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ジェニンからラマッラへ、そしてジェニンへ戻る 6月20日の話

ジェニンへの大規模攻撃(6月19日のこと)はまたのちに書きたいと思っている。
大規模攻撃の翌日、6月20日にラマッラでの文化イベントへ参加するためにジェニンキャンプからラマッラへ車で向かった。
シアターのマネージャーの車でいつも通りに行けば大体1時間半くらいと予測するが20時からのイベントのために16時頃出発した。

車運転できるよね?

うん、できるよ。

もし、途中で逮捕されたら君が運転してラマッラ行きは諦めてジェニンへ戻って。いいね。あと、途中で入植地前通るじゃない、今日はもしかしたらエクストリームな入植者が石を投げつけたりする可能性あるから。

その時はまだ半分くらいの本気度だった、私にとっては。

道中たくさんのソルジャーに出会う。普段の倍以上の人数、倍以上の箇所である。
ポップアップの検問所も多数ある。全く車は進まない。どうしよう。
私たちは山越えの普段は通らない道を選んだ。というかそれしかなかった。
別の車両で来ている仲間はヨルダン渓谷の方を通ってラマッラまで来た。
48(イスラエル側)から来た友人もいくつかの道路が封鎖されていて3時間以上かかっていた。彼女は一人で運転してきていたからなかなか到着しないのを心配していた。本番が始まる直前に到着して私たちはハグをした。前日の大規模攻撃と当日の道路封鎖、緊張しかなかった。ハグして今生きていることに感謝しあった。

アメリカ人ダンサーはまさか私たちがジェニンからラマッラに来るとは思ってなかった。あれだけの大規模攻撃を受けた翌日にまさか!と。
開演前のアナウンスでここにジェニンキャンプからフリーダムシアターの仲間たちが来てくれています。と拍手をもらった。ここにいる全員が前日の大規模攻撃を知っているし、ここまで来るのにどれだけ遠いか(実際の距離ではない)知っているから。

私たちは大歓迎を受けショーを楽しんだ。

個人的には嬉しい再会もあった。去年、ジェニンで共に時間を過ごしたノルウェー人の女性とこの場で再会。なんという偶然。彼女も驚いていた。

え?まさか!かなり久しぶりじゃない?ジェニンから?

そうよ、みんなで今日ジェニンから。

去年、8月だったよね?会ったの。ずっとあれから?住んでるの?

まさか!ビザないし。今年は5月の半ばから来てて7月には帰国するの。

私は今回一週間でジェニンには行けないけど、またジェニンで絶対再会しよう!

短い再会を楽しんだ。狭いパレスチナの狭いアート界隈の狭い人間関係。だけど熱い関係でもある。

私とマネージャーとディレクターで帰りを急いだ。
ナブルス界隈で入植者が暴れているらしいという情報があるからだ。
また3時間は覚悟しなきゃだよね。
時刻は午後10時

行きよりも多いソルジャーズ。行きたい道が塞がれている。
この道は封鎖だ、あの道を行け!と指示される。
道を進むと燃え盛る街が見える。まさか。

道に立つ入植者。もちろん、大きな銃を携行している。一人はこちらに銃口を向けているし、もう一人は大きな石を投げつけてくる。チラッと見て確認できたのがこれくらいで何度も石のぶつかる音はしたし銃声も聞こえる、何人いるのかわからない。

同乗者のディレクターが窓を少し開けて叫ぶ

ロ!ロー!(ヘブライ語のNO)

関係なしにどんどん投げつけられる。車中は鈍い音が響く。私は頭を下げて丸くなって身を守る姿勢を取る。
マネージャーはスピードを上げる。早くここを逃げ去らないと。
また火が立ち昇る場所へ出る。ソルジャーズ、入植者たち、車のパレスチナ人たちがいる。車はフロントもバックもガラスが割れて悲惨な状態の車もあった。私たちの車は傷やへこみができたとはいえまだいい方だ。
入植者は大きな銃を抱えている。いつ私たちを撃ち殺してもいい状態だ。ソルジャーズは一応、彼らを制止する。

この道は封鎖だ、来た道を戻れ!

ソルジャーズはそう叫ぶ。

向こうの道のソルジャーズにこっちの道に行けって言われてこっちに来たら、途中で入植者に襲われたんだぞ、どうやって行けって言うんだよ!

いつもは私たちを攻撃してくるタンク車を先頭に何台ものパレスチナナンバーの車が連なって元の道へ戻る。私たちを襲った入植者がいない、またはタンク車によって私たちを襲わないことを祈る。

元の道に戻るとまた別のソルジャーが私たちは焼き討ちにあっている村から来たと勘違いし威嚇してくる。

私たちはラマッラから来たんだ。北へ行くにはどの道を行けばいいんだ。

私たちはゆっくりと車を進めて、停車した。
ディレクターが車から降りる。まじか。死なないで。撃たないで。私の大好きな友達、大切な人。本当にお願いだから。

私は窓から正視するするしかなかった。

僕らは家に帰りたいだけなんだ。

丸腰でゆっくりとソルジャーに向かう。

正解が何かわからない。だけど、帰るにはいつもとは全く違うジェリコ(死海の近く)を通って帰るしかない。だけどジェリコもどうなるかわからない。急ごう。この時点で11時半。

ラマッラからナブルス方面に向かっていたにも関わらず、エルサレムの方からジェリコを目指す。

幾つかのポップアップチェックポイントやソルジャーズを潜り抜けジェリコへ。少し湿度があって気温も高い。
ジェリコだねー。なんとなく静かで大丈夫な感じがあった。

私たちは少しだけほっとした。狂信的な入植者に遭遇する可能性はグッと減ったからだ。

しかしここからの道のりは短くない。

ジェリコから対岸のヨルダンが見える。ヨルダンの街の明かりが見える。こっち側は真っ暗だ。
マネージャーの奥さんが心配して電話をかけてくる。

今3人でジェリコだ。大丈夫だから。

そう言って運転を続ける。急いでいるのと、あまりにも道路が暗くてスピード防止のための円石みたいなのも見逃したりして車は揺れる揺れる。それでも徐々にジェニンに近づいてくる。
トゥバスの標識が見える。もうそんなに遠くない。

ジェニンが近づいてきた。

君の曲だ!と車でこの曲をかけてくれて、みんなで歌って帰った。もはやカラオケである。
私たちのジェニンキャンプ!

そんな歌。
ジェニンキャンプに私たちが到着したのはもうすぐ3時という頃だった。
アルハムドゥリッラー!

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AzusaSuga
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