
小説 高校生戦隊ヒーローズ 9. 日曜日のおでかけ
先輩と連れ立って朱雀寮を出る。良く晴れて気持ちのいい日曜日だ。
朱雀寮は宮城を囲む大通り沿いにある。先輩と僕はまずその大通りに出て、道なりに西の方向に向かった。帝都中央駅とは反対の方向、僕にとっては初めて通る道だ。
「目的地は、宮城の西の門、半蔵門の近くだ。」
帝都の地理がまだあまりわからない僕にもわかるように先輩が説明してくれる。
「路面電車で行ってもいいんだが、それほど遠くないし、歩かないか?行人、帝都は初めてだろ?」
「はいっ!初めてですし、せっかくのお休みなので、帝都の街並みとか、桜とか眺めて、のんびり歩きたいです!軍隊式の行進じゃなくて、のんびり!あっちにふらふら~、こっちにふらふら~。」
先輩は笑う。
「ああ、存分に楽しむといい。でもはぐれるなよ?」
「はい!」
体格差のある僕に合わせて、先輩はゆっくり歩いてくれる。先輩に導かれ大通りから一本奥の細い道に入ると、そこには様々な商店が並んでいた。
「わあ~」
いい天気だけあって人どおりもそれなりにあった。店先に並ぶ品を眺め、楽しげに買い物を楽しむ人たちを眺めながら、ゆっくり歩く。そうやってのんびり歩いていると、先輩が「あそこだ。」と指さす。そこは松木屋という看板がかかった瓦屋根で木造の、でもかなり大きな店だった。
「こんにちは。」と先輩が声をかけながら店に入ると女性の声で応えがあった。僕も先輩の後に続く。
「あら鈴木様、いらっしゃいまし。今日はかわいらしいお連れ様がいらっしゃいますね。」
そう言ったのは、僕の母と同年代で鶯色の着物を着た女性だった。
「女将さん、彼は寮で僕と同室の滝川です。」
先輩が紹介してくれたので僕は指先までまっすぐ伸ばした右手を胸に当てて少しだけ前傾姿勢になる。
「ご紹介にあずかりました、滝川行人です。帝都第一士官学校1年、朱雀寮所属、鈴木先輩のご指導を賜っています。どうぞ、よろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた。
「あらあ、これはご丁寧に。さすが士官学校の学生さん、しっかりしていらっしゃる。当店にようこそおいでくださいました。どうぞ、ごゆっくりご覧になって下さいね。」
そう言って微笑む女将さんに先輩が話しかける。
「女将さん、煎り大豆、できていますか?滝川に、見せてほしいんですが。」
「はい、ありますよ、お待ちくださいね。」
そう言って女将さんは奥の棚から小さな漆の器を取り出し、商品ケースの中の煎り大豆を匙ですくって器に移し、僕の前に置いた。
「あ、節分の豆まきしたあとに食べる豆ですか。」
「ええ、そうですよ。大豆をこの状態でふだんから召し上がる方は、お若い方ではあまりいらっしゃらないですよね。どうぞ、召し上がってみてください。」
「ありがとうございます、ではいただきます。」
僕は大豆を二粒つまんで食べる。大豆の香りが鼻に抜ける。記憶にあったぽそぽそした節分の豆の味と明らかに違っていて、思わず声が出る。
「あ、美味しい。」
僕の様子を見ていた先輩が僕に聞いてくる。
「行人、これを片手に一掴みぐらい、おやつに食べるの、ちょうどいいと思わないか?」
「あ、先輩の言ってたおやつってこれのことだったんですね。」
僕は考える。
中学の頃は、母がおやつにと小ぶりのおにぎりやお煎餅を持たせてくれていた。いちどにたくさん食べれない僕を気遣ってくれたんだろう。寮生活の今、おにぎりを用意するのは難しいので、煎り大豆をおやつにするというのはとてもいい考えのように思えた。
「はいっ、いいと思います!これなら準備とかいらないので、毎日でも用意できるし、美味しかったし!」
そういう僕に先輩は微笑み、こう続ける。
「背も伸びるかもしれないぞ?」
その発言に僕は食いつく。
「ホントですか?!」
たぶん思わずくわっと目を見開いたんだろう。先輩は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って頷く。
「ああ、大豆の主な栄養素は、なんだか知っているか?」
「えっと、タンパク質でしたっけ?」
先輩は頷く。
「そうだ、畑の肉とも言われているほど栄養価が高い。人間の身体はタンパク質でできている。身体の材料となるたんぱく質が足りないと、背も伸びにくいし、筋肉もつきにくいだろう。行人、小食だろ?」
僕は首を傾げる。
「必要十分な量を食べているつもりなのですが。」
「10時ごろとか、3時ごろとかに腹減らないか?」
「あ、確かに減りますね。」
「たぶん行人の身体は大きくなりたがっているんだろう。でも材料が足りてないんじゃないか?10時と3時に、大豆を一掴み食べる。身体を作る材料を供給してみて、背が伸びるかどうか、試してみないか?」
「試してみます!」
食い気味に言う僕に先輩は再び笑い、女将さんの方を見る。
「すみません、保存用の大きな袋に煎り大豆を用意してもらえますか?それと、毎日学校に行く時に入れていく小袋も。」
「承知いたしました、すぐ準備いたしますね。」
そう言って女将さんは一度奥の部屋に行き、少し小ぶりな買い物袋くらいの大きさの袋を持って来て、煎り大豆を計って袋に詰めてくれた。
「1kg、用意いたしました。毎日片手に2掴みずつでしたら、1カ月から1カ月半分くらいですね。」
僕がお財布を出そうとすると先輩が言う。
「行人、まだ給料もらっていないだろ?今日は俺が支払う。」
「え?でも僕の分ですし。」
「遠慮するな、そうだな、俺からの入学祝いだと思ってくれ。」
「分かりました、ではありがたくお言葉に甘えます。ありがとうございます!」
僕の返事に先輩は頷いて支払いを済ませ、再び僕に尋ねる。
「行人、まだもう少し歩けるか?」
「はいっ!まだまだ行けます!今日ここまで来たペースなら、あと1時間でも2時間でも!」
そう答えると先輩は満足そうに頷き、女将さんの方を向く。
「すみません、もうしばらく散策したいので、品物は預かっておいてもらえますか?帰りに、また寄らせてもらいますので。」
「ええ、構いませんよ。ではお預かりしておきますね。」
「はい、ではまた後程。行人、行こうか。」
「はいっ!」
店の外までお見送りしてくれた女将さんにお辞儀をして、散策を再開する。
「ここから宮城の南門、桜田門の方に行こう。宮城の南側には国会議事堂と首相官邸、他にもいろいろな役所が集まっている。」
「そうなんですね!国会議事堂も、首相官邸も、本物を見るのは初めてです!」
「これから校外実習で、国会議事堂や役所の警備を担当することもあるだろう。ひととおり、見て回ろうか。」
「はいっ!」
それから国会議事堂を正面から眺め、首相官邸の前を通り、役所の集まる行政区に行った。役所を回る前、昼ごはんに蕎麦を食べた。ここでも先輩が奢ってくれた。その後、内務省、大蔵省、建設省などの役所を回ってから帰途についた。途中、松木屋に寄って、預かっていてもらった煎り大豆を受取って。
朱雀寮に着いたのは、午後3時過ぎだった。
「行人、疲れたか?」
「いえっ、まだまだ元気いっぱいです!」
「そうか、でも明日からの1週間に備えて、今日はもう外出しない方がいいだろう。」
「はいっ、そのつもりです。すごく楽しかったです!ありがとうございました!」
先輩は顔をほころばせる。
「喜んでもらえてよかった。では、ここで解散しよう。また、夕食の時にな。」
「はいっ!では、失礼します!」
運営委員会室に向かう先輩と別れ、僕はひとあし先に部屋に戻った。
すごく楽しかった。先週1週間の疲れも吹き飛んだ気がする。
今日はゆっくり休むつもりで何も予定を入れていなかったが、部屋でただ身体を休めても、これほどリフレッシュはできなかったと思う。
誘ってくれた先輩に、感謝だ。
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