
夏至夜風Liveに託されたもの②
それは偶然と妄想から始まった
「夏至夜風Liveに託されたもの①」の冒頭で私は
「おつらいところはありませんか」そう問いかけました。
そういう私自身は? と言いますと。・・・
抗がん剤治療を受けながら
この原稿を書いている6月初旬、抗がん剤治療を受けて1週目の私は、薬の副作用で、肛門の痛痒さと下痢などの同時多発テロ攻撃を受けていて、なかなかにツライです。
尻だけにジリジリしながら、尻尾下がりっぱなし。
「コーモン様に乗っ取られる〜!!」などと、つまらないジョークを飛ばしながらやり過ごしています。
こういう時は、まるで「がん(副作用)」に身も心もマウントを取られているようなみじめな気分になり、ついつい落ち込んでしまうのです。
もちろん、対症療法はそれなりにありますし、周期とともに和らいで回復してくるのです。ハードな治療も8分の6は過ぎて、あともう少しのところなのですから、今さら泣き言を言わずに淡々と完走できたらいいなと思っています。
共鳴する思い
振り返ってみますと、このライヴの妄想が始まったのは、4月1日、4クール目の抗がん剤投与の翌日のことでした。
朝、中山さんから「ちょっとこれからお邪魔しても構いませんか? 」とお電話をいただいのです。中山さんが左足の踵を複雑骨折して入院された時、ほんの心ばかりですがお見舞いをさせていただきました。それで、回復の報告と、私への陣中見舞いのためにわざわざお越しくださったのでした。
この日、珈琲を飲みながら、中山さんと初めて長い会話をしました。ライヴ会場では私はとても緊張してしまうのですが、この時は、率直にお話することができました。
中山さんは今年の1月11日の突然の大怪我で、演奏活動も中止を余儀なくされ、退院後も厳しいリハビリを続けておられること。4月中旬の復活ライヴに向けて練習を再開されたとのこと。苦しみを突き抜けたような晴れやかな表情が印象的でした。どんな時も挫けず希望を持ち続ける、強靭な精神を目の当たりにしました。
「手だったら、即リタイアだったね。・・・」一瞬目を伏せておっしゃった一言に、直面された危機の重大さにハッとさせられ、そうでなかったことを感謝しました。
「Eiji Nakayamaのベースがまた目の前で聴ける!! 」それこそが、多くの熱いファンにとってかけがえのない喜びに違いありませんから。
中山さんが経験された事故と復帰への思いは、立場は大きく異なりますが、私自身の<今>に思いが重なり、とても共鳴したのです。
無期限休業
半年前の2020年の晩秋。整体ルームを始めてから4年半になる頃、ほぼ毎日お客様の予約が入り、私なりに充実した日々を過ごしていました。整体の仕事にアイデンティティーを感じていたからです。自分のよりどころ、私の根っことして。
ところが思いがけなく市の乳がん検診で告知を受け、仕事は無期限休業となりました。治療は、乳がんの初期治療のほぼフルコース。整体ルームをいつ再開できるのか見通しが立たず、その自信もなくなり、昨日までの私と明日の私が突然、抗いようもなく引き裂かれてしまって、迷い人のような心境が続いていました。
今の私だから開けられる「別の扉」があるのでは?
それでも、気持ちが前向きに動くときもたまにはあって、そんな時は、昨日と明日を繋げるために、できることがあるのでは? と感じられます。
私は以前より弱さを体感しています。思うようにいかない歯痒さや、不調や不具合に心が折れて不安しかない状態も身をもって知りました。だから、・・・今の私だからこそ開けられる「別の扉」があるのではないか?と。
前と同じようにできなくても、何か、今の私にもできることがあるのではないか。・・・その「何か」が、中山さんがお見えになったあの日、ノユーク・チャイ主催のホームコンサートというかなり無謀な妄想にカチッと結びついてしまったのです。不思議な化学反応のように。
私も一歩を踏み出してみたい。虹色に輝くでっかい打ち上げ花火をあげてみたい。
「できるのだろうか、こんな私に? いやいや、無理でしょう?」という不安を凌駕してしまうほどに、ワクワクした気持ちが抑え難く膨らんでしまったのです。
正確に言えば、朝、中山さんからのお電話を切って、お迎えする準備をしているときです。突然、<世界のEiji Nakayama>が、我が家のリビングルームで、低く力強くハミングしながらジャズベースをかき鳴らしておられる姿が、まるで映画のようにくっきりと映し出されたのです、脳内に。
映像で思い浮かんじゃったら、もう、やるっきゃないではないですか?
「夏至夜風Live」はそんなふうに<妄想>から始まったのです。
好きな事をするのが、1番の薬
人の心は不思議なものですね。楽しいと思えること、本心からやりたいことに向き合っている時、肉体も気持ちも解放されます。あれこれと考えたり準備したりしていると、あっという間に時間が過ぎていきます。
呼応してくださる声に、何度も、何度も、幸せな涙を流しました。
とりわけ、公開前の先行予約の段階で満席になった瞬間は、ガッツポーズ! もちろん中山さんの知名度と人気のおかげですが、私への応援もヒシヒシと感じました。
治療のモチベーションアップにも繋がっています。副作用の骨髄抑制によって免疫力も下がっているはずですが、なんとなくいい感じに回復軌道に乗れている気がします。皆さんがおっしゃる通りです。
<好きな事をするのが、1番の薬>なのですね!
事故も、病気も、そして命が尽きることも、誰にも起こってほしくない出来事です。しかし、誰にも、いつでも、起こりうることです。
痛みや苦しさ、悲哀や喪失感への共感が人と人を結びつけることもあると思います。そこから産まれる芸術もあるでしょう。それがあったからこそ深まり豊かになる人生というものも、あるのではないでしょうか。そうであればいいな、・・・と最近、私は思っています。
さて、時間の余裕があるのをいいことに、思いのたけを綴ってしまいました。最後になりますが、遠方から見守り、支えてくれたふたりの友人をご紹介させてください。
zoomで寝転び体操・イケコさん
お一人は、『フェルデンクライス埼玉・イケコからだスタディ教室』を主宰するイケコさんです。私は、抗がん剤治療が始まった1月から週1ペースで、イケコさんのリモートレッスンを受けています。
「レッスンを受けてみたいのですが」と思いきってお尋ねした時、イケコさんから、
「私のレッスンは赤ちゃんの発達のプロセスがヒントになっていますから、今あるからだから動きを試して、いまから楽な動きをみつけていくと言う方法です。自分のからだの可能性を見つけていくやりかたです。朝子さんにとって楽しい作業になるといいなあ~。リモートだと自宅でできるので、呼吸も思いきりできます。いま、役者さんたちもリモートでやっています。
お医者さんのO.Kが出たら、お互い時間を合わせてできます。気になっていました。お役に立てたら嬉しいです」という嬉しいお返事をいただきました。初回だけスタジオでレッスンを受け、その後は自宅でzoomを使って寝転び体操を続けています。
「ゆ~っくり やさしくね アゴをらくに~ 呼吸を深く~」イケコさんの深い声に合わせて小さな動きを静かに続けていると、両側乳房全摘手術後、こわばってガチガチに緊張していた身体が次第にほぐれていきました。
隅々まで酸素が行き渡ったような感覚があります。新しい発見や驚きもあり、見守られながら動きを学ぶことの楽しさは、整体学校に通っていた頃のようです。動けることを喜んでいる私がいます。
「前の自分と比べない。人と比べない。今あるからだの可能性を見つけていく」それらのことばにいつも勇気づけられています。
断ち切られた昨日と明日をつなげるといっても、私の場合、単純に半年前の自分に戻ることではありません。戻ることはできません。変化してしまったこのからだとこれからも生きていくための模索です。つながる明日は、半年前には見えていなかった景色になるはずで、少しずつ楽しみになってきました。
共に病床にいた親友・広沢里枝子さん
精神的な支えになってくれたもうお一人は、瞽女唄で活躍されている広沢里枝子さんです。彼女もまた、ある朝、思いがけない事故によって受傷してしまいました。大腿骨骨折で全治3ヶ月と聞いたのは、3月31日。
奇しくも、中山さんが我が家にお見えになる前日のことでした。
里枝子さんと私は、18歳で出会ってから、良いこともそうでないこともシンクロニシティを起こしながら生きてきました。
だから、と続けるのはかなり飛躍がありますが、私が今、がんの治療中であっても、本心からやりたいことに向かっていれば、それはきっと里枝子さんにも伝わるはず。・・・お互いに本来の自分らしさを取り戻して、明るい未来を引き寄せられるのではないか、・・・と、わけもなく思ってしまったのです。
「里枝ちゃん、聞いて! すごいの! 中山さんがソロライヴを引き受けてくれたんだよ!! いつかこの経験を活かして、里枝ちゃんの瞽女唄ホームコンサートもやるからね!! 」と祈るような気持ちで、全力エールを送り。・・・
「朝ちゃん、私はまだ酸素をつけていろんな線がつながってぐるぐる巻きなんだよ。できるかな? でも朝ちゃんが言うとできそうな気がしてくるから不思議だな」というお返事に泣き笑いをしました。
だいじょうぶ、明るい未来しか見えないよ!
コンサートを終えて
予報は降水確率70%。大きなてるてる坊主を作ったけれど、もうすぐ開場という時刻から雨は本降りになってしまいました。それでも一人も欠けることなくお集まりいただきました。
ザーザーと雨音がして、カーテンが風を孕んではためく中、おもむろにベースの重低音が鳴り響きます。それはなんと表現して良いかわからないような独特な空間でした。
中山さんの選曲も、語りも、真っ直ぐに私の胸に届き涙が溢れて。まるで私一人のために演奏してくださっているようにさえ感じました。私は、後方のソファで聴いていたのですが、思わず、娘の腕に右手を乗せて心の中で呟いていました。「ありがとうね!」と。
最高のライヴでした。ホームコンサートの醍醐味を存分に味わうことができました。お客様も、皆さんがそれぞれに中山さんのベースに魅了され、生の音の響きを堪能されたことがうかがわれました。そして私たちの思いを受け止めてくださいました。
3本のPVを制作
余韻冷めやらない2週間の間に、私たちは、3本のPVを制作しました。
4月から始まった「夏至夜風Live」プロジェクトは、PVの完成とSNSの公開を持って、無事、完結しました。
特に、コロナの感染がなく無事に終われたことには、主催者として本当に安堵しました。
たくさんの、本当にたくさんの宝物をいただきました。病気に背中を押されるようにして全力で走りきり、燃え尽きましたが、そのご褒美としては、多すぎるほどです。
中山さんがベースを弾いているときに「あ~生きている!」と感じておられるように、私もこのかん、何度も、何度も、生の実感を全身に感じることができました。
中山さん、関わってくださった全ての皆さんに心から感謝いたします。
最後に、PV公開後の中山さんとのメールのやりとりを記録して、ホームコンサートの報告を終えたいと思います。
中山さんから朝子へ
「一番大事な事は、100点を取ることではなく、例え30点でも一生懸命になれたり、思いがそこにあれば、100点以上の価値があると思います。今回のコンサート、動画の作成、すべてがいっぱいに溢れた思いが作り上げたものだと思います。
今までにない何かをしようとすると、新しい発見がいっぱい目の前に出て来ます。でも、それらはすべて意味のあることだと思います。また自分の人生のページを何枚かめくりました。素晴らしき時を作り上げたと思います。
朝子さんいろいろお疲れになりましたね!でも、いい思い出を残す事が出来たと思います。誰でもが出来る事ではなく、朝子さんの熱い思いが完成させてくれたと思います。」
朝子から中山さんへ
「中山さんの支えがあってこその成功でした。いつもよい方向へお導きいただきましてありがとうございました。
それにしましても、聴けば聴くほどに味わい深いですね、ベースの音は。
「風を聞くような感じ」という声もありました。初めてベースソロを聴いた方からのPVの感想です。」
中山さんから朝子へ 2
「「風を聞くような感じ」大好きな表現ですね!
目を静かに閉じると目の前を、奏でられたベースの音にくっついて、
音風がす~っと吹き抜けて行く・・
その瞬間に「あ~生きている!」と感じるのです。」