野尻湖人・あらわる?
黒姫ヒーリング紀行 ③
野尻湖人・あらわる?
信濃町の新月プロジェクトの皆様から、この冬もクリスマスカードが届きました。
「いま癒しの森は、白い妖精たちが舞い降り冬の訪れを知らせます。穏やかな春を迎えるまで、植物たちは蕾にそれぞれユニークなコートをはおり、つややかな緑の葉で冬を超す木々は、雪の布団に覆われる日を待ちます。凛として静寂な森に、湧き水の清らかな流れの音が優しく響きます…」
詩情あふれるお便りから、厳かな真冬の森の気配が伝わってきて、いますぐにも黒姫の森へ行きたくなってしまいます。森林セラピーを体験して以来
「黒姫に通じる<どこでもドア>があればいいのに…」
と何度空想したことでしょう。
私はいま、聖夜にぴったりのイースタン・ブルームの<ジョイ・オブ・ウインター>の澄んだ歌声を聴きながら、季節外れの記憶の扉を開こうとしています。6年前の真夏の黒姫高原へと。
「2013年夏・黒姫の森で極上の休日を(極旅)」をご一緒したのは、うたどりさんと彼女の盲導犬。そして森林セラピーは初めてのこじかちゃんです。
こじかちゃんとは初対面でしたが、以前からうたどりさんを通じてお互いに近しい存在に感じていました。
実際にお会いしてみると、おふたりの共通点は目が見えないことだけではありません。かもしだす雰囲気が似ているのです。
例えば、おもしろそうならなんでもやってみたい。フットワークが軽い。美味しいものが大好きでたくさん食べる。ハプニングにけっこう強い。思いに正直。ことばを大切にする、などなど…。要するに、パワフルなのですね、とても。
私達は、以前お世話になった森林メディカルトレーナーのうさぎさんに、ふたたび森の案内をお願いしました。
うさぎさんは地元の方々ときめこまやかに連携をとってくれていました。おかげで、たくさんのお力をいただくことができ、まるで応援団に囲まれているかのような心強さ。
「最強のメンバーだね!」
と私達はなんど笑いあったことでしょう。
ワンチームの高揚感の中で過ごした1泊2日の極上の旅でした。
1日目。8月3日、土曜日。
北しなの線黒姫駅到着後「ペンション・森のシンフォニー」のお迎えで宿へ。休憩後、身軽になって「手打ちそば処うえだ」で昼食。宿のオーナーの鎌田さんの案内で、夏野菜の収穫や野尻湖の浮き桟橋散歩をしました。
その後「ナウマンゾウ博物館」にて学芸員さんによる1時間の熱血レクチャー。
夕方、うさぎさんと顔合わせ。森歩きのアセスメントがありました。
ペンションのお食事は、黒姫高原の夏野菜満載で、冬瓜のグラタンが特に美味しかったです。
鎌田さんは森林メディカルトレーナーとして、また登山ガイドやスポーツインストラクターとして長年、青少年の仲間づくり活動に活躍しておられるそうです。筋肉隆々のふくらはぎをかわりばんこに触らせてもらったことは言うまでもありません。
2日目。8月4日、日曜日。
チェックアウト後、うさぎさんの案内で約3時間の「癒しの森」森林セラピーが始まりました。盲導犬のネルさんは安全な場所でお留守番です
標高800メートルの黒姫高原は真夏でも爽やかです。うさぎさんとこじかちゃん、私とうたどりさんが組んで、黒姫童話館の前からくつろいで歩いていきました。
ところが、1時間ほど行ったところで、ピンチは突然訪れました。
冷たいせせらぎに足を浸してクールダウンしようと、シートに座ってトレッキングシューズを脱ぎ始めたその時、うたどりさんのリュックがポチャンと滑り落ちてしまったのです。リュックの中には、貴重なデータが入ったブレイルメモが…。マジ、ヤバイ事態。
そこから数秒間の映像は、スローモーションでご想像ください。
流れていくリュック。ダッシュで追いかけるツムギ。水しぶきの音。ポタポタと水がしたたるリュック。うたどりさんの途方に暮れるアップ。救出した電子機器をすばやくお腹にしまううさぎさん。
「だいじょうぶ!」
うさぎさんの揺るぎない明るい声。
ショックと興奮と脱力が嵐のように通り過ぎると、みんなは持ち前の立ち直りの早さを発揮し、元気に森歩きを続けました。
「私達はなんて最強なの!」
とお互いを称賛しながら…。
お昼は「ペンションアルム」の長谷川さん特製ピタパンサンドを、童話館の前の涼しい木陰でいただきました。手の混んだマクロビオティックのお弁当と、うさぎさん手作りのデザートとお茶のおもてなしで、最高のピクニックでした。
お腹がくちくなり草の上に寝転ぶと、ほどよく運動したあとのふわりとしたいい眠気が…。うさぎさんは私達の横に座って、静かに絵本を朗読してくれました。木漏れ日が光って、風が渡って、なんとも心地よい癒しの時間を過ごしました。
後日談ですが、こじかちゃんは、うさぎさんが読んでくれた『マローンおばさん』に感動し、帰宅してからすぐに原本を購入したそうです。点訳図書としてもダウンロードし、手作りの紙芝居にしてご自身で読み聞かせをするほど、とても大切な絵本になったそうです。
ピクニックのあとは、童話館で開かれたヴァイオリンコンサートを鑑賞しました。
帰路、長野駅での乗換え時間には「桜井甘精堂)・ 栗の木テラス」に寄り道し、おやつとおみやげタイム。最後のさいごまでしゃべりたおし、遊び尽くしました。
このように大満足の旅行でしたが、反省点もあります。特に、晴眼者である私が単独で、見えないふたりを移動介助する場面では、
「設定がちょっと無謀だったかな」
と内心落ち込んでいた記憶があります。
移動する時は、私が先頭、まんなかが盲導犬を連れたうたどりさん、しんがりが白杖のこじかちゃんの順番で、前の人の肩に手を載せて、3人と1頭でつながって歩きました。
このような歩きかたを経験したことがなかったし、それぞれがお泊り用の大きなバッグを持っていたし、駅の周辺は障害物も多かったので、私はまごまごドギマギして、変な汗をかいてしまいました。私の緊張はきっとふたりにも伝わって、不安を与えたことでしょう。
帰りの新幹線の中で、私はこじかちゃんにその時の気持ちを話してみました。彼女は、
「それは無理もないよ。でも、ツムギさんは今のままで全然だいじょうぶだからね!
ありがとう、一緒に歩いてくれて!」
と励まし労ってくれました。
そのうえで、生まれつき目の見えないこじかちゃんは、
「私たちは、見えないことがあたりまえの世界。<見えないことのプロ>なんだから!」
と茶目っ気たっぷりに笑うのです。
私はドキンとさせられ、そして、ふっと肩の力が抜けました。
私がもっとちゃんとサポートしなければ、という気負いや義務感を払拭してもらえたような気がしたからです。
それにしても、目の前の彼女はどうしてこんなにポジティブ思考なのだろう。
「私なんて…」
とつい比べてしまいます。私なんて、恨みや怒りの感情を溜め込んで手放せず、そのマイナスのエネルギーを原動力として生きてきたきらいがあるというのに…。
私の声の調子からなにか感じるものがあったのでしょう。こじかちゃんは静かな声で続けました。
「ことばには、言霊(ことだま)があると思うんだよね。
私の声を一番近くで聞くのは、他でもない私の耳。だから自分のために、元気が出るような前向きなことばに置き換えて話すようにしているの」
こじかちゃんとうたどりさんのもうひとつの共通点は、自尊感情が高く、ポジティブな思考ができるところだと私は思います。
森林セラピーを通じて、彼女たちの生き方に刺激を受けた私は、ずっと自分の内面を旅していたのかもしれません。
傷つき、狭い穴に縮こまっている私。
ひとつの扉が閉まったのに次にどこへ向かえばいいかまだ見つからない中途半端な私。
愛され、認められていると気づき、自分の価値を信じようとする私も、確かにいました。
森の木々が、そっと見守り優しく包み込んでくれていました。
さて、いよいよ表題の「野尻湖人・あらわる?」の謎に話題を進めることにします。
この旅の中でおおいに盛り上がった体験のひとつは「ナウマンゾウ博物館」でした。いい意味で、博物館に対するイメージが覆されたからです。
案内してくださった学芸員さんの知識と存在感に圧倒され、乗せられて、ふと気づくと、私達は、目をキラキラさせながら大好きな先生の授業を受ける小学生のようになっていました。
すでにご存知のように「黒姫ヒーリング紀行」では、登場人物を実名ではなく、キャンプネームで書いています。
そこで、学芸員さんのことは尊敬を込めて
「月星(つきぼし)先生」
とお呼びしたいと思います。
月<ナウマンゾウの牙>と星<ヤベオオツノジカの角>は、学芸員さんが長年携わっておられる野尻湖発掘調査のシンボルでもあるからです。
博物館のホームページによれば、
「野尻湖発掘は<人類(野尻湖人)がいたのではないか>という仮説を明らかにするため。
実は世界のスタンダードでは人類が日本列島に渡ってきたのは4万年前とされています。野尻湖では4万8千年前の地層を掘っているわけですから、野尻湖人の痕跡が見つかると、その歴史を塗り替えることに!」
ということですから、月星先生はまさしく、壮大なロマンを追い続ける発掘のプロフェッショナルなのです。
博物館の案内の様子は、うたどりさんが詳しく記録してくれましたので、一部ご紹介しましょう。
「見えない私は、これまでは、博物館に行っても、ガラスケースの向こうにある物を想像するだけのことが少なくありませんでした。
ところが今回は、月星先生に収蔵庫を含めて館内中を案内していただき、
「博物館って、こんなにおもしろかったんだ!」と、感動の連続でした。
5キロもあるナウマンゾウの臼歯(きゅうし)を抱えさせていただいたり、実物大のナウマンゾウの口の中に頭を突っ込みながら歯の並びを確認したり。豊富に展示されている骨角器や石器、マンモスの毛、ナウマンゾウの足跡など、さまざまな貴重な発見物に触らせていただきました。(うたどり)」
私も先生へお礼状をだしました。
「月星先生。
先日はありがとうございました。
私は10年ほど前、小学生の娘と訪れたことがありましたが、大きい象だねぇ…という印象だけで細部は記憶に残りませんでした。
<博物館は、学芸員さんの説明を聞かなかったらそのおもしろさは半分も伝わりません>と、ペンションの鎌田さんがおっしゃった意味が、今回のご案内を通して納得できました。
おもしろくて、あっという間の1時間でした。見えないおふたりは、視覚以外の感性をフルに使って本質を見ようとしていましたね。
彼女たちと共に見た世界は、なんとイキイキして、カラフルで、ダイナミックなものだったでしょうか。月星先生の熱い思いとプロの力が、その世界を開いてくださいました。ありがとうございました。
化石というすこし古めかしい扉を開けたら、原発や地球温暖化という今日の課題につながる奥深い謎が広がっていました。
地球の未来を想像するような体験をぜひ、若い世代の人たちに、もっと味わってほしいと願います。ご活躍を心からお祈り申し上げます。(ツムギ)」
特に強く印象に残った会話があります。
2013年は、東日本大震災による福島の原発事故が起こってから間もない頃で、原発再稼働の是非が大きな議論となっていました。それもあって私が、
「月星先生。ご専門の地質学のお立場からみて、日本の原子力発電は安全と言えるのでしょうか?」
とお尋ねしたのです。
すると月星先生は、地球は長い安定期が終わり、変動期に入りつつあること。地球上のどこで、いつ、なにが起こっても不思議ではないことを、明快率直に話してくれました。
もうひとつ、ほほえましいやりとりを、後日、うたどりさんからお聞きしましたので、合わせてご紹介しましょう。
「月星先生は私に、
「障害のある人たちに、ぜひぜひ博物館に来ていただきたい」
というお話をされました。
その理由がおもしろいの。
「障害のある人たちは、野尻湖人みたいだから」
っておっしゃったの。
「自分たちは、情報にまみれて、あまりに感性が鈍っているが、障害のある人たちは、人間本来の感性を保持していて、野尻湖人の感覚も、たぶんそれに近かったに違いないと僕は思ってるんですよ。
だから、どんどん博物館に来て、僕らにいろいろ教えてほしいんです」
と嬉しそうにおっしゃいました。
先生の理想の人間像は、どうも<野尻湖人>のようですよ。
私と、こじかちゃんに会ったときも、
「野尻湖人ってこんな感じだったろうか?」って興味津々だったかも。
そんなことを私がおもしろがっていたら、あるひとが、
「先生ご自身が野尻湖人みたいよね?」
って真面目におっしゃるものだから、
「まさに!」
とふたりで爆笑した次第です。
(うたどり談)」
月星先生はその数年後、博物館の館長さんになられました。博物館も、2018年3月にリニューアルオープンし、ショップや休憩スペースが広くなり、さわって楽しむ体験ミュージアムも増えたそうです。
うたどりさんと私は、その年の9月に博物館を訪ね、発掘の疑似体験をしたり、仮装コーナーで野尻湖人になりきってポーズをとったりして、おおいにたのしませていただきました。
「障害のある人も、どんどん博物館に来て、僕らにいろいろ教えてほしいんです」
という月星先生の思いは、具体的な構想になって現在進行形で続いているのですね。
森林セラピーがご縁で出会った人たちは、なんだか不思議な魅力を持っています。
これからも、森の中だからこそ思いに正直に。森のようにゆるやかに。森に憩い、人に繋がっていきたいものです。
ツムギ 61歳・女性。
旅と本と、美味しいものが好きな整体師。整体師歴5年。