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ごめんね

ごめんね


「おかあさん、かおるンとこすき? だいじなたからもの?」
と日に何度かくりかえす長女・4歳

絵をかいていたら1歳の弟がクレヨンをよこどりする
紙をひっぱってじゃまをする
「やめてー」
「やめてよー」
弟はおもしろがってますますしつこくからむ

とうとう、顔に赤いクレヨンで一本線

「あー無理ないよな その気持ちわかるよ」
若い母親の薄い理性を突き破り、激烈な怒りが吹き出す

娘のほっぺに黒いバッテン

傷ついた眼をみて
ぐちゃぐちゃになるまで泣かしてしまった

「弟は小さいのだから、わからないのだから、手を出しちゃダメ」
と言われ続けて、この頃娘はうなり声を出す
4才の、小さな、でも大切な自分の世界を守ろうと必死
母としてはむしろその方をたすけなくてはならないだろうに
私は何をやっているのかな


 人と信じあう関係をつくりたくて、つくれてなくて、悩み続けている
とりわけ夫に対しては、日増しに心を閉ざしていくようで哀しくなる

うなり声さえ閉じ込めて自分の殻の中に入って夫を責めてばかり
相手がどんな気もちで、何をしようとしたのか、思いやる余裕を失っている

娘のように聞いてみたい

「おとうさん、私のことすき? だいじなたからもの?」

いや。
揺らいでいるのは私か…

「好きだよ。だいじなたからものだよ」
ってずっとずっと言い続けたいのにな…


1990年2月 「ひとりから23号」掲載


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