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小説 高校生戦隊ヒーローズ 15. 玄武寮訪問

玄武寮は士官学校の北側にある。
僕と海斗は朱雀寮を出て士官学校の西側にある正門の前を通り、玄武寮の塀に沿って進んで北側の門から敷地内に入った。

玄関でブーツを脱いで来客用のスリッパに履き替え、すぐ脇にある管理人室のドアをノックする。応えがあったので「失礼しまーす。」と部屋に入る。
部屋にいたのは、年配ではあるが背が高く姿勢も良く、老人という表現はそぐわない白髪の男性だった。

「おや、士官学校の学生さんですか。でもこの寮の学生さんではないですね?」

制服というのはこういう時便利だ。着ているだけで身元が分かる。僕は指先までまっすぐ伸ばした右手を胸に当てて少しだけ前傾姿勢になり、挨拶をする。

「初めまして、士官学校1年、朱雀寮所属、滝川行人です。こちらは同じく1年、朱雀寮所属の黒田海斗くんです。こちらの寮に所属している、1年2組、山中くんに会いたいのですが。」

そう言うと管理人さんは相好を崩す。

「ああ、朱雀寮の1年生ですか、これはご丁寧に。山中君の部屋は・・・2階にあがってすぐ右手、201号室ですよ。どうぞ、正面の階段から進んでください。そうそう、こちら、首から掛けてくださいね。」

名簿を確認しながらそう言って入館証の入ったネックストラップを2つ渡してくれた。

「ありがとうございます、ではお邪魔させていただきます。」

僕は入館証を受取り、一方を海斗に渡して首に掛ける。そして2人で2階に向かった。


201号室のドアをノックする。

「1年2組の山中君、いますか?」

少し待つとドアが開き、そこには髪の毛をひっつめて後ろで束ねた、背の低い男子が立っていた。緑色の制服を着ているので3年生だろう。
僕は先ほどと同じように自身と海斗の自己紹介をし、先輩に尋ねる。

「こちらに1年2組の山中君がいると、聞いたのですが。」

「ああ、いるぞ、まだ寝ているけど。とりあえず、入れよ。」

そう言うと先輩は後ろに下がり、僕たちを部屋に入れてくれる。

「失礼します。」

部屋に入ると、ドアの影になっていたベッドで山中が眠っているのが見えた。

「今、起こすから、待ってろ。」

先輩は奥の机に移動して引出しからホイッスルを取り出してきた。

「今からこれ思いきり吹くからな、2人とも、耳、塞いでいろ。」

僕たちが両手で耳を塞ぐと先輩は山中の耳元に近づき、大きく息を吸い込んで、思いきりホイッスルを吹き鳴らした。
野外演習の最中、僕たちがあんなに起こすのに苦労した山中が、むくっと起き上がる。

「おお・・・。」

僕は感嘆してつい声を上げてしまった。
山中の目がゆっくり動き、僕と海斗を目にとめる。

「黒田に、滝川?・・・何しに来たんだよ・・・?」

そういう山中にこう返す。

「山中の起こし方を教えてもらいに。」

なんだそりゃという表情をする山中に、海斗が補足する。

「山中、野外演習の時みんなが起こすのに苦労してただろ?でもふだんは1時限目からちゃんと授業出てるからさ。同室の先輩が山中を起こす秘訣を知ってるんじゃないかと思ったんだ。」

すると話を聞いていた先輩が可笑しそうに笑う。

「ははは、そうかお前らも苦労したか!そうだろうそうだろう、俺も3、4日はいろいろ試したからな!」

「え、どんなこと試したんですか?」

僕が興味津々に尋ねると、ぐー、と腹の鳴る音がした。みんなの視線が山中に向く。

「山中、今日はまだ朝飯にありつけるんじゃないか?」

先輩がそう言うと山中はこくこくと頷き、ベッドの近くに掛けてあった上着を羽織ると部屋を出て行った。
「あいつまだ寝ぼけてるな」とにやにやしながら言った先輩は僕らの方を向く。

「俺たちも食堂に行くか。俺が試したあいつを起こす方法、話してやるよ。」

「はい!」

僕たちは先輩についていく。気さくな先輩のようで、誰かとすれ違うたびに立ち止まって二言三言話したり、僕らに興味津々な相手に「山中の起こし方を聞きにきた朱雀寮の1年だ。」と紹介してくれたりしていた。なので1階にある食堂に着いた時には、すでに山中が食堂の隅のテーブルで朝食を食べ始めていた。僕たちはわらわらと彼の周囲に座る。山中の向かいには僕が、僕の隣には海斗、そして山中の隣には先輩が。

山中の前にあるお盆を見るとそこには炊きたての玄米に、キャベツとたまねぎの味噌汁、鰆の西京焼き、卵焼き、鰹節の乗った菜の花のおひたし。あ、朱雀寮の朝ごはんと同じメニューだ。どの寮も同じメニューなのかな、誰が献立決めてるんだろうな?僕がそんなことを考えていると先輩が口を開く。

「さて、自己紹介がまだだったな、俺は3年の渡辺一也(わたなべ かずや)だ。滝川に、黒田だったな、よろしく頼む。」

「はい、よろしくお願いします!」

僕らが返事をすると渡辺先輩は軽く頷く。

「さてと・・・俺がこいつを起こすために試したことなんだがな。」

にやにやしている先輩に、うんうんと興味津々の僕と海斗。ひとり山中だけが仏頂面だ。

「こいつ、俺がどんなに大声で叫んでも起きないんだよ。それで声で起こすのは諦めた。」

うんうん。

「で、思いきりからだ揺すってみたが、これも効いてないんだよな。」

そうそう、山中はそういう人だ。

「それで顔を往復ビンタしてみたんだが、これもダメだったんだよな。」

それでも起きないって強すぎるよな。

「で、洗面器に水張ってそこにこいつの顔突っ込んだら、しばらくしてようやく目を覚ました。」

「え、しばらくして、ですか?水に顔入れてすぐじゃなく?」

先輩はにやにやしながら頷く。

「たぶん息ができなくなってやっと目ぇ覚ましたんだな。ぶはあっ!て感じで勢いよく頭あげたからな!」

そこまでしても寝ていられる山中もすごいが、寝ている人の顔を水に突っ込む先輩もなかなか豪胆だ。

「でも毎朝わざわざ洗面器に水張って部屋に持ってくるのも面倒だろ?」

確かに。僕は頷く。

「だから次の日は水鉄砲だ。」

「え、水鉄砲?」

「そう、ふつうに顔に水かけても起きないだろうから、鼻の穴に水鉄砲の先端を入れて発射、だ。」

「うわあ・・・。」

「痛そう・・・。」

僕と海斗がそう言うと先輩は楽しげに頷く。

「いやああれは効いたみたいだぞ?すぐ起きたから俺はよし明日もこれでいこう!と思ったんだが、こいつがそれだけはもうやめてくれって泣きつくもんだから。また別の方法を考えなければいけなくなった。」

この人、気さくそうに見えてけっこう鬼かもしれない。僕は少しだけ山中に同情する気持ちが湧いてきた。

「その日、音楽室でシンバルを借りてな。次の日の朝はシンバルをばんばん鳴らして起こした。人の声では起きなくても、そういう音なら起きるんだな!」

「あー、なるほど、それで人の声以外で大きい音が出せるものはなにか、と考えてホイッスルを使うことにしたんですね?」

「結果的にはそうなのだが、厳密には、違う!」

「え?」

「次の日もばんばんシンバルを鳴らしていたら運営委員長が飛び込んできてな、今すぐやめろと言うんだ。でもまだこいつ起きていなかったもんだから!こいつが起きるまでばんばん鳴らし続けたぞ、はっはっは!」

朱雀寮の運営委員長は春行先輩だけど、ここの運営委員長は誰だろう?なんだか、たいへんそうだなあ・・・。

「でもなぜ運営委員長が?」

「どうも前日に苦情が多数運営委員会に届いたらしくてな。朝っぱらからやかましい、やめろ、と。でも俺だって好きでやっているわけじゃない、こいつを起こすために仕方なくだな、と言ったら、運営委員長がこれを貸してくれた、というわけだ。」

そう言って先ほどのホイッスルを取り出す。

「なんでも以前にもなかなか起きない寮生がいたらしくてな、その時にもホイッスルを耳元で鳴らして起こしていたんだそうだ。」

「で、5日目はホイッスルで無事起きれたから、以来ずっとホイッスルを目覚ましに使っている、というわけですか。」

「そういうことだな!」

得意げに胸をそらす先輩に、何か疲れた表情の山中。
最初から運営委員長に相談していれば、山中は水攻めに遭う必要なかったのでは・・・?と思うが、それを言うのは野暮というものだろう。

「起こし方が分かりました、ありがとうございます。」

表情を取り繕って僕が言うと、今度は先輩が尋ねてくる。

「野外演習の時は、どうやってこいつ起こしたんだ?こいつ、ホイッスル持ってくの忘れちまったからなあ。」

ああ・・・山中がちゃんとホイッスル持って来てくれていれば近藤は徹夜する必要もなかったし、あんなにケンカする必要もなかったし、僕と良介もそれに巻き込まれることもなかったんだろうなあ・・・。
ちょっと遠い目をしたくなる気持ちを無理やり抑えこんで僕は説明する。

「最初は普通に揺り動かしたり耳元で叫んだりしたんですが、ぜんぜん起きる気配がないので。」

「そうだろう、そうだろう。」

「二人がかりで敷布団引っ張って山中を畳の上に転がしてみたんですが、掛布団にくるまってミノムシ状態になっちゃって。」

「ははは、軍の宿舎の大部屋ならではの光景だな。」

「僕がミノムシ状態の山中の上に勢いつけて飛び乗ったら、ようやく目を覚ましました。」

「あの目覚めは最悪だった・・・。」

そうぼやく山中に先輩はわははと笑いながらその背をばしんと叩く。

「うわ痛いですよ先輩!」

山中が抗議するが先輩は気にもとめない。

「それだけおまえを起こすのが大仕事だということだな。しかし。」

そして僕の方を見てこう言った。

「なかなかひどい起こし方だな!」

あんたには言われたくないよと思ったが僕は曖昧に笑うにとどめた。それにしてもなぜだろう、あの時は何とも思わなかったのに、今になってなにか罪悪感みたいなものを感じる。何も悪いことしてないと思うんだけどな・・・?

「さて、それじゃ、俺はこの後用事があるからそろそろ行くとするか。ではな。」

そう言って立ち上がる先輩に、僕と海斗も立ち上がって礼をする。

「お忙しいところ、突然お邪魔してすみません、ありがとうございました。」

僕がそう言うと、先輩は手をひらひら振って食堂を出て行った。
僕と海斗は顔を見合わせ、座って山中の方を見る。

「山中も、なんかというか、たいへんなんだねえ。」

僕と海斗が同情のこもったまなざしを向けると、山中ははあ、とため息をつきつつ言う。

「悪い人ではないんだ、悪い人では・・・。」

「うん、それはまあ、そうなんだろうけど。」と海斗。

「なんというか、個性的な人だよね。ヘアスタイルも含めて。」と僕。

「自分で髪の毛切ってるんだあの人。」とこれまた妙な情報をくれる山中。なんと反応していいものか困ったので僕はあからさまに話題を変える。

「まあ、次からの泊りがけの行事の時は、忘れずにホイッスル持ってきなよ。カバンにでも紐でつけておけば絶対忘れないんじゃない?」

「うん、そうする。」

近藤とわあわあ喧嘩していたり仏頂面していたりするイメージしかなかった山中がしおらしい返事を返してきたので僕はちょっと意外な一面を見たような気がしたが、ひょっとしたらこっちの方が素の状態なのかもしれない。

「ところで山中は朝ごはんはふだん食べないのか?さっき先輩が、今ならまだ朝飯にありつけるとか言ってたけど。」

海斗が尋ねると山中は首を振る。

「学校のある日はちゃんと食べている。ただ、日曜日だけは先輩に起こさないでくださいって頼んでいるから、起きた時にはだいたいもう昼ごはんのちょっと前の時間になってる。」

「昼まで寝てるの?土曜日の夜、夜更かしとかしてるの?」

僕が尋ねるとまたも山中は首を振る。

「いや、いつもと同じくらいに寝てる。ほんとうは毎日9時間は寝たいところだけど、平日はいいとこ8時間くらいしか寝れないから、日曜にその分を取り返している。」

山中はかなりのロングスリーパーのようだ。それで僕は疑問に思う。

「それだけ睡眠が必要だとさ、朝は早くて土曜日も授業がある士官学校って辛くない?ふつうの高校に通っていれば土曜日も休めるのに。どうしても軍に入りたいとか?」

三度山中は首を振る。

「士官学校なら、勉強しながら給料がもらえるだろ?寮に入れるから生活費も浮くし。うち、母子家庭で、貧乏だから。」

「あ、ごめん、デリカシーのない質問した。」

「いや、いい、当然の疑問だろうしな。」

それからしばらくして山中は朝食を食べ終え、立ち上がって食器を配膳台の方に持っていく。僕と海斗も席を立って山中とともに食堂を出る。階段の下まで来たところで山中は僕たちの方を向く。

「俺はもう少し寝るよ、いつもよりまだ2~3時間、寝足りないからな。」

そういう彼に僕は頷く。

「うん、わかった、ごめんね、なんか、睡眠妨害しちゃったみたいで。」

山中は首を振る。

「いや、この時間ならふつうは起きていると思うだろうからな。じゃあな、また明日、教室で。」

「うん、ゆっくり休んで。」

山中は階段を昇っていき、僕と海斗は管理人室に立ち寄って入館証を返し、玄武寮をあとにした。

玄武寮の門を出たところで僕は振り返り、山中の部屋のあるあたりを見上げる。海斗も僕の視線を追って同じ場所を見る。見上げたまま、僕は言う。

「山中も、たいへんなんだね。それにしても、なかなか豪快な先輩だった。」

「ほんとだよね。けど、なんで水鉄砲なんか持ってるんだ?」

「あ、それはオレも思った、そのへんも含めてすごく個性的な人だよね。ま、おもしろかったと言えばおもしろかった!」

「ははは、確かにな。朱雀寮にはあんな感じの人、いないもんな。」

「でも、なんか、いろいろ考えちゃったよ。ちょっと山中が気の毒にも思えちゃったし。水鉄砲で起こされたこととかだけじゃなくて、家のこととかも含めて。」

「ああ、行人が言いたいことは分かる。でもまあ、俺たちは俺たちにできる範囲で、サポートできることがあればサポートする、くらいしかないだろう。・・・さて、帰るか。」

そう言う海斗に「うん」と頷き、僕らは朱雀寮に戻った。


その日の昼ごはんの時、興味津々で集まってきた寮生たちには、渡辺先輩が試した山中の起こし方を話した。

1つ、水を張った洗面器に顔をぶち込む。これは準備が面倒だ。不採用。

2つ、水鉄砲を鼻の穴に発射する。山中がもうやめてと懇願したので不採用。

3つ、シンバルを鳴らす。周囲からの苦情多数。不採用。

4つ、ホイッスルを鳴らす。玄武寮の運営委員長が提案したこの方法に落ち着く。

食堂が爆笑の渦に包まれたのは言うまでもない。



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