のことなんだけど、まずは病院に行きましょう。心に傷が残るだけなら大したことじゃないけれど、体に一生残る傷がついたら、それこそ大変。何年も何年も、赤頭巾ちゃんはおおおかみを恨んで暮らす事になるわ。それはね、純粋に、時間のムダよ」
赤頭巾ちゃんはびっくりしたように黒頭巾ちゃんを見つめ、何事か考えていたようでした。さっきよりは目が覚めてきたみたい。
「緑頭巾さん、わたし心当たり、あります。いろいろと、不安になってきました。これからわたしがしなきゃいけないことは、まず、病院にいくことなんですね。それと、やっぱりわたしは、おおかみさんに騙されていたんですね。わたしはこんなに、好きだったのに。本気だったのに……」
赤頭巾ちゃんは、うなだれたまま、言いました。
黒頭巾ちゃんは立ち上がって、テラスからサンダルでお庭に出ました。そしてお庭に咲くピンクや白のコスモスとローズヒップの枝を切って合わせ、花束を作り、赤頭巾ちゃんにプレゼントしました。
「これ、おうちに帰って活けてね。だいじょうぶ、元気を出して。赤頭巾ちゃんはこんなにかわいらしいんですもの、これからいくらだって、良い人に出会えるわ。だから今回のことはすっぱり忘れるの。赤頭巾ちゃんのこと、わたしは大好きよ。だからお願い、あんなおおかみのことなんかで、悩んだりしないでね」
赤頭巾ちゃんが、しゅんとしたまま……でも、来たときよりは少し顔を上げて玄関を出て行ったので、黒頭巾ちゃんはほっとしました。
そしてしばらくすると。まるで見計らったかのように、黒頭巾ちゃんの携帯電話が鳴りました。見ると、おおかみです。
「あ、俺。しばらくだね」
「ほんとね」
「あのさ、この間紹介してもらった赤頭巾ちゃんのことなんだけどさ」
「紹介なんかしてないけど。赤ずきんちゃんなら、来たわよ、さっき」
「え、そりゃずいぶん早いなあ」
「いいかげんにしてよ。女だったら誰でもいいくせに、ああいう純粋な子まで傷つけるなんて」
「たまには俺だって清らかな子と付き合ってみたかったんだよ、別にいいじゃん。別に無理やり誘ったわけじゃない」
「そうね、二人のことはわたしには関係ないわ。じゃ、切るね」
「そう冷たい言い方するなよ、黒頭巾」
「赤頭巾ちゃん、泣いてたよ」
「メソメソしてる女って苦手。うっとうしいし。で、上手く言ってくれたんだよな?」
「上手く言うってどういうこと? ま、あんたがサイテーだっていうことだけは言っておいたけど」
「ひどいなあ」
「本当のことなんだからいいじゃない。で、話、終わり? もういいよね」
「なんだよ、久しぶりなんだからもう少し話そうぜ。っていうかさ、たまには遊ぼうよ、黒頭巾ちゃん」
「あんたとはごめんだわ。とりあえず病院に行って、性病じゃありませんっていう証明書を貰ってきてよ」
「へえ、じゃ、証明書貰ってきたら遊んでくれるわけ?」
「どっちにしてもお断りに決まってるでしょ」
「冷たいよなあ。なんでだよ、昔は楽しかったのに。黒頭巾も家でちまちましてないで、たまにはぱーっと遊びに行こうぜ。好きそうな所に案内してやるからさ」
「バーカ。わたしはあんたが思ってるほど、ヒマじゃないのよ」
黒頭巾ちゃんはぶち、と電話を切りました。
もう日が暮れかかっていました。リビングのソファからテラスの向こうのお庭を眺めると、コスモスが風に揺れています。
コスモスの花ことばは、乙女の真心、そして純潔。あのコスモスにすべてを託して、赤頭巾ちゃんが悲しかったことを忘れてくれればよいな、と黒頭巾ちゃんは思うのでした。