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『ひとりぼっちの地球侵略』Valentine's Day/White Day【4】
「ここよ」
2年4組からチョコクッキーを盗んだ女子生徒を伴って、アイラは松横市のとある墓地に来ていた。アイラにとっては最近訪れたばかりの場所である。二人が出会ってからもう1時間以上経過している。夕日もほぼ地平線の向こうに沈み、紫色の空を寒風が駆けていった。
「広瀬家……」
「そうね、広瀬凪のお墓よ。凪は両親を亡くしていたらしくてね。そこに一緒に入ったそうよ」
女子生徒は静かに広瀬家の、凪の墓を見下ろしている。
「……お供えしないの? チョコ」
「あの……ここまでしてもらってありがたいんですけど……」
女子生徒は俯いたまま話し続ける。
「いきなり案内されたのもあるかもしれないんですけど……ここに……凪君がいるってどうしても実感が湧かなくって……」
あながち否定できる言葉でもないな、とアイラは思った。そこに凪の遺骨が納められていないのは事実なのだ。以前、結局は既に亡くなっていた女性のブローチから記憶を読み取ろうとしたこともあったが、それもあくまで生前に遺された記憶を辿ったに過ぎない。亡くなってしまった人々がその後どこにいるのか、何を思うのかなど、アイラには知るよしもない。
「そうね……確かに、私もここに凪がいるという実感は湧かないわ」
そう言って、墓へと一歩近づく。
「でも大事なのは、きっと彼がどこにいるか、じゃないのよ」
女子生徒がアイラへと振り向く。
「どういうことですか……?」
「結局、人間なんて生きることでしかそこに存在した証を遺せない生きものだから。死んでしまった後のことなんて誰にも分からない」
アイラは凪のお墓の前でしゃがみ込んだ。
「それでも私たちは生きていかないといけないのよ。亡くなっていった人々だって、みんなそうしてきたんだから。彼らが私たちに望むのは、きっと立ち止まることではない筈よ。そんなものは、人が刻むべき遺志ではありえない」
「……」
女子生徒は静かにアイラの話に耳を傾けている。
「もしここに凪がいないと思うのなら、自分自身に問いなさい。あなたが記憶している、あなたに記憶された凪という男の子は、あなたに対して何を言っているの。それを聞くのよ」
一際強い風が墓地を通り過ぎる。それが静かに収まった後、女子生徒はそっとチョコクッキーを広瀬家のお墓へと置いた。
「きっと……これで喜んでくれると思います。凪君、甘いもの好きだったから……」
「そうね……」
アイラは空を見上げた。ポツポツと星が瞬き始めている。急かすつもりはないが、そろそろ自分も移動しなければならない。
「帰りはピョートルに送らせるからリムジンに乗ってくれればいいわ。私は他に行くところがあるから、これで」
そう言ってアイラは立ち上がった。要件は済んだ。少なくとも女子生徒がこれで自ら命を絶つこともないだろう。ここを離れても問題ない筈だ。
「あ、あの……待ってください」
「?」
去り際に女子生徒に呼び止められる。余り長い時間はかけられない。一体これ以上何を聞こうというのか。
「どうして……ここまでしてくれたんですか。勿論助けてくれたのは嬉しいです。おかげで私はもう一度凪君のいるところまで来れた気がします。でも、なぜ……」
「……」
一昨日から今日までの三日間を思い出す。
破壊された街並み。
失われた人々。
龍介。
バレンタインデー。
クラスメイト。
凪。
「まぁ……極論を言えば、自分のためよ。全部ね」
そう。振り返ってみれば自分と関係のないことなど、一つもなかった。
私はあくまで私のために、この女子生徒を救ったのだ。
私が私であるために、それを必要としたのだ。
そう言えば、こちらも一つ聞こうと思っていたことがあったのを思い出した。
「私からも一つだけ質問。あなた、しばらく学校を休んでいたのは病気じゃなくて、怪我をしていたからなのね?」
「え、えぇ……そのときのことは覚えていないんですけど、気付いたら病院のベッドで寝ていて……当時、私の周辺にいた人も何人か入院することになった人がいたそうなんですが、何が起こったのかは全く分からないそうなんです……」
ほうら、とアイラは内心で肩をすくめた。
――これも私と無関係なんかじゃない。というか、あなたにも原因があるじゃないの、凪。しっかり観念して、そのチョコを受け取る事ね。
「そう。それじゃあ、改めてさよなら」
「はい。あの、アイラさんも、頑張ってください!」
きょとんとする。一体何を、と思いかけてすぐ理解した。
そういえば、この子にはそれを言ってしまっていたのだった。
「えぇ、頑張るわ。じゃあね、急がないと間に合わないから!」
そう言って走り出す。天の海の閉店まではまだ時間があるだろう。龍介もきっと裏の書店にいるはずだ。
走り出して気付いたが、龍介に自分の気持ちをどう伝えるか、考える暇は今日一日どこにもなかった。まぁ、大丈夫だろう。根拠は何もないけれど、今ならきっと大丈夫だ。
口から白い息が絶え間なく現われては、夜空へと消えていく。アイラは墓地を抜けると、電灯が暗闇を照らす松横の街並みへと、まっすぐに走っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ち、ちょっとこれ、本当に間に合うの!? じいにあの子を任せなければよかった! タクシーとかないのぉーーーー!?」