「霊的な存在」の祓いかた①
私自身、ヒーリングやリーディングを学ぶまでは、自分以外の目に見えない存在=霊的な存在いわゆる「おばけ」に振り回されていて、本当に困っていました。
1番振り回されていたのは高校生の頃で、友達と行ったカラオケで歌詞が出るモニターの後ろに潜む落武者が見えてしまったり、駅前を歩いていたらボロボロの着物姿の子どもが歩いていて「お母さんとはぐれたかな?てか、なんでこんな格好なの‼︎」と思っておまわりさんに言いにいこうと思ったら目の前でその子が消えたり、もう本当に色々。
いつも彼らは、霊的な存在だと思わないくらい普通にリアルカラーで現れるので見分けがつかず、普通に対応しようとする自分に毎回ドン引きしてました。
いい加減「わかれよ」、って。
でも、なかなか認められなかったな。自分が違うものを見えてしまうことが。それを認めたら人と違う自分になってしまうような気がして怖かった。
そんな風に見える自分を騙し騙し過ごして、二十歳になったとき。あまり見えることを他人には言えなかったけど、そんな中でも相談できてた友達から
「二十歳を機に“(霊的なものは)見えない”って自分で決めれば、見えなくなるらしい」
…と教えてもらい、私はそう思い込むことに。でも「見えない」と強く思い込んでも、見えてしまう。それがものすごく嫌で(“見えない”と思っているのに、見えてしまう自分がいることで余計に“見える”ことが強調される感じが嫌でした)、思い込むというより見えた瞬間、ピントをズラしていく方法を編み出して(必要は発明の母ですね…)、だんだんそれが上手になって、たとえ何か見えても脳が判断する前にピントをズラせるようになり、それ以降は振り回されることはなくなりました。
今思えば、臭いものに蓋をしただけでしたが。見えなくなった数年は毎日が楽ちんだったことを覚えています。
でも結局誤魔化してただけなので。30歳を過ぎた頃から、どんどん誤魔化しきれなくなりました。
学生ではなく、すでにバリバリの社会人だった私は常識的にとても混乱しました。精神科に行くべきか、お祓いに行くべきか。どちらも行きたくないけれど、行くしかないのかなぁと諦めかけた時、友人から教えてもらったのが「リーディングセッション」。藁にもすがる想いでよくわからないままセッションを受けて、あれやこれやがあってヒーリングを学ぶことになり、リーディングも学んで今の私がいます。
そして、ヒーリングやリーディングを学ぶ中で学生の頃や30歳をすぎて復活してしまった「霊的な存在が見える」ということが、どういうことだったかが理解できました。
「祓いかた」といっておいて、まだ核心にふれていませんが。長くなったので続きは次回。