狂気の館

田中真一は、都市の喧騒から逃れるために田舎の静かな場所を訪れることにした。友人から紹介された古い館、黒羽館に泊まることになった。その館は森の中にあり、長い間誰も住んでいなかったという話を聞いていたが、安価で広いことから興味を引かれた。

真一が館に到着すると、そこには不気味な静けさが漂っていた。古びた外観と苔むした石畳、そして入口に立つ大きな木製の扉が彼を迎えた。彼はその扉を開けて中に入ると、館内は意外にも整然としており、家具や装飾がそのまま残されていた。

「ここが俺の新しい避難所か…」

真一は自分にそう言い聞かせながら、館の中を歩き回り始めた。廊下の壁には古い絵画が並び、重厚なカーテンが窓を覆っていた。その夜、真一は一室を選び、そこで寝ることにした。

真一が眠りについた夜半、彼は奇妙な夢を見た。夢の中で彼は館の中を彷徨い、誰かの叫び声が遠くから聞こえてきた。彼はその声に導かれるようにして暗い廊下を進んだ。突き当たりの扉を開けると、そこには一人の女性が泣いていた。

「助けて…」

女性はそう呟き、真一に手を伸ばしてきた。彼はその手を取ろうとした瞬間、目が覚めた。汗が額に浮かび、心臓が激しく鼓動していた。

「ただの夢か…？」

真一は自分にそう言い聞かせたが、心の中には不安が残っていた。

翌日、真一は館の中をもっと詳しく調べることにした。彼は書斎で古い日記を見つけ、その内容に興味を引かれた。日記には、館に住んでいた家族のことが書かれていた。

「今日もあの声が聞こえた。妻は日に日に弱っていく…」

日記の記述は次第に不気味なものになっていった。家族が次々と病気になり、最後には全員が姿を消したという内容だった。

「この館面白いな…」

真一は日記を読み進めるうちに、館の歴史に興味を持ち始めた。しかし、同時に不安も募っていった。


真一が館を調べていると、地下室への階段を見つけた。彼は興味を引かれて地下室に降りてみることにした。そこには古い家具や道具が積み上げられており、埃まみれの空気が漂っていた。

その中で、彼は古びたトランクを見つけた。トランクを開けると、中には古い写真や手紙が入っていた。写真には、かつて館に住んでいた家族の姿が写っていた。彼はその写真を見て驚いた。そこには、夢の中で見た女性の姿があったのだ。

「これ…夢の中の女性か…？」

真一はその写真を手に取り、さらに手紙を読み始めた。手紙には家族の苦悩と恐怖が綴られていた。

「館の中に何かがいる…それは我々を見守っている…」


その夜、真一は再び奇妙な夢を見た。夢の中で彼は地下室に立っており、周囲には不気味な影がうごめいていた。突然、背後から冷たい手が彼の肩に触れた。

「助けて…」

振り返ると、夢の中の女性が立っていた。彼女は涙を流しながら真一に訴えた。

「この館から逃げて…」

真一はその言葉に驚いて目を覚ました。目覚めた後も、その冷たい感触は彼の肩に残っていた。


次の日、真一は決意を固めて館の歴史をさらに調べることにした。彼は近くの図書館に行き、館に関する古い記事を探し始めた。すると、彼は驚くべき事実を知ることになった。

黒羽館では、過去に多くの人々が謎の失踪を遂げていたのだ。その多くが館の住人や訪問者であり、原因は一切不明とされていた。

「これはただ事ではない…」

真一はその情報に恐怖を覚えながらも、館の謎を解明する決意を新たにした。


館に戻った真一は、さらに調査を進めるために地下室に戻った。彼はトランクの中から見つけた手紙の内容を元に、館の中に隠された秘密の部屋を探し始めた。

廊下を歩き回り、壁を叩いてみると、一箇所だけ音が異なる場所を見つけた。彼はそこに隠し扉があることに気づき、その扉を開けた。

扉の向こうには、暗く狭い通路が続いていた。真一は懐中電灯を手に、その通路を進んだ。通路の奥には小さな部屋があり、その部屋の中には古びた祭壇と奇妙なシンボルが刻まれた壁があった。


部屋の中を調べていると、真一は古い書物を見つけた。書物には、館にまつわる呪いと儀式について書かれていた。彼はその内容を読み進めるうちに、館の家族が何か邪悪な存在を封じ込めるために儀式を行っていたことを知った。

「これが全ての原因か…」

真一はその書物を持ち帰り、さらに詳しく調べることにした。しかし、その夜、彼は再び恐ろしい夢を見た。

夢の中で、彼は祭壇の前に立っており、周囲には不気味な影が集まっていた。影たちは彼に向かって囁き始めた。

「ここから逃げられない…」

真一はその声に恐怖で目を覚ました。彼の心には深い不安が広がっていた。


次の日、真一は館を離れることを決意した。しかし、館の外に出ようとすると、扉が開かなくなっていた。まるで見えない力によって閉ざされているかのようだった。

「どうしてだ…」

彼は何度も扉を叩き、開けようと試みたが、扉はびくともしなかった。その瞬間、背後から冷たい風が吹き抜け、彼の心に恐怖が走った。

「この館は俺を逃がさない…」

真一は絶望感に包まれながらも、館の中で生き延びる方法を探し始めた。


真一は再び地下室に戻り、隠された部屋の中で儀式を行うことを決意した。彼は書物の内容に従い、祭壇の前で呪文を唱え始めた。

「この邪悪な存在よ、去れ…」

その瞬間、部屋の中に強烈な光が現れ、真一はその光に包まれた。彼の体は宙に浮かび、周囲の空間が歪み始めた。

「助けて…」

彼は必死に叫んだが、光は彼を包み込み、やがて全てが暗闇に変わった。


目が覚めると、真一は再び館のリビングに座っていた。全てが元通りになっており、彼は何が起こったのか理解できなかった。

「これは夢だったのか…？」

彼は自分にそう言い聞かせたが、心の奥底には疑念が残っていた。館内は静まり返り、何事もなかったかのように見えた。しかし、彼の中には不安が渦巻いていた。

真一は気を取り直して館から出る方法を調べ直すことにした。再び廊下を歩いていると、ある部屋の扉が微かに開いていることに気づいた。彼はその部屋に入ると、部屋の中央に大きな鏡が置かれていた。

その鏡に近づくと、自分の姿が映し出されているのに気づいた。しかし、よく見ると鏡の中の自分は微笑んでいたが、実際の真一は微笑んでいなかった。

「これは一体…？」

真一は鏡に手を伸ばし、触れようとした。その瞬間、鏡の中の自分が突然動き出し、彼を引き込もうとした。真一は驚いて手を引っ込めたが、鏡の中の自分は不気味な笑みを浮かべ続けていた。

「ここから逃げなければ…」

真一はそう思い、鏡の部屋から逃げ出した。しかし、館の中の道は次第に迷路のように変わり、彼は出口を見失ってしまった。


真一は館内をさまよい続け、やがて一つの部屋に辿り着いた。その部屋には古い家具や書物が散乱しており、中央には大きな祭壇が置かれていた。彼はそこで再び書物を見つけ、その内容を読み始めた。

「この館には邪悪な存在が宿っている。それは住人の魂を奪い、永遠に囚われることを望んでいる…」

その瞬間、背後から冷たい手が彼の肩に触れた。振り返ると、夢の中で見た女性が立っていた。

「助けて…」

彼女の目には絶望が浮かんでいた。真一は彼女に手を差し伸べたが、その瞬間、彼の視界が暗転した。


目を覚ますと、真一は再び館の中に戻っていた。しかし、今回は何かが違っていた。館内はさらに荒廃しており、壁にはひび割れが走り、天井からは埃が落ちてきていた。

「ここは一体…」

彼は再び館の中を歩き回り、出口を探し続けた。やがて彼は一つの部屋に辿り着いた。その部屋には巨大な時計があり、針は狂ったように回り続けていた。

その時、彼の耳元で囁き声が聞こえた。

「お前はここから逃げられない…」

真一はその声に怯えながらも、必死に出口を探し続けた。彼は再び地下室に向かい、隠し扉を開けて暗い通路を進んだ。


通路の奥には、再び祭壇が置かれた部屋があった。真一はそこで最後の希望をかけて、祭壇の前で祈りを捧げた。

「どうか、この館から解放してください…」

その瞬間、強烈な光が部屋を包み、真一はその光に引き寄せられた。彼の体は宙に浮かび、次第に光に溶け込んでいった。


目が覚めると、真一は全く見知らぬ場所にいた。周囲は暗闇に包まれ、冷たい風が彼の頬を撫でた。彼は立ち上がり、周囲を見渡したが、何も見えなかった。

「ここはどこだ…」

その時、遠くから誰かの声が聞こえてきた。声の主は見えなかったが、彼の名前を呼び続けていた。

「真一…真一…」

真一はその声に導かれるようにして歩き出した。しかし、どこまで行っても出口は見つからず、彼の心は次第に絶望で満たされていった。


最終的に、真一は一つの真実に気づいた。彼は既に館の一部となり、永遠に囚われの身となってしまったのだ。

「ここからはもう逃げられない…」

彼はその事実を受け入れざるを得なかった。館の中で永遠にさまよう運命に囚われた彼は、過去の住人たちと同じ運命を辿ることになった。


外の世界では、真一の失踪が騒がれたが、彼の行方は誰にも分からなかった。館は再び静まり返り、新たな訪問者を待ち続けていた。