「Gothic Of It All 〜アメリカン・ゴシック・ソングス・アンド・ムービーズ〜」ざっくりまとめノート①

 Twitterで知り合った、いなもとさん(@livebong)という面白い人がいる。一言でいうと、同じくTwitterで知り合った山本ニュー氏の言葉を借りれば「アメリカの田舎者が死んだり殺したり墓掘ったりする話が好きな女」である。彼女のつぶやきを見ると、アメリカの田舎者が死んだり殺したり墓掘ったりする話や音楽や絵やその他もろもろから醸し出される、煮詰まりきった南部の血と汗と土くれの匂いがプンプン漂ってきたものだった。

 師曰く、それらを包み込む魔法の言葉は「アメリカンゴシック」であるらしい。
 え、ゴシックってあの原宿によくいる黒いフリフリ軍団みたいな子たちのことちゃうのんと思う人が70%、バウハウスとかバンシーズみたいなゴスい人たちのことちゃうのんと思う人が20%くらいかと思われる。自分もいなもとさんの存在を知るまではそう思っていた。
 でも先日都内某所で行われた、いなもとさんをゲストに迎えたこのトークイベントを見たら、上記のような「ゴス」のスタイルとはまた異なる肥沃な「ゴシック」の世界があることがよくわかる、と思う。幸い録画の映像もネット上にアップされている
 だがこの動画は、あと数日で公開終了になってしまうそうな。そいつぁMOTTAINAI。というわけで、半ば勢いでイベント中に取ったメモをここに書き起こしてみることにした。
 で、やってみたら濃すぎてえらい分量になってしまい、到底終わりそうにないので、順を追ってちょびちょび載せてみようと思っちょります。荒いメモなのでご容赦ください。ところどころ、あとでまた清書・編集するかもしれません。それと主催の鈴木並木さん、進行のnoirseさん、ゲストのいなもとさんのコメントを区別せずまとめている箇所もあります。


AFTER HOURS|Vol.4「Gothic Of It All 〜アメリカン・ゴシック・ソングス・アンド・ムービーズ〜」メモ①

まず「ゴシック」とはなんぞや

「ゴシック」というものはもともと中世の建築様式に使われた言葉で、ざっくり言うと天を目指すような垂直方向の強調と、ごつごつしてなめらかでない質感が特徴。語源は「ゴート人の」という意味だが、ルネサンス期に野蛮だとか下品だとかあか抜けないという意味に転じた。美術史家ジョルジュ・ヴァザーリもぼろくそに言っていたりする。
 そんな具合にマイナスイメージの強いものだったが、18世紀に入ってイギリスでゴシックリバイバルの動きが起こる。その中で登場するのが『オトラント城奇譚』を書いたホレス・ウォルポール。この小説はサブタイトルが「ゴシックストーリー」とされていて、これが初めてのゴシック小説と言われる。お金持ちで数寄者のウォルポールは自らの別荘・ストロベリーヒルをゴシック風に改築して一般公開したりしていた。
 『ヴァセック』を著したトマス・ベックフォードも代表的な人物。この人はガチの引きこもり。ゴシックなおうちにこもってゴシック小説を書いてたそうだが、その家はわりと手抜き建築だったそうで何回も倒壊しているらしいw。しかしゴシック的精神からすると倒壊するのも喜びなんじゃろかー説。
 こうして城などを舞台にしたダークな味わいのゴシック小説が流行するも、いわば金持ちの酔狂な趣味から発生したキワモノ的ムーブメントであり、三文小説として読まれていたそうな。

「アメリカンゴシック」の誕生

 だが、これがアメリカに持ち込まれてローカライズされた際には、主流文学となっていく
 アメリカにおけるゴシック小説のパイオニアは、アメリカ初の商業小説家と言われるチャールズ・ブロックデン・ブラウン。イギリスのゴシック小説の名作『ケイレブ・ウィリアムス』に感動し、彼はアメリカに舞台を変えてゴシック小説を書き始める。
 それまでのゴシック小説では舞台は城などの閉鎖空間だったが、アメリカの場合はそういう場所があまりない。代わりに、未開拓の荒野が人の動きを制限する閉鎖空間となる。悪役もイタリア人などの異人悪漢が出てきていたパターンが多かったが、そういう人がアメリカの場合いなかった。そうすると誰にその役割を負わせるか、となればインディアンになる。ゴシック風の様々な要素をアメリカに置き換えることで、アメリカンゴシックが誕生する。
 イギリスのゴシック小説は、悪の所在を人の心の外に置いていたが、ブラウンは悪の所在を外的要因ではなく人の心に移動させた。そうすることによって、主流文学にゴシック的要素がみられるようになる。それがホーソーンやポーへと繋がっていき、20世紀に入ってからは南部ルネサンスと結びついてフォークナーやフラナリー・オコナーのサザン・ゴシックに受け継がれていく。
 異文化の衝突するところに発生した、野蛮なものやダークな部分を外部に置き換えて語るのがゴシックといえる。アメリカの場合は各国から人が流入し黒人奴隷もいてネイティブアメリカンもいたせいか、より浸透したのでは。自国の内部に(差別などの)恥の歴史、ヨーロッパでは外国人などの形で「外部」とされていた要素が内在しているような側面がある。
「アメゴシ」は確固たるモノとして「在る」わけじゃなくて、様々なところに「見いだすことができる」だけ。批評家のレスリー・フィードラーは「アメリカの小説は全部ゴシックだ」と言っちゃって、ゴシックゴシックと無制限に言われまくるバズワードになっちゃったりもした。いっぽう、「アメリカの」がついた時点で別物、という人も。論文などを読んでも各自でゴシックの定義をするところから始まる。みんなの心の中にゴシックがある、ということにw。

「ゴス」と「ゴシック」と「アメリカンゴシック」の違い

 たとえばマリリン・マンソンは、スタイルは「ゴス」だが中身は保守のアメリカが客観的に見えている「アメリカンゴシック」。
 いなもとさんの中では、ざっくり言うと
 「ゴス」:ヨーロッパ型のゴシックのスタイル
 「ゴシック」:美術史の建築様式、中世のキリスト教美術を表すターム。
 「アメリカンゴシック」:アメリカの伝統的キリスト教・白人社会、保守派の世界にまつわる概念。
 
 『亡霊のアメリカ文学』『亡霊のイギリス文学』(国文社、2012)の目次を見比べると、米英のゴシックの違いがわかりやすい。
 亡霊は過去と結びつきやすいので各々ゴシックを意識しながら書くものだが、目次を見ただけでもアメリカの方にはエスニックの亡霊なんかが出てくる。チカーノなどカリブ地域、いわば白人文化の外にあるもの、それと白人文化との衝突にゴシック性を見出す傾向が強い
 一方、イギリスの方を見ると同じ亡霊というテーマでも全く様相が違う。外の人ってそんなにいないのかな、という感じ。アイルランドがあるとはいえ、アイルランドの人と血が混じるのをあまり恐れもしないと思う。
 ここに見て取れるのは、ゴシックの構成要素のうち「近親相姦」「血の混乱」。アメリカの伝統的キリスト教社会における、非白人の血が混ざることへの恐怖、伝統的・キリスト教的家族を守るための近親相姦、といった要素。

『ワイアード』(ウィアード・テールズ?)というB級ホラー雑誌には『コボルト・キープの首なし水車番』という作品が掲載されたことがある。もともとアメリカに先に入っていたバケモノが交配を繰り返して隠れてコミュニティを築いているという設定で、ラブクラフト『インスマウスの影』と似たような話。こういった要素はアメリカ人の恐怖の基本形としてある。

その②に続く)

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