
まだ話しにくいテーマなのね。
私にとっては「見える世界」も「見えない世界」もどっちもどっちで、どっちがどっちでも、どっちでもいいくらい当たり前にあるものなのですが(“どっち”を多発しすぎてワケがわからなくなりますね笑)。
「日常生活で“見えない世界”の話をすると奇異の目で見られてしまうんです…」
…と、セッション後のおしゃべりで少し言いにくそうにおっしゃる方がたまにいらっしゃるので、そうかまだまだ難しい話題なのかなと知る私がいます。
そうかー。まだまだ奇異の目で見られてしまうのか。
でも、私の前では何の問題もないので、遠慮せずご自身の感じたことや見たことをお話ししてくださいね。奇異の目では絶対見ないので笑。むしろ、共感しかなかったりもするので笑。その日常とは、全然違う場があるのが私のセッションルームです。お気軽にどうぞ。
ちなみに。
私がその手のお話しを伺って悲しくなるのは、ご自身は見えない世界にも寛容なのに、奇異の目で見るような人の前ではその寛容さを隠しているようなとき。
例えば。
お子さんが見えない世界に対する感度が高いことをきちんと受け止めていらっしゃるのに
「おかしな子なんです、うちの子・苦笑。
でも私は全然そういうのわからなくて。」
…みたいなことをつい言ってしまうような時、あると思うんです。“見えない世界”にまだまだ慣れていない世の中で浮かないように先回りして手を打つようなセリフを言うことで、奇異の目の直撃を避けるような。大人なので。当然といえば当然です。
それでも私は悲しくなってしまいます。
もしその言葉をお子さんが耳にしたら悲しいだろうなぁ、親御さんも本当はそんなこと思ってないのに、お子さんに誤解されてしまうのは悲しいなあ、と思ってしまうので。
たとえお子さんの目の前で言わなくとも、巡り巡って伝え聞くこともあるだろうし。だから、そういうお互いが悲しくなる言葉は言わぬが花、かと。
というか。
そんな先手を打たずとも、普通に話せる世の中に早くなればいいなと思います。まぁ、私がヒーリングを学び始めた15年くらい前に比べたら、かなり寛容になってきていますけどね。それでも、まだ話しにくいテーマではあると思うので。
それと。話しやすい世の中になるには、いわゆるスピリチュアル界隈の人がヘルシーでいるのも大切なことだと思ってます。
ヘルシーっていうのは「立派」とか「善人」とかそういうことではなくて。もっとシンプルでもっと安心感に繋がるような感じ。根っこの強さと大らかさと優しさ誠実さがあれば、スピであろうとなかろうと、見えようが見えまいが。普通にすてきだなと思います。