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小説 高校生戦隊ヒーローズ 11. 野外演習2日目

「滝川、そろそろ交代してくれ。」

佐藤に揺り起こされて僕は目を覚ました。暗闇の中、焚火が燃えている。すぐそばに佐藤の顔があった。僕は身を起こし、肩からマントが滑り落ちる。冷気を感じて一気に目が覚める。

「うわっ、寒!この時期でも夜中ってこんな寒いんだ、一気に目、覚めたよ。見張り番、替わるね。」

「悪いな。」

「ううん、だいじょうぶ、前半の見張りありがとう。それじゃ、佐藤は明日に備えて寝ちゃって。目いっぱい寝ても、たぶんいつもよりだいぶ睡眠時間足りないだろうし。」

「ああ、そうする。それじゃ、おやすみ。」

「うん、おやすみ。」

佐藤もマントにくるまって、バックパックをまくらに地面に横になった。ほどなく寝息が聞こえてくる。眠いのに、時間まで頑張ってくれたんだろう。

僕はマントについた土埃を軽く払い、肩にかけ直した。背中に感じる寒さが少し和らぎほっとする。とはいえ寒いは寒い。
木の枝の束を手元に引き寄せ、僕は火の近くに座った。


焚火に時々小枝を追加しながら火の番をする。
佐藤と交代して、もう2時間は経っただろうか。
こんなに長い時間、火の番、見張り番だけをしているのは退屈かと思ったが、ゆらゆら揺れる炎を見ているとなぜか心が落ち着き、退屈だとは思わなかった。
思い返してみれば、この1カ月は僕が生きてきた今までの15年と少しの中で、いちばん長く密度が濃かった気がする。こうやって何もせずにいられる時間もほとんどなかった。それもあるせいか、こうして何もする必要もなく、思索にふけることができるのはとても贅沢な時間に思えた。人間には、こうやって何も考えずに過ごす時間が、たまには必要なのかもしれない。


見張りをすること3時間ほど。あたりが少しずつ薄明るくなってきた。林の中を不自由なく歩き回れるくらいに明るくなったところで、僕は沢に水を汲みに行った。簡易浄水器で濾過した水を鍋に移し、戻って焚火にかける。水が沸騰する頃、佐藤が目を覚ました。

「おはよっ!」

僕が声をかけると、佐藤はマントにくるまったまま、ぼんやりした目で「はよ~」と言う。まだ寝惚けているようだ。昨日1日中歩いた上に、睡眠時間もいつもより格段に短いのだから、無理もない。「水筒出して」と言うと素直に水筒を渡してくる。彼の水筒と自分の水筒に煮沸した湯を入れ、蓋をする。水筒を渡しながら僕は言う。

「飲むには熱すぎるから、あとで冷ました方がいいよ。」

「うん・・・」受け取った水筒を抱えたままぼんやりしている。これは後でもう一度話した方がいいな。

「朝ごはん用の水、汲んでくるからね。」

「あーい・・・」と気の抜けた返事をする佐藤を残し、僕は再び沢に行って水を汲む。そしてそれを火にかける。湯が沸いたところでそれをフリーズドライの味噌汁と糒(ほしいい)を入れた椀に注ぐ。美味しそうな味噌の香りが漂い、ようやく佐藤の目の焦点があった。

「あ、美味そうな匂い。」

「おはよ、佐藤、朝、弱そうだね?お湯注ぐから、お椀に具材入れて?」

「あ、悪いな、俺テーケツアツで。うん、今用意する。」

ん?低血圧の部分の発音がなんかおかしかったぞ?
意味わかって言ってんのかなこの人?
ともかく、彼も椀にフリーズドライの味噌汁と糒を入れて渡してきたので、お湯を注いで返す。

「とりあえず、朝ごはんにしよう。熱いから、気をつけて。」

「ああ、ありがとう。いただきます。」

「いただきます。」

僕も彼に唱和していただきますの挨拶をして、お味噌汁に口をつける。こんな林の中でも、温かいお味噌汁の香りと味、胃に届く優しい熱を感じるととてもほっとする。

しばらく僕らは無言のまま食事を続けた。ようやく頭が回転してきたらしい佐藤が尋ねてきた。

「滝川、さっき何て言ったっけ?」

「さっき?」

「俺に水筒出してって言った時。」

「ああ、煮沸したお湯を水筒にいれたんだ。そのまま飲むには熱すぎるから、あとで冷ました方がいいよ、って。」

「あ、そういうこと、うんわかった、ありがとうな。」

「どういたしまして。」

そんなことを話しながら食事を済ませ、鍋の湯を少し使って椀と箸を軽くすすいだ。脇にある平たい石の上に置いてしばらく乾かすことにする。

「浄水器で濾過した水を、そのまま水筒に入れたらまずいかな?」

佐藤がそう聞いてくるので、

「うーん、だいじょうぶかもしれないけど、オレはちょっと抵抗あるなあ。泥とか細かいゴミとかは濾過できても、へんな菌とかいるかもしれないじゃん。」

「気にしすぎじゃね?」

「そうかもしれないけど、でも先生が言ってたじゃん。オレたちにとっていちばんの難関は水の確保だって。」

「ああ、言ってたな。」

「川の水を浄水器で濾過するだけでいいなら、この演習林そんな難しくないと思うんだよ、地図見るとさ、けっこう小さな沢があるんだよね。でも濾過して煮沸まで必要だとしたら、難易度が上がるよ。火起こすのに燃料が要るんだから。昨日みたいに小枝とか集めないと。」

「あ、確かに。」

「だから心配し過ぎかもしれないけど、先生の言う水の確保というのは、水場を見つけて、浄水器で濾過して、それを煮沸する。これ全部終わって確保完了なんじゃないかと思った。それでいちおう、今回の演習は煮沸必須、って前提で考えてた。あ、出発する前に鍋に残ったお湯、飲んどこうか。たくさん歩く前に、水分をちゃんと補給しておかないと。」

そして僕と佐藤は鍋に残った白湯を分け合い、空になった鍋を片付け、火の始末もした。

「滝川は慎重派だな。」

「だって!」

そこで僕はずいと佐藤に詰め寄る。

「生水飲んで腹下して救援要請しました、とかさ!」

「お、おう。」

「おなかゆるゆるで移動の途中何度もウンチして4時までに演習林を抜けられませんでした、とかさ!」

「はっきりウンチとか言うんじゃない、そこはお花を摘みに、だ。」

「え、お花を摘みに?」

「そう、トイレに行く、の婉曲表現だ。」

「へえ、そうなんだ。でも男がかわいらしく『お花を摘みに』なんて言ったらかえって気色悪いじゃん!」

「それは確かに、そうかも、しれないが。」

「それにお花を摘みにじゃ通じない人もいるでしょう。ウンチがダメなら、排泄物?大便?とにかく確実に伝わる言葉を選ばなきゃ!おなかゆるゆるの、緊急事態なんだから!」

「いや仮定の話であって、今誰もおなかゆるゆるしてないだろ?」

「そうなんだけど!ウンチのせいで任務失敗。なんか、かっこわる!」

「まあ、なあ。気持ちは、わかる。しかし。」

若干引き気味の佐藤は僕に同意しつつ、いったん言葉を区切る。そしておもむろにこう言った。

「品のない会話だ。」

そこで僕らは顔を見合わせた後、同時に声を上げて笑い出す。

「あははははっ!」

自分で言ったのにそれがツボにはまったのか、佐藤は大笑いしながらバシバシ僕の背中を叩いてくる。痛い痛いと僕が笑いながら身をよじって逃げ出すと、追いかけてきて背後から抱きついてくる。昨夜も思ったけど、ずいぶんパーソナルスペースの狭い人だな。だがいやではないので好きにさせておく。

「滝川、おまえおもしろいなあ!」

「佐藤もね!」

いやあおかしいひぃーと言いながらも、ようやく笑いが収まったらしい。佐藤はひと息ついてから僕の方を見る。

「そうそう、そろそろ俺のこと名前で呼んでくれよ。一昨日から一緒に過ごしてだいぶ仲良くなったんだしさ。それにほら佐藤ってさ、そこらじゅうにうじゃうじゃいるじゃん!」

「うじゃうじゃなんて言ったら他の佐藤さんたちに失礼じゃない?でもオッケーだよ。良介もオレのこと名前で呼んで。」

「ああ、わかった、行人。」

呼び方を変えただけでさらに距離が縮まった気がするから不思議だ。
それから僕たちは食器や鍋をバックパックにしまい、出発の準備を整えた。


「火の後始末、よし!」

「忘れ物、なし!出発準備、完了!」

出発準備の整った僕たちは、地図と磁石を見て、進むべき方向を確認する。あとは出発するだけだ。

「行人、なにか気合いの入る号令、かけてくれよ。」

良介がリクエストする。

「そうだね、笑いっぱなしじゃ、締まらないからね。」

僕も同意し、少し考えてから、腹に力を込めて言う。

「ここまでの行程は予定通り、順調。
水の補給も完了、準備に抜かりなし。残り半分、気を引き締めていくぞっ!」

「おうっ!」

そして僕たちは演習林の出口の方向に向かって歩き出した。
良介が言う。

「行人、ふだん言葉遣いが柔らかいから。今の掛け声、新鮮でかっこよかった。」

「あ、ほんと?惚れちゃった?」

「そこでなにかきりっとした返事すれば惚れちゃったかもしれないけど、その返事だとなあ。三枚目っぽいよね?なんか、いろいろ残念な感じ。」

「がーん!」

「俺、言葉に出してがーん!て言う奴初めて見た。」

そしてまた笑い合う。

おかしい。
せっかく決めてみせたのに、なぜか締まらない。
でも今はそれでいい。
僕たちは軍を率いているわけじゃない。
僕たち2人の士気が上がればそれでいい。
現に、僕は今、良介と一緒ならなんだってできるような気がしている。
良介を見る。
彼はにっと笑って僕の背をぽんと叩いてくる。
僕はそれにサムアップして返す。
僕たちは頷き合った後視線を前方に戻す。
そして演習林の出口に向かって歩き続けた。



小説 高校生戦隊ヒーローズ 第1章 完



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